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過去の予言書  作者: 由城 要
第4部 One Star Story
66/112

第1章 4


 何処かで大きな出来事がある。沢山の人が死んで、沢山の人が悲しむ。言葉にしてしまうと、どうしてこんなに軽いんだろう。きっと耐えきれないくらいの苦痛なのに、言葉はどうして上っ面しか表現してくれないんだろう。

 なんだか、悲しくて寂しい。大人になったら、こんな気持ち忘れてしまうのかな?





  - Like the child -





 魔術師サマは部屋の中の椅子に腰を下ろした。私は荷物の中から一枚の紙を取り出して、自分のベッドに腰掛ける。この紙は魔術師サマから頼まれた『アイルーク・ハルト』って人に関する情報を書いたメモ。


「とりあえずアンブロシアを出た後から調べていったんだけどね、やっぱりジェイロードさんと会った後の消息ははっきりしてないんだ。それだけ、覚えておいてね」


 私はちゃんと前置きしてから、メモに目を通した。しっかり言っておかないと、魔術師サマのことだから文句を言うと思うし。

 コホンと咳払いをして私は続ける。


「ええと……アイルークって人が村を出て、貴族仕えになったのが3年前。15歳かな。魔術師でもこの年齢で貴族に仕えるようになったのは異例だったみたいだね。どうやらこの人のお母さんがお爺さんの名前を使って裏で手回しをしてたようだけど」


 しっかり者の私はちゃんとこの貴族の家の下働きさんを捕まえて確認を取ってきました。だって、酒場の噂はデマや誇張が多いからね。確認しないと。

 でもやっぱり、この人のことはあんまり語ってくれなかった。当時の使用人も皆死んじゃったっていうし。


「……」


 魔術師サマは珍しく真剣に話を聞いてる。無駄口挟まないなんて、なんか魔術師サマっぽくないや。

 私はメモに書かれた事実を一つ一つ読み上げていく。アイルークって人がお金の徴収や、時には……人殺しの仕事をさせられていたこと。本人は喜んでやってたみたいだけど、本心がどうなのかはメイにも分からない。もしかしたら嫌々やってたのかもしれないけど……そう考えるのは、私の勝手な想像。

 情報屋は常に中立でなきゃいけない。偏った情報は噂話であって、正確なものとはいえないから。


「……それで街の人が言うには、アイルークって人が主人を殺したのが二年前。丁度同じ頃にジェイロードさんが街で目撃されてる」

「……つまりは、それがあの男とのファーストコンタクトだってことか?」


 私は頷いた。


「うん。……でも、色々話を聞いてて思ったんだけど、そのアイルークって人がジェイロードさんに従う理由が分からないんだよね。だってその人は魔術師サマと同じファーレン様の孫だけど、預言書に執着があるわけじゃなかったんでしょ?」


 メモから顔を上げてそう問いかけたら、魔術師サマは黙っちゃった。もしかしたら同じ疑問を魔術師サマも持ってたのかも。

 一応私も気になって調べてみたんだけど、アイルークって人が預言書に興味を持って情報を集めてたわけじゃないみたい。預言書に関わる冒険者が接触してきても『知らない』の一点張りだったらしいし……。

 しばらく言葉を探すように窓の外を向いて、魔術師サマは言う。


「……まあ、理由なんつーもんは、後から幾らでも付け加えられんだろ。ただ……」

「ただ?」


 首を傾げると、魔術師サマは座ったまま足を組んで溜め息をついた。


「あいつが納得出来る……いや、面白がるだけの目的がそこにあったんだ。じゃねぇと魔術師は普通動かねぇ」

「面白がる……?」


 魔術師サマは私の呟きには答えてくれなかった。ただジッと何かを考えるように視線を落としてる。

 私はその人じゃないからそれがどんな答えか分からない。それに答えをポンと目の前に出されても納得出来ないと思う。同じ考えを持つ人間なんていないし、同じ考えになんてなれないから。でも『何か』があったことは確かだと思う。

 私はメモを畳みながら言う。


「どうする?もう少し調べてみてもいいけど……」

「いや、いい。調べてみたところで、同じ理由に俺が納得出来るとは思えないしな。……ようは人殺しを繰り返して、頭ん中逝っちまったんだよ。アイツは」

「……うん」


 残酷な言い方だけど、魔術師サマの言う通りだ。その場にいなかった私達からすれば、それはたった一言の出来事でしかない。

 人殺し。

 とても重いことだと思うけど、それはもう戻らない過去。同じ痛みを感じることなんか出来ないんだ。


(……)


 なんだか寂しくなって、涙が出そうになって、慌ててメモに顔を押しつけた。なんだろう。なんか……悲しいや。変なの。


「……んだよ、泣いてんのか?ガキは面倒くせぇな」


 憎たらしい声で魔術師サマがいう。ホント、デリカシーないよねこの人。気付かないフリするとかさ、話題変えるとかないのかな。そんなんだからいつまで経ってもサーシャお姉ちゃんに馬鹿にされるんだ。

 本当に憎たらしいけど、魔術師サマの目は笑ってなかった。


「まあ、泣き止んだら昼間のやつの鑑定に戻れよ。船が着くまでに調べ終えないと後が怖いぞ」

「……。……なんか魔術師サマが言うと実感が湧いてくるね」


 いつも怖い目にあってるからかな、って言ったら睨まれた。なんだよう、サーシャお姉ちゃんが、なんて一言も言ってないじゃん。

 それじゃあな、と言い残して魔術師サマは部屋を出ていった。静かになった部屋の中に波の音が聞こえてくる。

 寂しいと思うのは……涙が出ちゃうのは子供だからなのかな。早くお母さんみたいな立派な情報屋兼武器商人になりたいと思うけど……。

 メイ、やっぱりもう少し子供でいたいや。









 雲間から時折顔を出す月が、船の行く先を示している。僕は甲板の端でぼうっと真っ暗な海を見ていた。視線を落とすと、海に落ちた月の片割れが水面で歪んでいる。風の音が波音にさらわれて、僕は少し目を細めた。

 暗い海はちょっと怖い。でも船員さん達が近くを通っていくし、機械人形も多分もう出てこないと思う。


「はぁ……」


 溜め息は静かに夜の海へと消えていく。甲板に立てかけたレイテルパラッシュが鞘とぶつかってカタカタと音をたてた。

 こうやって溜め息をつくのはいつものことだ。でもちょっと違うのは、僕の心の問題。


「……やっぱり、ちゃんとしなきゃ……」


 昼間の騒動でも、結局僕は剣を振るうことが出来なかった。鞘から引き抜くことも出来ず、ただ震えるしかなかった。フレイさんやサーシャさんは呆れを通り越して諦めてるみたいだけど……セルマさんの姿を見ていたら、なんだか虚しくなってきた。


『ターゲットの排除優先順位は、戦闘能力順にサーシャ・レヴィアス、フレイ・リーシェン……2つ飛んでクリフ。一番最後』


 ふと、ネオ・オリで聞いたシルヴィの言葉が蘇る。たしかに特殊な体を持つサーシャさんや、一族の中では優秀ではなかったとはいえ、あのファーレン様の孫のフレイさんに敵うはずがない。でも、一番最後って言われると、やっぱり……。


「……」


 じっと水面を見つめていると何処からか足音が響いてきて、僕はハッと顔をあげた。慌てて振り返ると、セルマさんが立っている。

 僕は慌てて言葉を探した。


「あっ……あっ、あの……せ、船室に戻ったと思ったんじゃ、なかったんですね」

「……ああ」


 セルマさんは両手にホットミルクの入ったティーカップを持っていた。飲むか、と問いかけながら片方を差し出してくれる。僕はブンブン頷いてそれを受け取った。熱の籠ったカップがあったかい。

 あれ……もしかしてセルマさんは僕がずっと甲板にいたこと、知ってたのかな。


「……。……随分意外だな」


 セルマさんは甲板から海を見ながら静かにそう言った。茶色の長い髪が風に揺れている。いつも一つに纏めている髪は、今はそのままになっていた。

 僕が首を傾げると、眼帯をしていない左目がこちらを見る。


「お前やあの魔術師が、サーシャと共にいることだ」

「え、あ……それは、その……。……へん、ですか?やっぱり」


 僕はおずおずとセルマさんを見上げる。セルマさんは僕より身長が高い。よく考えてみるとメイもあの歳にしては高い方だと思う。生まれつき身長の低い僕には本当に羨ましい。

 セルマさんはテーカップに口をつけると、肘をつきながらフッと笑った。


「……ああ。サーシャが人を連れているだけで妙だ。初めて会った時も、すぐ契約破棄になるだろうと思っていた」

「あ、あははは……」


 そういえば少し前にメイにも同じことを言われた気がする。『魔術師サマは我が強いし、クリフお兄ちゃんは臆病だし、絶対サーシャさんにはついてけないと思ったんだけどね』、なんてズバッと言われたからちょっと落ち込んだ。

 でも、僕等がここにいるのは、僕等自身の意思なんだ。


「……あ、あの。……セルマさんは、カタリナさんと知り合いだったって聞きました……」


 カタリナ・リドール・トゥアス・ブレイス。トゥアス帝国の第18王女。美貌と呼び声高いその人はサーシャさんの母親だ。……そしてジェイロードさんもまた、カタリナさんの子供。

 淵霊嶺を出た時以来、サーシャさんはあんまりカタリナさんの話をしない。でも、すごくすごく強い人だったらしい。身体的にも精神的にも。


「カタリナさんって……どんな人だったんですか?」


 カタリナさんの名前を出すと、ふとセルマさんは肩を竦めて息を吐いた。そして遠くを見つめるように、真っ暗な海に視線を向ける。何処までも続く闇の世界。波の音だけが船を囲んでいるように思える。

 白い息を吐きながら、カタリナさんは懐かしむように呟いた。


「あいつは……そうだな、サーシャの頭をもう少し固くしたような人間だった」

「え、ええと……サーシャさん以上に、ですか……?」


 僕が困ったような顔をしていると、セルマさんは続けてこう言う。


「ああ。カタリナ、ジェイロード、サーシャ……あの中で柔軟性があるのはサーシャだろう。カタリナもジェイロードも、サーシャ以上に頭が固い。融通が利かない性格だな」

「えっと、その……や、やっぱりいいです」


 サーシャさん以上の頭の固さを想像出来ません、と言おうとして、僕は口をつぐんだ。多分この話は僕の考える次元とは違うんだと思う。ジェイロードさんが頭が固いっていうのは少し意外だけど。

 セルマさんはカップを置くと、静かに呟いた。


「……カタリナは仕事を任せれば、非の打ち所もないほど完璧にこなす人間だった。ただ、サーシャを見れば分かるように妥協が出来ない性格だったからな」


 強い風が吹き抜けていく。湿った感触に、微かに雨の匂いが混じっていた。もしかしたら、少し雨が降るのかもしれない。


「こうと決めれば変更は一切認めない。相手にも、自分に対しても。……だからこそ、苦しみながら逝ったのかもしれないがな」

「……強い人だったんですね……」


 僕はぽつりとそう呟いた。サーシャさんをあそこまで強く育てた母親。射撃も体術も剣術も、全てを教えてくれた強い人。僕ならきっとすぐに根を上げてしまうはずだ。

 ふと、セルマさんの瞳がこちらを見ていることに気付いて、僕は慌てた。セルマさんは訝しむような目でこっちを見る。


「……強かったと思うか?」

「えっ……?」


 僕は驚いて首を傾げた。


「……それが、本当の強さだと思うのか?」

「え、でも……」


 セルマさんは僕の言葉を遮って、海の向こうへ視線を向ける。ふとカップの中に波紋が広がって、僕は空を見上げた。寒いなと思っていたら、小雨が降ってきてる。

 セルマさんは構わずに続ける。


「カタリナはな……弱くて、残酷な人間だった」


 パラパラと降り始めた雨が音をたてて激しくなった。


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