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過去の予言書  作者: 由城 要
第3部 One Road Story
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第2章 4


 二人の気配はない。真っすぐに続く通路には終わりが見えなかった。かすかに聞こえてくるのは水音のみ。向こうにまた川が通っているのだろう。私は真っすぐに進んでいく。

 やがて通路の終わりに階段があった。これが二人の言っていた合流地点ではないと理解していたが、私は興味と好奇心で階段を下った。





  - たくらみ -





「ここは……」


 階段を下った先には、先ほどの部屋と同じような正方形の部屋があった。しかし先ほどと違うのは、部屋の奥の壁から水が湧き出ていて、それが水路を伝って壁際から外へと吐き出されていたことだった。朝に見たあのわき水から考えるに、この地下道は水脈の枯れた部分を利用して造られているのかもしれない。


「水は汚れを払うとも言いますし……ナラカの接触点としては絶好の場所、ですか……」


 部屋はとても豪華な造りをしていた。水路だけではなく、壁にはびっしりと古い文字や伝説の野獣の絵が彫り込まれている。


「……精霊も趣味は人間と似通っているということですか……」


 私は階段を下りて、水が噴き出す場所へと歩み寄る。何段かに分かれて水が下へと流れ落ち、段の中央には大きな水瓶が置かれていた。私はその前に立って上を見上げる。

 水瓶の置かれた後ろの壁には、二人の人間のような絵が書かれていた。片方はいかにも健康そうで屈強な男、そしてもう1人はしなやかな体が美しい女……何処かで見たことがある気がする。ふと私は記憶の糸をたぐり寄せる。たしか……そう、コロッセオでアイルークさんが使役していたあのフィオとかいう蛉人によく似ている。


「となるとこれは蛉人の絵……」


 フレイさん曰くあの蛉人は精霊の中でもナンバー2の強さを持つのだという。人間で言えばいわば王妃という位らしい。そして最高位に君臨するのは、ファーレン様が喚び出し使役したという蛉人。名前までははっきり覚えていないが、あのフィオが王妃ならばこちらが王というところなのだろう。


「……」


 ふと私の脳裏に、フレイさんが喚び出したあの蛉人の姿が思い浮かぶ。彼は蛉人の中でどんな位置にいる者なのか……辺りを見回した私は、何かが水瓶の中で光ったのを見た。


「これは……?」


 それはまるで闇夜へと誘う蛍のように仄かな光。









「っ……サーシャはっ!?」


 割れた硝子の隙間から下へと下りた俺は、通路を見回してそう言った。クリフもすぐに上から飛び降りてくる。


「サーシャさんっ」


 辺りを見てもサーシャの姿はない。戻った可能性は低いだろう……そうなると、向かった方向は奥。俺とクリフは駆け出した。二人分の足音が響く。しかしそれは地面に吸収されているのか、足音も、サーシャを呼ぶ声も遠くまでは届いていないようだった。

 クリフは俺の後ろを走りながら言う。


「で、でもっ……ど、どうして……サーシャさんの通路が下にっ?」

「地面の傾斜だ……俺たちの通路は上り坂になってやがった。こっちは下り坂になってるらしい」


 なだらかな傾斜は歩くだけでは分からない。それでも長く続けば続くほどに、それは大きな誤差を生んでいく。いかにも繋がっているように見せかけて、実は1つだけ別なルートになっているという罠。いや、それくらいなら罠と呼べない。気付いた俺たちが戻ってサーシャの入った通路を通ればいいだけのこと。

 なら、これは。


「時間稼ぎ……?」


 一体誰が。何のために。

 一瞬ジジイの顔が思い浮かんだ。いや、んなわけねぇよな。だいたい理由が分からない。預言書はエレンシアに持っていかれた。預言書を入れた箱は屋敷の中にあったんだ。じゃあ、何だ。何なんだ……。


「……!階段!」


 やがて俺たちの前に階段が現れた。駆け下りた俺とクリフは、巨大な部屋の中央で何かに手を伸ばそうとしているサーシャを見つける。サーシャの指先にあるのは大きな水瓶、そして……。


「止めろっ、サーシャ!!」


 サーシャの伸ばした両手が水瓶の水面を揺らす。その瞬間、水路の中から何かが飛び出した。それはサーシャの体を鞭のように弾き、その手足に絡み付く。


「っ!?」


 蔦だ。それに気付いたサーシャは咄嗟に力を込めてそれを振りほどこうとした。しかし巻き付いた蔦は腕に食い込み、サーシャの力などもろともしない。

 咄嗟にクリフが階段を駆け下りる。


「サーシャさんっ!!」


 レイテルパラッシュを抜いたクリフが巻き付いた蔦を切ろうと駆寄る。しかし蔦はサーシャに近寄らせないように、無数の蔦を生やしてクリフを弾き飛ばした。俺たちは再び階段の前へと追いやられる形になる。俺は奥歯を噛んだ。この気配……!

 サーシャは抵抗を止めると、射殺すような視線で隣を睨んだ。するとそこから1人の蛉人が姿を現す。あれは……ヴァルナ。イデア・トゥルーン・レ・ヴァルナ。ネオ・オリで俺が呼び出した、あの蛉人。


「ヴァルナ!テメェいったいなんのつもりだっ!!」

『……魔術師は契約者以外、蛉人の名前を口にしてはいけない。もう忘れたのか餓鬼よ』


 ヴァルナはそう言ってサーシャへと視線を向ける。危険を察知したサーシャは臆することなく相手を睨みつけた。それだけで人を殺せそうな、冷たく鋭い眼差し。


「また貴方ですか……今度は何を?私はあまりおふざけに付き合っていられるほど寛容な人間ではありませんが」

『フッ……トゥアスの血族はまともなものがおらぬな。獣よりもタチの悪い、冷酷な眼だ。まさかお前が掛かるとはな……』


 ヴァルナはそう言うと、俺たちに視線を戻した。そしていつも感情を見せない顔に薄ら笑いを浮かべて言う。


『餓鬼……ファーレンの孫よ。この女、我の力を使えば一瞬で殺すことが出来る。たとえトゥアスの子孫であれ、首を飛ばせばそこで命が終わる。……だがそれではつまらぬ』


 ヴァルナが右手を上げると、まるでそれに答えるかのように地面が揺れ始めた。そして次の刹那、中央奥の水が流れ出ている部分が決壊し、水路が処理出来ないほどの水が流れ込んでくる。足下を覆い始める水の流れに、俺たちは眼を疑った。サーシャは舌打ち1つしてヴァルナを睨む。


『遊戯に興じようではないか、ファーレンの血を受け継ぎし者よ。水流がこの女を殺すまでに、この呪いを解く方法を探すがいい。鍵は屋敷の中にある』

「なっ……!」


 俺は咄嗟に構えた。しかしヴァルナは嘲笑の笑みを浮かべたままこっちを見る。水は床全体を覆い始めていた。


『この呪いは我のものではないからな……我を此処で殺しても止まることはない』

「サーシャさんっ」


 クリフの言葉にも、サーシャは動じなかった。ただヴァルナを睨みつけている。怒りは顔に出ていないが、おそらく気分は最悪といったところだろう。あいつは自分の力でどうにかならないものが嫌いだ。嫌いというより憎いと言った方がいいだろう。

 俺は舌打ち1つしてサーシャに視線を向けた。


「サーシャ。すぐ戻ってくる……必ずっ」

「……」


 サーシャは答えの代わりに大きくため息をつく。俺はそれを確認してヴァルナを一瞥すると、クリフを引きずるようにしてもと来た通路を駈け戻り始めた。

 くそっ……、くそっ!

 水の音を背に駈け戻る通路は、心無しか来たときより遠いように思えた。


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