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過去の予言書  作者: 由城 要
第1部 One Night Story
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第1章 4

 銃声が響き渡る。それはもう、後戻りの出来ない運命の始まり。戻ることは許されない。

 どれくらいの月日を経て、彼はここを辿るのだろう。彼の過去を生きる私には、想像すら出来ない。

 しかし、一つだけ願おう。……彼らの旅路に、幸運を。





  - 預言書を探す旅 -





「こ、こここ、これって何なんですか!?」


 背後で声を震わせながら叫ぶクリフの声。俺は真正面に飛び出してきたヤツの腹を蹴り飛ばし、苛立ち紛れに口を開いた。


「知るかっ!お前、剣持ってんなら、さっさと倒せ!!」


 そう言って睨みつけると、クリフは俺の方を見て必死に首を横に振っている。部屋の片隅で剣を抱きしめながら顔を真っ青にしている様子は、ただのビビリだ。護衛業の奴等が言ってたのはこれのことか。

 俺とクリフの相部屋は、2人分のベッド以外にはテーブルと暖炉しかない小綺麗な部屋だった。しかし今はあちこちに斬撃の傷跡がつき、もとの部屋の様子さえ思い出すことが出来ない。そして2人用の部屋には、珍客が居座っていた。細身の剣を握り締めた、女の姿のヤツだ。肩で切りそろえられた真っ直ぐな髪、そして生気のない瞳。背筋を凍らせるほど、無表情な人形の顔。

 蹴飛ばされた人形は背後の壁にぶち当たり、一瞬だけ動きを止めた。俺は睨みつけるような視線で相手の動きを見つめる。この部屋の中では距離が近すぎて、魔法を唱える時間がない。


「おいっ!!せめて隙を作るくらいの働きをしろっ!!」


 俺は人形と睨み合いながら、背後で怯えているクリフを怒鳴りつける。ここからでは顔が見えないが、さきほどの表情を見る限り、半泣きの状態だろう。知るか、と俺は心の中で吐き捨てた。そして同時に、コイツを選んだサーシャに向かって心の中で毒づく。


(見る目、無さすぎなんだよ!あの女!!)

「む、無理ですっ!!だってあれ……人の形してるじゃないですかっ」

「中身は人じゃねぇっつーのっ!!」


 俺が叫ぶと同時に、殺人人形が恐ろしいスピードで近づいてきた。俺は小さく舌打ちをすると、呪文を省略させ、一言だけ言葉を紡ぐ。防御力は落ちるが、一撃を弾き返すくらいのことは出来るはずだ。

 感電したような音が響き渡る。剣の刃を伝った電撃が柄に伝わり、やがてヤツの手に向かう。一瞬にして皮膚が黒い煙をあげた。嫌な臭いが鼻につく。これは……。


「っ!」


 後ろにいたクリフが、声にならない悲鳴をあげた。ちっ、余計なところで恐怖心を煽っちまった。俺は続けて省略した呪文で足元に魔方陣を出現させる。真っ赤な光が床に照らし出され、俺はその中心に手をついた。木の感触が肌から伝わってくる。

 その刹那、ヤツの足元から植物の蔦が現れた。足を絡めとるように踝から膝へと徐々に登っていく。俺はそれを見つめ、後ろで丸くなっていたクリフにもう一度怒鳴りつけた。


「さっさとしろ!!人間の皮を被ってるだけで、中身は機械と変わらねぇんだよ!」

「う……」


 クリフはおずおずと立ち上がり、ゆっくりと俺の隣まで歩いてきた。殺人人形は足を床に縫い付けている蔦を切ろうと悪戦苦闘しているが、どうやら剣も固定され、動けなくなったらしい。無駄な抵抗を繰り返す姿を見つめ、クリフは静かに唾を飲んだ。

 殺人人形はゆっくりと視線を上げ、クリフを睨み付けた。さっきまで俺と戦っていたときはなんの表情も浮かべていなかったのに、今はまるで獣が威嚇するように鋭い視線でクリフを睨んでいる。

 踏み出した右足が再び後ろに下がろうとするのを、俺は許さなかった。


「こっちは依頼料出してんだ、なんならここで契約切ってもいいんだぜ?」

「えっ、あ、そそそそれは……」


 クリフは首を横に振って、再び殺人人形に視線を向けた。ヤツの右手は黒く焦げ、異臭を放っている。これは人間の皮膚が焼ける臭いだ。中身は機械のくせに、体を覆う皮膚だけは人間のものを使っているらしい。

 クリフは再び剣を強く握り締めた。人間じゃない、人間じゃない、と暗示のように唱えながら、剣を構える。俺は盛大にため息をつくと、後ろからその背中を蹴り飛ばした。


「さっさと、しろっ!!」

「わ、うわぁっ!!」


 押し出されたクリフは、目を瞑ったまま無茶苦茶に剣を振るった。人形の肩を切り裂き、腕を裂き、開いた傷口から束になった金属のコードが見える。右へ左へと振るっていたクリフの刃は、運良くヤツの急所である額を一閃させたようだった。

 ヤツの動きが止まった。カクン、と首だけ力が抜けて、呟きが唇から漏れる。


『……状況処理装置、エラー。……左端子損傷ニヨリ、自動回復不可能…… No.18、シャットダウン……』


 棒読みの音声と共に、瞼が閉じられた。体が傾き、壁に背中を預ける形で動きが停止する。肩で息をするクリフと殺人人形を後ろから見つめながら、俺は首を傾げた。


(No.18……?型番か何かか?)


 そういえば今日の昼に襲ってきたヤツはNo.21と言っていた。そう考えるとコイツらは、少なくとも21体以上存在しているのかもしれない。

 嫌な想像に顔を顰めていると、振り返ったクリフが泣きそうな顔で叫んだ。


「ふ、ふ、ふ、フレイさんっ!!なんてことするんですかっ」


 いや、泣きそうというより、もう既に泣いている状態だ。俺は盛大にため息をつく。とりあえずサーシャが生きていたら、コイツとの契約を破棄させた方が良いかもしれない。弱いうえに怖がり、護衛業をやってる人間としては低レベル過ぎる。


「な、なにも後ろから押さなくても……っ!」

「お前がタラタラしてっからだろーがっ!!文句あんのか、ああ!?」


 ドスのきいた声でギッと睨みつけてやると、クリフは蛇に睨まれたカエルのように動けなくなってしまった。ちっ、やりすぎたか。

 クリフが顔を歪めて再び泣き出そうとしたその瞬間、向かいにある部屋から盛大な銃声の音が木霊した。窓ガラスの割れる音、そして廊下にいた『仲間』の気配が一気に向こうの部屋へとなだれ込んでいく。あそこはサーシャの部屋だ。

 俺は再び舌打ちをした。気配はおそらく5体。いくらあの武器があるからといって、一人でどうにかできる数ではない。少なくとも、あの部屋の中では。

 俺は背後で涙を拭っているクリフを怒鳴りつけ、加勢に行こうとした。あの女の加勢は気に入らないが、これも金のためだ。あとで逆恨みでもされて宿代や夕食代を請求されると困る。今の俺は文無しなのだ。


「おい、さっさと……」


 クリフに向かって口を開いたその瞬間、この世のものとは思えないほど盛大な銃声が連続して響いた。一拍空白を置いて、再び轟音が肌を震わせる。クリフが悲鳴をあげて俺の腕にすがり付いてきた。

 俺は呆然として、扉の向こうに視線を向ける。銃声は再び間を置いて響き渡った。クリフが俺のローブを掴みながら、震える声で言う。


「さ、さ、……サーシャ、さん……?」


 暗闇の向こうはまるで暗幕に覆われているようだ。中で何が起こったのかすら、反対側のこの部屋からは見えてこない。俺はゆっくりと歩き出した。クリフがローブを引っ張るが、気にせず廊下に出る。

 人形の気配は感じられない。少なくとも、動いている気配は。俺が部屋の中を覗きこむと、中央に5体の殺人人形が折り重なっていた。そして視線を上げると、窓際から下を見つめているサーシャの姿がある。

 俺が一歩、部屋の中に足を踏み出した瞬間、サーシャの腕が動いた。両腕に握り締めたリボルバーの片方が俺たちに向けられる。瞬時に、引き金に指がかかった。ガチャリ、と背筋を凍らせるような音がする。

 後ろにいたクリフがビクリと、体を震わせた。サーシャの視線が、やっと俺たちの気配に気付いたように、こちらへと向けられる。


「!……お二人でしたか、すみません」


 サーシャはそう言うと、ゆっくりとリボルバーを下ろした。俺は安堵のため息を吐いた。クリフはへなへなと床に座り込む。


「お前な……俺たちを殺す気か?」

「いえ、……つい、反射的に」


 サーシャは苦笑を浮かべ、座り込んでいるクリフに手を貸してやった。クリフはまだ震える足で立ち上がると、床に転がる殺人人形の残骸を見つめる。そのどれにも弾痕と思われる痕があちこちについていた。

 俺もそれを見つめ、サーシャに視線を移す。


「……随分派手に殺ったな」

「人聞きの悪いことを言わないで下さい。そちらも随分と盛大に魔法を使っていたようですが?」


 サーシャは済ました顔でそう言った。俺は顔を顰めて、サーシャを睨み返す。今にも喧嘩を始めそうな雰囲気に、クリフが困惑した表情で俺とサーシャを見比べている。

 しかしそれを中断させたのは、外から聞こえてきた野次馬の声だった。


「なんだ、今の銃声は!?」

「宿屋からだぞ!」


 サーシャは窓から下を見つめ、野次馬が集まってきたのを確認した。そしてベッドの上に置いてあった荷物から数枚の硬貨を取り出し、枕元に置く。


「……宿から出ましょう。このままだと騎士団が出てくる可能性もあります」


 冷えた夜のような碧眼が、俺たちに有無を言わせずにそう言った。俺は最後にもう一度、あの殺人人形の山を見つめ、そして頷いた。









「……あーあ、随分派手にやられたもんだなぁ」


 男は騒ぎの広がり始めた宿の前で、ヒュイ、と口笛を吹いてみせた。宿の中は人の形をした人形の残骸が見つかったせいで、夜中にも関わらず野次馬が集まり始めている。しかし宿の裏手、草地に転がった一体の殺人人形には誰も気づいていなかった。

 男はその人形に歩み寄る。人の形をした人形の額には、まるで静止した状態で撃たれたかのような、見事な銃痕がついていた。男はその体を持ち上げると、無造作に服を脱がし、背中に手を這わせた。


「本物のお嬢さんなら脱がし甲斐があるのにな……よっと」


 人の皮を被った背中を叩くと、長方形の蓋が現れた。男はそれを器用に外し、中のコードを除けて一枚のカードを取り出す。それは七色に輝くカードだった。何度か叩くと、機械音とともに残りの2枚が吐き出される。

 傷が無いかどうか月の光に照らし出して見ていると、背後から小さな影が近づいてきた。


「……おともだちを、叩かないで」

「ん?……ああ、シルヴィか」


 月光のもとに出てきた影は、少女の姿をしていた。まだ15、16くらいの年齢だろう。透き通るような白い肌に左右対称の顔。身長は男の胸の辺りまでしかない。生気のない瞳が、額に穴の開いた人形を見下ろしている。

 男は立ち上がると、シルヴィと呼ばれた少女の頭をぽんぽん、と軽く撫でてやった。


「今回は残念だったな。……でも『おともだち』が欲しけりゃ、また作ってくれるように頼んでやるからさ」


 ニコッと人なつこい笑みで笑い、男は歩き出した。シルヴィはじっと殺人人形を見つめていたが、男が離れていくのに気づいて、後を追って歩き始めた。隣まで追いつくと、シルヴィは生気のない瞳で男を見上げる。


「……やりたいことは終わった?」

「ああ、一応。あとはデータを持ち帰って、中に可愛いお嬢さんがいてくれるのを願うのみ!」


 嬉々とする男に対して、シルヴィは興味のなさそうな表情で再び宿屋を振り返った。路地を曲がると、その建物すら見えなくなっていく。しかし彼女の瞳は、宿のある方向をじっと見つめたまま、動かなかった。

 二人は街の外れまでくると、もう一度後ろの景色を振り返る。男のすぐ後ろにピッタリくっついていたシルヴィが、ふと男から距離をとった。男はシルヴィに視線を向けると、笑いながら言う。


「シルヴィ。もうちょっと下がってくれるか?」

「何メートル?」

「2メートル」


 その声にシルヴィは一言、了解、とだけ返した。その恐ろしく事務的な言葉は、あの殺人人形に酷似している。

 男はそれを確認すると、まるで口笛を吹くかのように口を開いた。すると彼の目の前に、一瞬にして巨大な魔法陣が出現する。紫色の光で出現したそれは、男たちの姿を闇の中にくっきりと浮かびあがらせた。


「余計なものを見た宿の奴らを消しておかないとな……っ!!」


 紫の光の許に照らし出されたのは、栗色の髪をした青年の姿だった。優男のような表情だが、その口元は笑みに歪んでいる。2メートル離れた場所でそれを見つめるシルヴィは、魔法陣の威力によって深緑に近い髪を揺らしていた。胸元まである長い髪が、風によって後ろへと流される。

 巨大な魔法陣から、灰色の姿をした女の顔が浮かび上がった。しかし、人の形をしているのは顔だけで、首が異様に長い。手は鳥の翼のようになっていて、足は蛇のようにうねりながら這い出てきた。憂いの表情を浮かべた女は、一度だけ、自分を喚び出した男に視線を向け、そして再び街に視線を戻す。

 男は言った。


「おいで、フィオ。……君の出番だ」









 太陽が上がり始めた頃、俺たちは街から北東に伸びる街道にいた。まだここはグロックワース領だが、おそらくあの宿屋の一件はこの辺りまでは伝わっていないだろう。時折すれ違う旅人や商人の姿を見つめながら、俺はそう思った。隣を歩くクリフはいつものように愛用の剣を抱きかかえながら、不安そうな瞳をサーシャに向けた。おそらくサーシャが何者か、考えているのだろう。いくら過去の……それも強力な武器を持っているとはいえ、あの女の戦闘能力は桁外れだ。疑いたくなる気持ちには共感できる。


「あの、サーシャさん……」


 クリフの声に、サーシャは歩く速度を緩めた。3人が並ぶ形になり、クリフはサーシャの表情を覗き込む。


「……昨日の『アレ』は、一体なんなんでしょう」


 サーシャはクリフの言葉に、何かを考えるようにして視線を落とした。そして静かに言う。


「殺人人形……遠い昔、トゥアス帝国が持っていたとされる軍事兵器です。人間でないことはクリフさんもお分かりになったでしょう。……それ以上のことは私にも分かりません。ただ、あれが動き回っているということは……」


 サーシャの碧眼が、反対側にいた俺に向けられる。その瞳はまるでよく研いだ刃物のように鋭く、それだけを見れば兵士や殺し屋とさほど変わりがないように見えた。どんな屈強の男達よりも、鋭く強い視線。

 俺は一瞬だけ、コイツのこの目に寒気を覚えた。自分より頭一つ分小さい、この女に対して。


「『過去の予言書』を使って、誰かが彼らを作った可能性があります」


 淡々と、サーシャは言った。しかしその声の裏には、何か強い感情が秘められているような、そんな気配が含まれていた。

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