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過去の予言書  作者: 由城 要
第4部 One Star Story
65/112

第1章 3


 腰に隠し持った短刀を逆手に構える。後ろで纏めた茶色の髪が揺れる。頬の辺りで揃えられた鬢髪が微かな潮風を受けた。右目には女の顔に似合わない眼帯。

 彼女は手慣れた動作で足を踏み込む。太陽に反射した刃が弧を描いて相手の額に突き刺さる。その流れるような動作、まさにグロックワースの戦鬼。その名は、セルマ。セルマ・レディンス。





  - 隠密部隊の女 -





「構いません。さほど期待してませんから」

「おまっ……援護するの止めるぞ!?」


 サーシャの言葉に俺はそう叫ぶ。だからといって本気でそんなことをするつもりはなかった。万が一にサーシャがやられれば、俺にとっても不利になる。人間との拳の喧嘩ならまだしも、機械人形と接近戦なんて魔術師の俺に出来るわけがない。

 サーシャは素早く扉の前の敵に接近した。それを待っていたかのように、甲板の奥にいた2体が動き出す。おそらく挟撃するつもりなんだろう、俺は両手をヤツらに向けて力を込めた。このスピードじゃ小細工なんて出来やしねぇ。爆発させるしかない。


「!」


 突然発生した爆発に、2体の人形がバランスを崩した。爆風に身を隠し、サーシャは扉の前の敵の背後に回り込む。ほんの数秒間のスキを利用し、腰のリボルバーを手に取った。

 人形の頭に銃口を押しつけ、斜め上に向けて引き金に指をかける。しかし次の瞬間。


「サーシャさんっ!!」


 叫んだのは俺の後ろで震えていたクリフだった。ハッとしてサーシャは銃口を押しつけていた人形を蹴り飛ばした。刹那、サーシャがいたところに別な人形が飛び降りてくる。手にしているのは長剣だ。バランスを立て直すことが出来ないまま、紙一重で刃を避ける。


「ちっ……」


 俺は舌打ちした。さっき時間稼ぎをしておいた2体もサーシャに接近している。爆発を起こせば、おそらくサーシャも巻き込むことになる。

 どうする、と自分に問いかける。ヴァルナを喚び出すか……ヴァルナを使えば、サーシャの身を守ることは出来るだろう。ただし、船の状態にまで気を回すことは俺には無理だ。

 サーシャを取り囲みつつある殺人人形。ジリ、とサーシャは周りの様子に警戒しながら、左手を上着の中に潜ませた。

 しかし。


「―― !」


 丁度扉の前に陣取っていた人形の体が傾いた。まるで突然力が抜けたかのように、直立不動のまま倒れ込む。サーシャは顔を顰め、そして倒れた人形の向こうに女の姿を見た。

 真っ黒な服に身を包み、右手には逆手に持った短刀。30後半にも関わらず、老いた様子のないしなやかな体つき。


「ほう……話には聞いていたが、これが噂に聞く『殺人人形』か」


 俺のローブを掴んでいたクリフが驚いた声をあげる。


「せ、セルマさんっ!?」


 サーシャと殺人人形との戦いに割って入ったのは、武器商人で情報屋でもあるセルマだった。よくよく見ると、あの憎らしいガキ……メイがドアから顔を出してこちらを伺っている。メイは俺と目が合うと、まるで疫病神でも見るような目で舌を出した。

 あのガキ……あとでシメてやる。


「セルマ」


 警戒の姿勢でセルマを見つめる人形達。セルマはサーシャを見ると、羽織った丈の長いコートの中からもう一本、左手に短刀を取り出した。2人は互いに背を預け合うと、周りを取り囲む3体に向き直った。互いの行動まで理解しているかのようなその動き。

 セルマは口端を上げて背後のサーシャに囁く。


「……特別料金だ。良いな?」

「仕方ありませんね……。早く終わらせましょう、騒がしくなる前に」


 セルマが頷くとサーシャは右足で強く踏み込んだ。2体の人形に接近し、振り下ろされた剣をリボルバーで弾き返す。普通の人間なら出来るはずもない技だ。

 サーシャはそのまま人形の腕を蹴り飛ばす。人形の手から滑り落ちた剣が床に落ちて音を立てる。


「メイ」


 サーシャはドアから顔を出しているメイの名を呼ぶと、両手に持っていたクロノスとヒュペリオンを放り投げた。


「えっ、ちょっ、わ、わわっ!」


 突然投げられた二丁のリボルバーに、メイは慌ててそれを受けとめた。間違って地面に落とせば暴発の危険がある。なんとか二丁ともキャッチしたメイは、ほっとした表情を見せた後に、危ないから投げないでよ、と口を尖らせた。

 メイの文句が聞こえているのかいないのか、サーシャは身を低くして人形の攻撃をかわした。そして転がった剣を手にする。そしてそのまま、武器を失った人形の額のど真ん中に刃を突き刺した。

 サーシャは剣を引き抜き、剣を8の字を描くように回した。慣れた様子はまさかガンスリンガーとは思えない。体術、剣術、そしてリボルバーの扱いまで……コイツはどれをとっても化け物並の実力だ。


「す、すごい……」


 後ろにいたクリフが掠れた声でそう呟いた。援護の必要がなくなった俺は、呆れた声でつっこむ。


「んなの前からだろ」

「そ、そうじゃなくて……せ、セルマさんが……」


 クリフは俺のローブを引っ張り、空いた手でセルマを指差した。俺は首を傾げてそっちを見る。

 セルマは2体の殺人人形と向き合っていた。相手は剣を手にしている。リーチで言えば完全に不利だ。

 片方はどうやら俺の起こした爆発で配線か何かが狂ったようだった。カタカタと口を開いたり閉じたりを繰り返し、フラフラと刃が揺れている。人形はしばらく狂ったように頭を揺らした後、突然はっきりとした攻撃を繰出して来た。


「!」


 突きを繰り返すように、剣がセルマの体のすぐ脇をすり抜ける。最初は狙いが定まらないのかと思ったが……違う。セルマがギリギリのところで避けているのか。

 目の前から突き出される刃。セルマは短刀を握りしめた両手を突き出し、右脇腹に逸れた攻撃を弾き飛ばした。次の瞬間、攻撃を弾いた方向からもう一体の機械人形が飛び込んでくる。セルマは左手の短剣をその額に投げつけた。


「……っ!」


 上着が風に揺れた。セルマは右足を軸にすると、壊れた人形の後頭部に後ろ蹴りを食らわせる。強い力で蹴りを入れられた機械の体は弾け飛び、そして甲板に衝突して海に落ちた。

 静かに凪いでいた海に波紋が起きる。泡が湧き上がり、やがて人形の体が見えなくなると、まるで何もなかったかのように海は平穏を取り戻していた。









「サーシャお姉ちゃん」


 甲板は静まり返っていた。船員達は目の前に転がる、人の形をした精巧な人形に釘付けになっている。私に任せてくれ、とセルマは呟いてサーシャから離れた。

 扉から出てきたメイは、サーシャにクロノスとヒュペリオンを差し出した。サーシャはそれを受け取って腰に収める。そしてもう一度、人形が装備していた剣を手にした。


「……何してんだ?」


 俺は後ろに引っ付くクリフを引きずってサーシャに声をかけた。サーシャは俺の方に目を向けると、溜め息をついて口を開く。


「この剣に、あの人形達の装備……これで殺人人形を作った人間が特定出来るのではないかと思っていたところです。……メイ」


 サーシャは転がった人形から鞘を取ると、剣をメイに手渡した。メイは納得した様子でそれを受け取る。


「少し時間かかるかもだけど、いい?」

「構いません。船があちらの大陸に着くまで待ちましょう」


 サーシャは頷いてそう答えた。俺はふとセルマが歩いていった方向に視線を向ける。セルマはどうやら船員と話をしているようだった。それも下っ端じゃなく、結構地位のある奴だろう。

 クリフが俺の代わりに疑問を口にする。


「ね、ねえ、メイ。セルマさんは何をしてるの……?」

「ん?ああ……お母さん、この船の人と知り合いだから。多分騒ぎが大きくならないようにお願いしてるんだと思うよ」


 クリフと俺は甲板に転がった人形とその部品を見回す。これだけのモンを見せられて騒ぎが大きくならないはずがない。俺たちは見慣れているが、普通の人間は見たこともない精巧な技術。何処かの国がこんな技術と知識を持っている、などと噂になれば、おそらく混乱が起きるはずだ。

 サーシャはため息を吐いて言う。


「騒ぎが大きくなるのは止められないでしょう。ただ、これが何処から来たもので、どうして私達が狙われたのか……その辺りを追及されないための口止めです」


 セルマは何かを告げると、懐から何かを取り出して相手に握らせる。やっぱあの女、裏の人間だな。


「……」


 ふと横を見ると、クリフが何かを考えるようにセルマを見つめていた。

 サーシャはセルマの交渉状況を見て、早々に船室へと戻っていく。騒ぎが大きくなる前に部屋に帰るんだろう。メイはその後を追って歩き出す。俺は溜め息をついて役立たずの襟を引いた。


「人が集まってくる。……戻るぞ」









 夜の海は静かで、船が海面を滑る水音だけが木霊する。時折響いてくるのは、風を受けた帆がはためく音。山育ちのメイだけど、海は静かで大好き。安らげる、なんていったら子供らしくないってお母さんに言われちゃうかな。


「んー……」


 船室の廊下を歩きながら、私は大きく伸びをする。昼間の事件はすぐに乗客に広まって、食事のとき以外、外に出る人は少なくなっちゃった。サーシャお姉ちゃん達が関わっていることは漏れずに済んだようだけど、やっぱりずっと隠しておくのは難しいかも。

 私は廊下の真ん中にある部屋の前で足を止めた。ノックして扉を開けて、中を覗き込む。


「おかーさ…………あれ?」


 部屋の中は真っ暗だった。さっき夕食前に部屋を出た時のまま。食事の後に情報収集ってことでお母さんと別れたけど、まだ帰ってないのかな。


「うーん……どこ行ったんだろ」


 探しに行こうかな、とそう呟いたとき、丁度廊下の向こうの方から誰かが出てきた。見覚えのある顔と魔術師のローブ。私は顔を顰めてわざと嫌そうに呟いた。


「げっ、『魔術師サマ』……」

「てめぇ……聞こえてるぞ」


 茶髪を一つに纏めながら、魔術師サマはこっちに歩いてきた。私が中途半端に開けた扉から中を覗き込もうとするから、私は慌てて扉を閉める。


「あっ、見ないでよエッチ!」

「誰がガキの部屋なんか見るか。……セルマはいねぇのかよ?」


 魔術師サマに関係ないでしょ、と反射的に顔を逸らす。すると魔術師サマはイラッとした表情をした。でもすぐに溜め息をついてこう言う。


「はぁ……まあ、いい。それよりアレだ、この間頼んだやつは何か分かったか?」


 ん?なんだ、お仕事の話かぁ。それならこの意地悪で口悪くて低レベルな魔術師サマであろうと相手にしないわけにはいかないよね。うん。メイってお仕事のできる女の子だから。

 そうゆうことなら、とメイはもう一度扉を開けた。はっきり言って部屋の中に見られて困るものなんてないんだけどね。船とか宿では荷物を広げないようにってお母さんの口癖。だって緊急の時に大変になるから。


「それじゃあ中で話そうよ。……ちょっと長くなりそうな気がするから」


 私がそう言うと、魔術師サマも頷いた。やっぱりなんとなく分かるのかな。だって、自分の従兄弟のことだもん。メイは従兄弟とか親類とかいないけど、小さい頃から一緒に育ってきた血の繋がらない兄弟のことなら、離れてたってなんとなく分かる気がするから。


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