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過去の予言書  作者: 由城 要
第4部 One Star Story
69/112

第2章 3


 微かに薫る刺激臭。煙った視界を揺り動かすのは、陥ってはいけない甘い誘惑。口元を覆った瞬間にぐらりと世界が傾いた。ふわりと風に体を包まれ、辛うじて正常な意識で叫ぶ。

 体を包む感じたことのない浮遊感、それこそがリル・インの力。





  - 麻薬リル・イン -





「ふふっ……やっぱりいらしたのね、レヴィアス氏」


 風が吹き渡る麻薬畑。夕日が照らす畑の中央には、馬車が通ることが出来るくらいの幅の広い道が真っすぐに伸びていた。ただ、そこに立ちはだかる人影が数十人。

 ターゲット……ライラ・メーリングは背中から夕日の光を浴びながら、赤い唇で微笑んだ。私は立ちはだかる冒険者風の男たちを見回した。おそらく彼らはメーリング家が過去の預言書を探し出す為に飼いならした手駒だろう。数は57人、得物の半分は剣。


「ジェイ」


 私が後ろからそう呼びかけると、ジェイは静かに頷いた。アイルークも同じように周りの男たちを見て、残念そうにため息をつく。


「美女と名高いメーリング嬢にお会い出来て嬉しいところだけど……お出迎えは女性の方が良かったなぁ」

「あら、それは残念ね。『微睡みの庭』には奴隷以外に女はいないのよ」


 男たちを従えて、ライラ・メーリングはそう言った。たしかに、敵の中に女の姿は1つもない。アイルークは警戒の態勢をとりながら、ライラ・メーリングに向かってわざとらしい笑みを浮かべて見せた。


「へぇ……まさに紅一点。でも周りが周りだと貴女の美しさも半減かな。……これだけ野獣ばっかりじゃ、貴女も野獣に見えてくる」


 そう言って周りに視線を向けると、何人かがアイルークの挑発に乗ったようだった。怒声を上げ始める部下達。ライラ・メーリングは片手でそれを静めると、動じた様子のない艶めいた微笑みを私達に向けた。


「随分なことをおっしゃるのね、魔術師様。私のような女は好みではないと?」

「そんなことはないよ、ミス・ライラ。まあ、どっちかというと男慣れしてない女性の方が好みってだけさ」

「それは残念。……でも、私の目的もレヴィアス氏だけですの」


 不敵に口端を吊り上げるライラ・メーリング。私はハッとしてアイルークとジェイの前に飛び出した。途端、背景の夕日を切り裂くように大鎌の刃が振り下ろされる。私はそれを掌で受けとめた。

 切り裂かれた皮膚から痛みの信号が脳に伝わる。普通の人間なら手を切り落とされるほどの斬撃。それでも、機械で組み上げられた体はこの程度の力では壊れない。


「ジェイ……!」


 命令を、ジェイに求める。この行動はマスターであるジェイとアイルークを守るために体が反応しただけ。攻撃命令が下らなければ、守りに入ることしかできない。

 ジェイはスッと剣の柄に手を伸ばした。顔を上げ、辺りの敵を見回して言う。


「アイルークは男たちの相手を。……シルヴィ、援護しろ」


 はい、と頷いて私は攻撃パターンを選別する。ギリギリと刃を押しつけてくるライラ・メーリングの映像に、攻撃パターンを計算するディスプレイが表示された。何百通りにも計算された彼女の行動パターンから、最も有効な攻撃が弾き出される。

 やがて1つの答えが弾き出されて、私は刃を弾き返した。


「攻撃パターンDに移行。……援護します」









 メイやセルマとは港で別れ、俺たちはメーリング家の『微睡みの庭』を目指すことになった。……とはいえ、地図上で見てもかなり広大な麻薬畑だ。侵入するのは簡単だが、目的の奴らがいる屋敷まではかなり遠い。港で一泊して、朝に街を出ようというサーシャの意見に、俺もクリフも賛成した。


「……にしても……」


 俺は街の様子見ながら、呆れた溜め息を吐いた。


「麻薬畑の隣だけあって、この街もなかなかにヤバいな……」


 港の周辺は船が行き来するとあって、まだまもとな奴が多かった。しかし街の奥に足を踏み入れるほどに、頭のイっちまった奴が目につくようになる。ボロ家の壁に背を預けて寝ている者、道端で寝転びながら呻いている者、すれ違う度に訳の分からない呪いの言葉を呟く者……エレンシアの闇市より、荒んだやつが多そうだ。

 前を歩いていたサーシャが振り返る。


「たしかに廃人の多い街ですが……一応、麻薬畑で倒れた奴隷を介抱する病院があるそうです。さほど大きくない施設のようですが」

「んでも治療ってわけじゃねぇんだろ?」


 うす汚れた布を被って歩き回る老人。何かを一心不乱に貪っているようだが、その手にあるものはとうに腐っていて蝿が飛んでいる。


「そうですね。あくまでも『介抱』するだけです。帝国時代の技術ならば、治す術もあるでしょうが……」


 ふと、サーシャが会話を止めて視線を横に向けた。後ろを歩いていたクリフが俺たちの横を通り過ぎていく。


「……」


 何か考えるように下を向いて歩くクリフ。


「……クリフさん?」


 どうかしましたか、とサーシャは怪訝そうな顔でそう言った。そりゃそうだ、エレンシアん時もネオ・オリん時も、治安が悪いだの暴動が怖いだの言ってビクビクしてたやつが、珍しくぼうっとしながら歩いてんだ。しかもこんな頭イカれてる街で。頭でもぶつけたのか、と俺も後ろから問いかける。

 するとハッと我に返ったように、クリフは辺りを見回した。


「えっ……あ、あ、あれっ?……あ、よ、呼びましたっ?」


 慌てて振り返るクリフに、サーシャは溜め息をつき、俺はクリフの頭を拳で殴った。どこかでアイルーク達と出くわす可能性もあんのに、コイツは何ぼーっとしてやがんだっ。


「いっ……!」


 ゴン、と小気味良い音をたてて拳が炸裂すると、サーシャは髪をかきあげて呆れたように言った。


「先が思いやられますね……」


 こちらに背を向けて歩き出すサーシャ。ホラ行くぞ、と俺は悶絶しているクリフの襟を引っ張る。クリフは頭を右手で押さえながら、慌てたように声を上げた。


「あっ、あの……フレイさんっ」

「?なんだよ」


 振り返ってそう言うと、クリフはビクっと肩を震わせて、宙に視線を泳がせた。右上を見て、左下を見て、しばらくオロオロとした後、ふと離れていくサーシャに目を向ける。サーシャはもちろん俺たちを待つ様子は全くなかった。


「?」


 クリフの視線を追って俺はサーシャの背中とクリフを見比べる。するとクリフは慌てて首を横に振った。


「あっ……え、あ……な、なんでもないです……」


 肩を竦めてそう言うクリフに、俺の拳がもう一発炸裂したのは言うまでもない。









「あらあら……私は貴方を歓迎するつもりでしたのに、残念ですわ」


 ライラ・メーリングは艶のある笑みで笑う。けれど、ジェイはもちろん動じない。ゆっくりと剣を引き抜くと、静かに刃が空を切った。

 ジェイは、いつもカイロスというリボルバーを持ってる。でもそれを使うことは滅多にない。どうしてかはわからない。それでも昔の……帝国時代の武器を簡単に扱っていると、私達の情報が他の預言書集めの冒険者達に伝わってしまうからかもしれない。

 私は一度ジェイの後ろに下がった。ジェイは引き抜いた剣を構えて、ライラ・メーリングとの距離をはかる。彼女はまるでダンスに誘うかのように大鎌・メタトロニオスを一回転させると、


「ふふっ、それなら、死なない程度にお相手するしかないですわ」


 といって踏み出した。

 弓のように反った刃が夕暮れの空気を切り刻む。刹那の速さで迫ってきた大鎌が、激しい音をたてて弾かれた。金属と金属の触れ合う心地よい響き。抵抗する力では、こんな音は響かない。ジェイは自然な動作でメタトロニオスの刃を剣で押さえ、そして力の流れに逆らわず、無駄のない動きで弾き返した。そのしなやかな身のこなしはいくら私が真似をしようとしても真似ることの出来ない才能。

 ジェイが戦うとき、私はいつもその姿に見蕩れそうになる。


「……っ!……さすが、レヴィアス氏」


 ライラ・メーリングはメタトロニオスが弾かれたことに多少の驚きを感じつつも、計算内のようだった。弾かれた力でクルクルと回転させると、振り下ろされたジェイの刃を受けとめる。

 私はその様子を見て、移動速度を超音速状態に切り替えた。ジェイの攻撃を受けている今、彼女の背後には隙が出来ている。私は彼女の死角に潜り込み、左脇腹に蹴りを放った。


「!」


 ライラ・メーリングの情報はネオ・オリでの一件で更新されていた。もちろん、彼女には音速状態で接近しても攻撃をかわされる。だからこそ、ジェイは私に援護の命令を下したのだ。

 ライラ・メーリングは私の蹴りに気づいたようだった。咄嗟にジェイの刃を押し返し、体を捩って攻撃をやり過ごす。高速で放った蹴りに彼女のドレスの脇腹が露になる。

 私達と距離を置いて、ターゲットは困ったように肩を竦めた。


「あら……こうゆうことはどちらかと言うなら殿方の役目よ、お人形さん」

「……。……シルヴィ、あなた嫌い」


 私は静かに拳を握る。ライラ・メーリングはフッと口元を緩めると、メタトロニオスの柄で地面をトントンと叩いた。


「クスっ……ご主人様を取られると思っているのかしら?」

「……」


 拳を握ったまま、追撃モードに移行する。速度は超音速状態へ。ターゲット……違う、この『女』と戦うためには、手を抜くことは許されない。

 真正面から飛び込んできた私に、ターゲットは大鎌の柄で突きを放ってきた。私はそれを直前で交わす。すると今度は、彼女が私の腕を掴んだ。体を捻って避けながら、掴んだ腕に自分の腕を巻き付ける。まるで蛇のような動きだった。

 絡まった二つの腕。風が耳元を通り過ぎる感覚と共に、私は強い力を感じた。


「……お人形さん。私、貴女も気に入っているのよ?」


 ねえ……貴女は泣けるのかしら。

 残酷な声と共に、絡み付いた腕が私の腕を違った方向へと捻りあげた。それは私を停止させるためのものではない。完璧に私の動きを止める為の、強い力。肩の接合部分が軋み、私は声をあげていた。


「シルヴィ!?」


 アイルークの声が少し離れたところで響く。けれど、私は今まで感じたことのない強い衝撃と痛みによって、それ以外の思考を邪魔されていた。攻撃を受けたのならば、守りに入るはずのプログラムが……作動しない。相手の次の動きを予測するはずのシステムさえも。

 痛みが体を支配する。体が情報を受け付けない。何が起ったのか把握できない……把握出来ない!!


「ふふっ……お人形さんに私の一番嫌いなものを教えて差し上げましょう」


 破損部分はおそらく右腕……違う、肩との接合部分。信号を伝えるコードが殆ど全て外され、部品が曲がってしまっている。自動修復は反応を示していない。

 計算ディスプレイの映し出される映像。私の顔を覗き込むターゲットは、私の曲がった右腕を持ち上げている。それだけで私の足は地面から浮いていた。

 ライラ・メーリングの目はまるで、人ではないような色をしていた。


「私……ルールが一番嫌いですの」


 右腕を支える部品の一部が肘から飛び出している。私は歯を食いしばって掴まれている腕に触れた。左腕はなんの損傷もないはずなのに、体が思うように動かない。痛みの信号がノイズを起こしているのかもしれない。


「1と1が2を形成する世界……馬鹿馬鹿しいと思わなくて?同じ個が存在しない世界で、何故それを同一としなければいけないのかしら……」

「……っ!」


 痛みによって私の命令情報は殆どフリーズしてしまっていた。それでもかろうじて意識だけは保っている。何処かに残っている冷静な処理能力が、自分でも意識の存在に驚いていた。

 でも……何故か分かる。ここで完全停止してしまったら……私は、終わりだ。


「分かったでしょう?お人形さんは好きですの。でも、……貴女の中身は嫌い」


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