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過去の予言書  作者: 由城 要
第4部 One Star Story
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第2章 2


 真実とは時として残酷であり、優しさは時として嗜虐である。人は誰もがそれを知っていながら、どちらを選ぶことも出来ない。覚悟することが出来ないからだ。それが大切な者に対することであるならば、尚更のこと。

 それは、誰もが持つものであり……カタリナの、唯一の弱さだった。





  - 彼女の3つの罪 -





「あの……!」


 語られていくカタリナさんの記憶。その途中で、僕はセルマさんの言葉を遮った。まだ雨は降り続き、いつの間にか船員の影は室内に消え去っている。ここにあるのは雨粒が甲板の上で踊る音だけ。

 セルマさんは静かに僕に視線を向ける。


「あ、あの……カタリナさんの、弱さって何なんですか……?」


 僕には、セルマさんの言う『弱さ』が分からない。サーシャさんやジェイロードさんを見れば、カタリナさんという人のイメージはなんとなく分かる。でも、浮かんでくるのは強靭な体と強い意志を持った女性だけ。弱さなんて欠片も想像出来ない。

 セルマさんは、湿った木の床板を見つめた。


「……お前は、自分を弱いと思ったことはあるか?」

「え?……あ、あの……いつも思うんですけど……」


 僕が下を向いてそう言うと、セルマさんは微かに笑った。


「自分の弱さを認めないのは自信過剰な人間だけだ。サーシャでさえ、自分の弱点を理解している」


 分かるか、と問いかけられて、僕は考え込んだ。サーシャさんの、弱点。ふと、僕の脳裏にアンブロシア村での言葉が浮かんできた。

 過去の預言書を手に入れて、屋敷から脱出するとき……サーシャさんは頭上の出口を塞ぐ石を見てすぐにこう言ったんだ。フレイさん、押せますか、って。

 僕は恐る恐る口を開く。


「ええと……し、身長、ですか?」

「そう、リーチだ。足の長さは自分でどうなるものでもないからな」


 そういえば、コロッセオで僕とサーシャさんが戦った時、サーシャさんの攻撃は比較的読みやすかった。操られていたせいかと思っていたけど、よくよく考えてみればリーチが短いと間合いも違ってくる。

 ……でも。


「あの……カタリナさんはどうだったんですか?」


 セルマさんは僕を横目で見ると、闇の向こうに視線を向けた。


「あいつは女としては大きい方だったな。子供を産んだことで不老不死の力を無くしているとはいえ、あいつの戦闘能力は今のサーシャやジェイロードに劣らない」

「じゃあ、弱さって……」


 問いかけようとした僕の言葉に、セルマさんは口を開いた。降り続ける単調な雨音、そして波をかき分けて進む船の音。

 セルマさんの一言は、まるで闇の中に放り出されてしまったかのようだった。


「カタリナは……3つの、罪があった」


 風が強く吹き付け、雨粒が散らばって霧へと変わる。


「罪……?」

「負い目と呼ぶべきかもしれないな。……カタリナは、自分を許すことが出来なかった」


 サーシャさんよりも、ジェイロードさんよりも融通が利かない。こうと決めれば、自分にも相手にも変更は一切認めない。……さっき交わした言葉が脳裏を過る。

 セルマさんの横顔を僕は見る。その遠くを見る横顔に、僕はヒヤリとした。もしかしたらこれは……サーシャさんさえ知らないことなのかもしれない。


「あ、あの……!」


 サーシャさんは言っていた。カタリナさんは、帝国が滅びたあの一夜を生き延びてしまったのだと。セルマさんの言葉が本当なら、それは罪の一つに過ぎない。

 僕の制止を遮って、セルマさんは言う。


「カタリナは自分を許すことも、自分の否を認めることも出来なかった。……最後に会った時、あいつはこう言っていた」


 眼帯で隠されていない方の瞳が、僕を射る。セルマさんの言葉を聞いた瞬間、何故か僕の中に後悔が押し寄せた。


「……『私の死は、おそらく我が子によってもたらされる』、と」









 朝がやってくるのは早い。私は船の進行方向に見えてきた大陸を見つめながら、そんなことを思っていた。

 数日間船の進行を妨げていた雨も通り過ぎ、今は青空が大海を覆っている。私は荷物を降ろすと、甲板から陸を眺める。否、私が見つめていたのは港街の向こうに広がっているはずの微睡みの庭だった。

 預言書争いの首魁、メーリング家。そこにジェイロード達がいるのは確実だろう。私とフレイさん、クリフさんの3人でどれだけのことが出来るのか……。


「おい」


 ふと後ろから声をかけられ、私は振り返った。どうやらフレイさんの方が先に準備を済ませたらしい。荷物と預言書を手にして、フレイさんが近づいてくる。


「……どうですか?」


 私は預言書に視線を向けた。


「お前の中に挨拶ってもんはないのかよ。ったく……」


 フレイさんは呆れた顔をして預言書を私に差し出してくる。私はそれを受け取ると、フレイさんを見上げた。

 預言書は中身が真っ白になっている。フレイさん曰く、ある一定の手順に従って魔力を注ぎ込めば、そこに求める答えが浮かび上がってくるらしい。ただ、慣れるまで多少の時間を要する。


「……使い方は分かった。ただ、使い道が分からねぇ」


 苛立った様子でフレイさんは頭をかく。私は肩を竦めてみせた。

 ある程度、予感はしていた。私達が手に入れたのは『原初の章』。ヴァルナによれば、これは全ての始まりを記した章。人の作り上げたシステムに関する『蒼天の章』からすれば、実用価値は見込めない。

 そこまで考えて、ふと私は顔を上げた。


「私達が持っているのが原初、ジェイロード達が所持しているのが蒼天……」

「あ?」


 フレイさんが顔を顰めてこちらを見る。私は振り返り、大陸に視線を向けた。


「もしもの話です。メーリング家が預言書を手に入れていると考えると、それはどの章になると思いますか?」


 私の言葉に、フレイさんは腕を組んで上を見上げる。雲一つない真っ青な空。少し前の、あの新型の機械人形が言っていた言葉が蘇ってきた。

 フレイさんは一つ一つを思い起こすように指を折る。


「原初、蒼天、あと……」

「万物、大地、終焉です」


 原初の章が始まりを記すのならば、終焉は恐らく終わりを記すのだろう。そう考えると、残りの2つも言葉通りの内容になるはず。

 私はネオ・オリでの出来事を思い出した。部族によって成り立っていたネオ・オリの繁栄。アクロスがもたらしたという豊かさ。あれが預言書絡みだというのなら、アクロスが所持していたのは万物の章より、大地の章の可能性が高い。


「……なんだよ」


 首を傾げるフレイさんに私は言う。


「メーリング家が持っている預言書です。預言書は持っている章によって、実用性が出てくるのはフレイさんも分かるでしょう」

「……アイルーク達と一緒にいた、あの緑頭の機械人形か?」


 私は頷いた。本物を手にしてみない限り、実際のところは分からないが……メーリング家が所持しているのが万物の章だとしたら。背中を滑る冷たい感触に、私は深く息を吐いた。

 フレイさんを見上げて、私は言う。


「メーリング家が万物の章を所持していると考えて下さい。財も力もある彼らが実用性のある章を所持していると考えるなら……」


 やっとその意味に気付いたように、フレイさんは眉を顰めた。しかも、微睡みの庭はあちらのテリトリー。簡単に事を済ませるのは難しい。私は腰から下げたクロノスを指先で弾いた。

 おそらく……否、必ずそこにはジェイロードがいる。あの男は何を勝算にあちらへ向かっているのか。アイルークさんの持つ力か、それともあの機械人形か。……いや、違う。


(……自らが動く可能性が一番高い……)


 3年前のあの日。カタリナが殺されたあの日から、ジェイロードの行方は掴めなかった。それはジェイロード自身が派手な行動を起こさなかったからだ。あの男が動けば……必ずその情報は私の耳に入ってくる。

 相手はあのメーリング卿。ジェイロードはおそらく、自らが動くことで均衡を崩そうとしている。


「……」


 海風が首筋をなぞっていく。その冷たさに私は寒気を感じた。本気で手合わせをしたときでさえ、私は一度もジェイロードに勝ったことがない。剣術、柔術……そして銃撃戦。あの男の持つリボルバー……『カイロス』の銃口を、私は何度も目にしてきた。

 寒気を追い払うように荷物を背負い直し、私は大陸に視線を向ける。私が緊張と恐怖を覚える相手はただ一人、憎き兄ジェイロードだけだ。死を近くに感じたとしても、私の足が恐怖に止まることはない。恐れよりももっと鋭利で、汚く、熱く煮えたぎった憎悪が、私の胸の中に渦巻いているのだから。


「……サーシャ?」


 ふとフレイさんが首を傾げたとき、船室に繋がる扉からメイが顔を出した。


「あ、いたいた。サーシャお姉ちゃん」


 メイは私のところに歩み寄ってくると、フレイさんの方を向いて挨拶代わりに舌を出してみせた。フレイさんはムッとした顔をする。

 メイは私の方に向き直ると、おはよう、とだけ言って、本題に入った。


「ええと、お姉ちゃんから頼まれていたアレ。どこのものか分かったよ」


 私は無言で頷き、言葉の続きを促す。メイは船の進行方向から光の刻の方向を向いた。


「剣の素材はね、ある島から取れる特殊な砂を使ってたんだ。今はあんまり使われないけど、トゥアス帝国時代はかなり利用されてた素材だよ」

「島ぁ?んなの、その素材だけそこで採って、別な場所で造ってる可能性もあるじゃねぇか」


 フレイさんの言葉に、メイは馬鹿にするような表情でフレイさんを見上げた。


「魔術師サマ、今この世界にいくつ鍛冶屋があると思ってる?……クリフお兄ちゃんなら一言で答え出るよ~?」


 メイの言葉に、フレイさんは舌打ちして私を見る。まだ甲板にクリフさんの姿はない。おそらくいたとしても、後でフレイさんの八つ当たりに遭うだろう。

 私は溜め息をついた。


「帝国時代、鍛冶屋のような職人達はギルドを作って共存共栄をしていました。もちろんトゥアス帝国の息がかかっていましたから、彼らは帝国が管理しやすいように生活場所を定められていたんです」

「つまり……拠点が決められてたから、場所が絞られるわけか」


 フレイさんの言葉に私は頷いてみせた。複数のギルドが寄せ集められた地域は、どれも帝国の近くに存在していたらしい。しかしその殆どが、帝国の消えたあの一夜に巻き込まれた。

 私の説明を聞きながら、メイは上着のポケットの中から取り出した部品を片手に、自慢気に言った。


「私達が必要最低限の生活を送っていられるのは、生き残ったギルドのおかげなんだよ。だってほら、下手をしたら造船技術だって消えてたかもしれないんだから」


 メイはそう言って、靴のつま先で甲板を叩いた。

 生き残ったギルドは数少なかった。帝国から遠くにあったギルドが残るかたちとなったが、そういったギルドは人も資料も少なく、結果的に私達の生活水準は『最低限』まで落とされた。

 私は改めてメイに向き直る。


「……それで、その場所というのは?」

「あっ、そうだった。ええとね……エンディア諸国っていう、複数の島国を統括してる国」


 あまり耳にしない国名に、私は腕を組んで足下を見つめた。カタリナと共に様々な国を旅してきたものの……エンディア諸国を訪れたことはない。


「その国はね、トゥアス帝国の近海にあるんだけど……海を挟んでいるからか、風化しなかったみたいなの。もとは時計産業で栄えてたみたいなんだけどね。でもやっぱり、ギルドは廃れていっちゃって……」


 それとね、と言ってメイは利き手で遊んでいた部品を差し出した。


「こっちは機械人形の部品の一部なんだけど……お母さんが言うには、時計の部品に似てるんだって」


 差し出された部品は、3つの歯車が噛み合うような形をしていた。1つを動かせば、自動的に他の2つも回り始める。

 今の時代、時計は地図に告ぐ高級品とされている。時間の流れを正確に分けるこの装置は、今では王族の元にしかない。


「時計か……たしか、ジジイが昔言ってたな。仕組みは分からねぇが、無限に動き続ける時計があったとか」

「技術的な面で確証を得るのは危うい気もしますが、それだけの証拠が重なれば十分でしょう。……メイ」


 私はメイに視線を向ける。メイは背筋を伸ばすと、私を見上げた。


「了解。エンディア国内でジェイロードさんに協力してる組織の発見と、経過だね」


 私は頷き、広い海原に視線を転ずる。

 おそらくあの男……ジェイロードに協力しているのはアイルークさんと、殺人人形を造る技術者達だけと考えていいだろう。多くの人間を飼いならして部下とするには預言書の存在は魅力的過ぎる。下克上を避け、従順かつ使い捨てのし易い人形達を利用することは、あの男にとって一番の好条件。それに……。


(……ジェイロードは、人を信用する人間ではない。……私と、同じように)


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