番外編 2
Extra chapter
Top secret
誰にでも不得意なことはある。けれどそれが『弱点』と認識されるのは、平均的な能力よりも下に位置した時だけだ。下には下が、上には上がいるのがこの世界の摂理。でも不思議なことに、全てにおいて完璧な人間は一人も存在しないんだ。
……っていうのが、俺、アイルーク・ハルトの持論さ。
- Top secret -
たとえば、俺なら美しい女性には花の名前をつける。ヴィオラ、マンジェリカ、ローズマリー……花というものは大抵美しい。美しくなければ生き残れなかったものが多いからさ。男という蝶を引き寄せる魅惑の花……。
「というわけで、プリムラというのはどうだろう?小さくて白い可憐な花を咲かせる……おチビちゃんにはぴったりじゃないかな?」
「駄目よ。この子はシルヴィって決めたの。そっちの方が可愛いじゃない」
見たことも触ったこともない『機械』とかいう道具が並ぶ工房で、俺とジュリア・カルセラはある案件を話し合っていた。
内容は、新型の殺人人形につける名前。ミス・ジュリア曰く、初めての成功例とも言えるこの緑髪のおチビちゃんに、ナンバーではなく名前を付けてやりたいらしい。
目を閉じたまま、眠っているかのような少女。一度起動させて俺とジェイロードの顔を覚えさせたことがある。成功例と言っても、他の殺人人形と同じように、事務的なことしか口にしない人形だった。まぁ、多少の自立した思考能力はあるようだけれど。
一度『ご主人様』と呼ばせようとしたら、ミス・ジュリアにレンチで頭を殴られた。……ふふっ、あれは強烈な一撃だった……。
「なに一人でニヤニヤしてるのよ。もうっ。……ねぇ、ジェイロード。貴方は良い案ないの?」
「……」
ソファに座って興味なさそうに俺たちの話を聞いていたジェイロードが、少しだけ顔をあげた。俺とミス・ジュリア、そして眠ったままの人形を目にして、そして首を横に振る。
俺は少し意地悪を思いついた。
「……なら、今までアンタが落とした女の名前を順々に挙げていくってのはどうだ?アンタぐらいの顔ならいっぱいいるんだろ~?」
「……」
「な……っ!」
すかさず反応を見せたのはミス・ジュリアだった。言葉に詰まったような顔をして、そしてすぐ眼鏡を押し上げるフリをして横を向く。……あれ、少しやりすぎたか。
ジェイロードはテーブルの上に乗せられた珈琲を口にすると、静かに俺に視線を向ける。
「その人形の名前を考えろというんだろう?……少し待っていろ」
珍しく、ジェイロードがそう口にした。あれ……怒ってる?いや、この男と旅を始めてからけっこうな月日が経ったが、この男が本気で怒ってるところを見たことは……あれ?
ジェイロードはしばらく何かを考えるように珈琲を啜ると、目を閉じて思案し始めた。これは考えるときの癖だ。
「……いくつか案を出すが」
ジェイロードはそう言って、口を動かした。
いや、実際にはいくつか名前らしきものが言葉として発せられたはずなんだけれど、俺とミス・ジュリアの耳にはなんだかとても衝撃的な言葉の羅列が続いただけで、どこをどう区切るのかとか、どこからどこまでが1つの案なのか分からないまま、ジェイロードは口を閉じていた。
「……」
「……」
とりあえず、顔を見合わせた俺たちの意見は一致した。
「そ、それじゃ……シルヴィで決定にしましょう」
「ん、あ、ああ……ミス・ジュリアに任せるよ。はは、ははははは……」
乾いた笑いを浮かべる俺たちの後ろで、シルヴィは何も知らないまま静かに眠っていた。
FIN.