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過去の予言書  作者: 由城 要
第4部 One Star Story
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第1章 1

 星は際限なく輝く。その光が何故、輝き続けることが出来るのか、幼い頃の私には不思議で仕方なかった。何故、人の命は息絶えるのに星はその光を失わないのか。何故、私達は人とは違う体を持ち、戦うことを定められているのか。

 幼い頃の……本当に幼い頃の、思い出だ。





  - 理なき世界 -





 風が吹き付ける。緑のない大地に砂が舞い上がり、薄っぺらな壁のような状態になって私を襲う。母に着せられた上着のフードを目深にかぶり、私は砂の壁をやりすごした。それでも目に入ったのか、ゴロゴロと違和感を感じる。

 空を見上げると、月がまるで自分が神だといわんばかりに光り輝いている。静かな砂漠の上の月。辺りに輝く星が、決まった形に並んでいることを知ったのはつい先日のことだ。


「……」


 短い足で私は砂漠を駆抜けた。軽い足音が砂を踏みつけ、向こうにいる人影へと走り寄る。影は振り向くことすらせず、ただじっと座っていた。

 私は足を止めると、彼が見ている方向を見上げた。西に輝く大きな星……彼はスッと右手でそれを指差す。13歳の、少年の指先。


「あの星は……歯車を表す。歯車の中心にあって、西の方角を確かめるのに役立つ」

「……はい」


 私は目を擦りながら隣に座る。彼が指差した星を見上げて、彼が言った言葉を繰り返した。


「歯ぐるまの、中心……西の方」


 言われたことを繰り返すのは、殆ど母からしつけられた癖だった。彼もまたそれが分かっているのか、何も言わずに私の言葉を聞いていた。

 私は改めて辺りを見回す。不思議なことに、星はきっちりと同じ形に並んでいるのだという。季節によって違うと私は思っていたが、どうやらそれは私の立っている場所や時間によって変わるらしい。

 私は辺りを見回し、そして前々から疑問だったことを問いかけた。


「兄さま……星はどうして、光続けられるのですか?」

「……」


 彼……否、『兄』は静かに空から視線を外した。吐いたため息が白く染まり、風に流されていく。


「……なぜ?」


 どうしてそんなことを聞くのか。そんな意味だろうと私は理解した。長い時間を共に過ごしてきた人間というのは恐ろしい。全てを説明することなく、言葉の裏にあるものを察知することができる。時として言葉ではなく、行動や顔ですら。母はその良い例だった。

 私はしばらく考え、そして口を開いた。考えてから喋るのは癖というよりも遺伝に近いのかもしれない。母も兄もそうだった。


「兄さまは……前に、星はずっと昔にできたといってました。母さまが生きているよりずっと昔のことだと」

「ああ……」


 兄もまた、私の言葉の意味を悟ったようにそう呟いた。どうして星は死なないのか、私が質問に込めた裏の意味はそれだ。

 兄は静かに口を開く。まだ青年とは言いがたい容貌をした彼は、見た目とは正反対に知識に関しては博学だった。私よりも母と長く生活してきたのだから、仕方のないことだろう。母はまさに生き字引という言葉が似合う人間だった。


「……星は太陽の光に反射するものと、太陽と同じで自ら光るものがある」

「反射するものと、光るもの……」


 繰り返す私に、兄は月を指差した。見事なまでに丸みを帯びた球体が、こちらをじっと見つめている。時折目のようなものが見えて、私には気味が悪かった。

 兄は言う。


「星の寿命はそれぞれ違う。……今も終わりゆく星があるかもしれない」

「終わりゆく……星」


 私は首を傾げた。兄はため息をついて足下の砂を手で払う。するとそこから、小さな石が現れた。兄はその石を掘り出すと、私達の間に置き、今度は砂の一粒を石の上に置く。


「この砂の粒が『人』、そしてこの石が『世界』……」


 兄はそう言うと、石を半分まで砂の中に押し込めた。砂に覆われた場所に、拳に収まるくらいの石が一つ。まるで砂の海を彷徨う小舟のように。

 子供の指先が周りの砂をつまみ上げる。サラサラと落ちる砂粒が指の間から崩れ落ちていった。


「そしてこの砂の一つ一つが、星……『惑星』」

「『惑星』……」


 私は辺りを見回した。私が踏みつけている砂も、兄が腰を下ろしている所も、母が商隊を捕まえにいった地平線の彼方も、辺りを見回せば全てが……惑星だった。

 ふと、私は理不尽な気持ちで呟く。


「兄さま……数えきれない」

「ああ……数えきれない」


 無限の星が『人』を、『世界』を取り囲んでいた。兄曰く、この砂粒もまた、この小石に置き換えることが出来るらしい。

 砂の一粒にも『世界』がある。『人』がいるとは限らず、命があるかすら定かではない。それでも『世界』は無数に存在し……その中には終わりゆくものも、必ず存在している。

 生と死。それが世界の約束。それは平等に、時として不平等に与えられた命の権利。しかしそれをも超越しようとした、遥か昔の王族達がいる。


「兄さま。星もいつかは光を失うのに、……鳥も獣もいつかは命を失うのに、どうして人は抗おうとするのですか?」


 兄はふと、こちらに視線を向けた。澄んだ色の碧眼に、金髪。私もまた、骨格は違えど似たような姿をしている。同じ色の碧眼が私を射抜く。何故か聞いてはいけないことを聞いてしまったような、そんな気持ちになった。

 膝を抱えた状態で最初と同じように空を見上げる。彼は長い時間考え、そして口を開いた。


「……生きたい、から」

「生きたい……?」


 生への執着。死への恐怖。それは強くなる上で何よりも必要なことだと、母はそう言っていた。しかし私は時折こう思うのだ。死への執着、生への恐怖もまた、同じ意味なのではないかと。

 兄は首を傾げる私を振り返り、私の頭に手を置いた。私は驚いて顔を上げる。頭を撫でられるのは慣れていなかった。相手が母であれ、兄であれ、撫でられた覚えがなかったからだ。


「死にたくない、生きたい……それが、死を許容しない理由。トゥアスが不死を作り出した理由……」


 死に抗い不死をつくろうとした人がいた。終わりに抗い光り続けた星があった。そんな抵抗が、この世界には数えきれないほど存在している。

 静かに辺りを見回す私に、兄は片手を差し出した。


「……サーシャ」


 差し出された右手を、私はしっかりと掴む。立ち上がるとまたあの砂の風が私達を襲った。私はフードを目深に被り、兄は俯いて風が通り過ぎるのを待つ。

 ふと、私は向こうで母の呼ぶ声を聞いた。


「ジェイ兄さま。……母さまが」


 兄は頷き、そして歩き出す。私は兄の後ろを歩きながら、もう一度砂の宇宙を見回した。数多の『世界』、果てしない那由他の『惑星』。兄の言葉が私の脳裏を駆け巡った。

 しかし、私は思うのだ。終わりに抗う星は美しい。もしその輝きを人の命に置き換えるのならば、最も光り輝くのは、生きながらにして死ぬことを否定し続ける姿だろうか。それとも死に直面した時なのだろうか。

 幼い私の頭では、答えを出すことは出来ない。……否、答えを出す資格を持った命など、たとえ太陽と月であろうとも持ち合わせていないのかもしれなかった。









「……」


 体を起こすと、カーテンが風に揺れた。差し込む光が真っすぐにベッドの上に線を作っている。私はベッドから降りるとカーテンの向こうに広がる風景に視線を向けた。

 小さな窓枠の外に広がっているのは、真っ青な大海原。果てしなく続くこの海は大陸と大陸の間に横たわり、人の行き来を阻んでいる。連絡船は一日に一本、私達はその船に乗り、反対側の大陸を目指していた。

 潮風が頬を撫で、髪を弄ぶ。爽やかな風を感じながら私は数日前のやりとりを思い出していた。


『……微睡みの庭、ですか?』


 地図を広げた私に、クリフさんが首を傾げる。私は頷き、テーブルの反対側に座っているフレイさんとクリフさんをしっかりと見つめた。


『ええ。メーリング家の所有する麻薬畑「微睡みの庭」を目指します』

『メーリング家……ネオ・オリとアクロスに茶々入れてきた、アレか?』


 フレイさんの言葉に私は頷いた。そして地図に書かれた平野を指し示す。

 アクロスの東南にあるメーリング家の所有する麻薬畑。これを人は『微睡みの庭』と呼ぶ。かつて帝国が栄えていた時代に貴族としてかなりの力を持っていたとされるメーリング家。彼らは奴隷を用いて『リル・イン』と呼ばれる麻薬を生産して富を得ていた。

 ハマってしまえば最後、薬を断つより方法のない『リル・イン』。だが薬を断つのは容易なことではなく、禁断症状が起りやすいことで知られている。


『メーリング家は過去の預言書を手に入れるために、かなりの数の冒険者を集めて手懐けていました。……場合によってはジェイロードよりも危険な相手かもしれませんね』


 アクロス国によるネオ・オリの征服作戦時、メーリング家は一枚噛んだ形をとっていた。しかも戦いが激化する直前の、ライラ・メーリングの訪問。


『随分悠長なことだと思いませんか?』


 アクロスに預言書があることは、ネオ・オリの三大剣士の反応で確信できた。もし私がメーリング家の立場ならば、アクロスから預言書を奪い取るか、もしくはそちらに従属するかのどちらかを選ぶ。

 フレイさんは地図上の麻薬畑を見つめながら呟く。


『たしかに……預言書争いの首魁つーほど偉い奴らなら、従属ってのはないな。それに……』

『あ、奪い取るなら、もっと他の方法……ありますよね』


 クリフさんの言葉に私は頷いた。テーブルの上に広がった地図を畳み、そして2人の目を見る。


『ここからは私の考えですが……あながち間違ってはいないでしょう』


 おそらく、メーリング家は既に預言書を所持している。冊数までは分からないが、持っていることは確かだろう。そうでなければアクロスをそそのかしてネオ・オリを潰すという悠長なことは出来ない。あわよくば互いに戦力を削ぎ落とした後にアクロスの預言書を手に入れるつもりなのかもしれないが。


『預言書は五冊……一冊は私達、一冊はジェイロード達、そしてもう一冊はメーリング卿が所持しています。そしておそらく、アクロスにあるという一冊は間もなくネオ・オリに渡るでしょう』


 対アクロスの戦争はネオ・オリ優位に傾きつつある。おそらくアクロスは預言書を差し出すことで、恩赦を請うだろう。おそらくそれ以外にも必要とされるものはあるが……それほどに預言書は重みある書物だということだ。

 私は顔を上げる。


『……メーリング卿を叩きます』

『……!』


 おそらくメーリング卿にとって一番の脅威はジェイロード達。そしてそれはジェイロード達も同じはずだ。そう説明すると、クリフさんが慌てたように口を開く。


『え、で、でも……フリッツ先生達や僕らはどうなるんですか?』

『我々が預言書というカードを手にしていることを知る人間はいませんから……殆ど除外されていると考えていいでしょう』


 ファーレン様の屋敷で預言書を手に入れることが出来たのは幸運だった。相手に手の内を見られることなく、ワイルドカードを手にすることが出来たのだから。私はチラ、とフレイさんに視線を向けた。預言書の扱い方や解読はすべてフレイさんに任せてある。


『……ネオ・オリは今警戒態勢が敷かれています。旅人すらも入ることの出来ない状態で、軍の士気も上がっていますからね……アクロスとの勝敗が決まるまでは手出しをしないほうが無難でしょう』


 預言書を手に入れた後、あの少年王がネオ・オリの軍や民族を全て残りの預言書確保に向かわせるとは考えづらい。アクロスの攻撃によって疲弊した後、自由に動くことが出来るのはやはり三大戦士のみだろう。


『そしてもう一つ理由を述べるのならば……』


 私はテーブルに肘をついてクリフさんを見る。


『ジェイロードはおそらく、バックに何処かの国……もしくは集団をつけている可能性があります』

『集団、ですか……?』


 クリフさんの言葉に私は頷いた。私達を襲ってきた戦闘用機械人形、そしてジェイロードの連れている高性能の機械人形……おそらく、それを作ることの出来る技術を持った集団が何処かに隠れているということだ。

 フレイさんは納得したように私を見る。


『たしかに、あれだけのモンをあの男とアイルークだけで造れるワケがねぇな。……見当はついてんのか?』

『いえ……。ですが、帝国時代の技術をすぐに使いこなすことが出来るのならば、噂になるはずです。それがならないということは、国と呼べるほどのレベルではない……』

『それで「集団」か』


 はい、と私は首を縦に振った。帝国の文明が廃れ、各地の状況が把握しづらくなってしまった今、何処にそんな技術を持った人間達が潜んでいるのか見極めることは難しい。

 やはり実体も力量も理解しているメーリング家を叩くのが先決だ。おそらくジェイロード達も同じことを考えていると思うが。


「……」


 私はカーテンに伸ばした手を下ろし、ベッドから立ち上がった。上着を脱ぐと爽やかな風が背中に当たる。船体が海面をかき分ける音を聞きながら、私は着替えを手に取った。


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