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過去の予言書  作者: 由城 要
第3部 One Road Story
47/112

第2章 3


 良いか、アイルークは特別なのだ。お前達は間違っても儀式を行ってはいかん。大丈夫、お前達も大きくなれば精霊を召喚することも出来るであろう。だから他の者達は決して、真似をして召喚の儀式を行ってはいけない。

 分かったか?





  - 暗黒の迷宮 -





「有能って……どうゆうこと?」


 私は葡萄ジュースを飲み干すと、カウンタ―の向こうでカクテルを作るおじさんに聞き返した。おじさんは口端を片方だけあげて苦笑すると、店員にグラスを渡して、もう一度私に視線を向ける。


「あんまりこんなこと嬢ちゃんに話すのはあれだがね……奴は主人によく従ったんだ。金が納められないやつは次の月まで待つ代わりに、利子を引き上げる。それでも払えない奴はちょっと裏の世界へご招待、さ」


 嬢ちゃんならなんとなく分かるだろう、そう言われて私は随分前にお母さんが言っていたことを思い出した。世界にはお金に困った人や、貧乏でどうしようもない人を高額で買い取る場所がある。メーリング家の農園みたいに死ぬまで働かせ続けたり、エレンシアのように殺し合いをさせて賭博をしたり……。そんな場所が、この世界には沢山あるんだって。

 そしてそこへ売られた人たちはボロ雑巾のように使い捨てられて、屍の山をつくる……。


「あの辺りの土地の人間は3、4年で半数が知らない顔に変わった。もちろん、代わった奴らがどうなったのかなんて、俺たちにゃ見当もつかない」

「う……」


 飲むかい、とおじさんに葡萄ジュースの瓶を差し出されたけど、私は顔を顰めて首を横に振った。そんな話を聞かされちゃうと食欲も失せちゃうよ……。

 そのアイルークって人は、あの『魔術師サマ』の従兄弟で、同じあのファーレン様の孫で……それでいて誰よりも優秀だった人。でも魔術師で優秀っていうのは、良い面も悪い面もそのままってことなのかな。まだ調べ始めて日が浅いからなんとも言えないけど、そんな人が優秀って言われるのは、なんだか違う気がする。

 小さい子は、自分より出来る子がいると無意識に嫉妬する。それで喧嘩したり、徒党を組んでいじめたりする。でも根が良い子ならいつかはきっと認めてもらえるものだと私は思ってるんだ。家でカレンやダン達の面倒を見てると、なんとなくそう思うから。

 でもマイナス面が多い子ほど、苛め続けられたりする。それは本当に些細な理由だったりするんだけど……。マイナスから見てる人間は、悪い所が更に悪く見えてしまうもの。だったら、このアイルークって人も最初からこんなに性格が悪かったわけじゃないんじゃないかな。そうじゃなければ、誰も嫌いな人を『天才』なんて呼ばないもん。


「その人、このお店に来たことないの?」


 私はカウンタ―に齧りついておじさんに言う。おじさんは髭を触りながら天井に視線を向けた。


「ん?ああ……そういえば一度だけあったな。まだボードワール家に来たばかりの頃だ……」


 そう言っておじさんは、古い記憶を手繰り寄せるように、1つ1つを思い出しながら説明してくれた。









 あれは小雨の降る夜だった。天気のせいか客足が伸びず暇をしていたとき、がやがやと団体の客が入って来た。すぐに分かったよ。ありゃボードワール家に勤める奴らだってな。魔術師連中が鼻を高くして入ってきたのを見て、それまで飲んでいた奴らは勘定を払ってそそくさと帰っていったり、急に酒が不味くなったような顔をして困っていた。

 当主は居なかったが、店に入ってきたのは魔術師から下働きまで、16、7人ってところかな。奴は一番後ろで、最後に店の中に入ってきた。やつは栗色の髪を肩の辺りまで伸ばしていて、最初は顔がよく見えなかったな。酒の席でも何も言わず、他の魔術師連中がこぞって酒を勧めるのを首を横に振って断っていた。


『……まだ、子供なので』


 酒を持っていった俺はたまたまその声を聴いた。はっきりとはしなかったが、15のガキにしちゃ可愛げの無い、感情も起伏もないしけた返答だった。


『ははっ。またまた、厳しいのはファーレン様の教育ですかな?』


 同じ魔術師らしいローブを着た男がそう言っても、奴は


『別に……』


 と言ってそれ以上を語らなかった。周りの奴らは肩を竦めて苦笑すると、奴のことは放って自分たちで騒ぎ始める。奴はしばらくその場で軽い食事をとって、そして騒ぎが終盤に差し掛かって来た頃に椅子から立ち上がった。

 外は雨が本降りに代わって、車軸を流すような大雨と、何処か遠くで響く雷鳴の音が轟いていた。


『おや、アイルーク様。お帰りですか?』

『……ええ、先に屋敷の方へ戻ります』

『しかし外は雨ですよ』

『構いません』


 奴はさっさと立ち上がると、仲間のいるテーブルから離れていった。カウンタ―の前を……そうそう、丁度この辺りを通っていったんだ。あの頃はまだチビで、背も嬢ちゃんよりちょっと高いくらいだったかな。まあ、テーブルにいた仲間も奴が帰ることを知って、ほくそ笑んでいるようにも見えたがな……。

 扉を開けると、雨音がいっそう激しく木霊してきた。うちの店員が止めようとしたが、奴は雨も気にせずに街の中へと消えていった。あとで来た客によると、雨宿りもせずにボードワール家の方へ向かうガキを見た、と……。

 街の人間も、同じボードワール家に仕える仲間達も、奴のことは誰も好いちゃいなかった。唯一奴を手なづけていたのは当主一人だったからな。……ん?じゃあなんで当主を殺したんだって?……残念ながらそれは俺には分かりかねるな。

 当時あの騒ぎは街中を駆抜けた。色んな奴が色んな推測を立てたもんさ。奴は気が狂ったんだとか、当主からも見放されて自暴自棄になったんじゃないか、とかな。本当のところは本人しか知らないだろう。ただ1つ言えることは……そうだな。

 奴が主人を殺す直前、見慣れない男が此処の街を訪れた。切れ長に、身なりの良い金髪の男だったって話だ。ウチの店じゃないが、ここら辺の店の何軒かに奴の居場所を聞いて回ってたらしい。……どうした?嬢ちゃん。顔色が悪いように見えるが。なんでもない?ああ、ならいいが……。


『……アイルーク・ハルトという男を捜しているんだが、彼の居場所を知っているか』


 その男は宿の女主人にそう問いかけた。この店の真向かいにあるあの宿さ。未亡人の女主人が1人で切り盛りしてるんだが、噂でその男のことを知ってた彼女はこう助言をしたらしい。


『あんたかい?あの男を捜してるってのは……。こう言うのはなんだがね、近づかない方が身のためだよ。奴はボードワール家に仕える魔術師だからね』


 当時は奴がいるせいかボードワール家の権力が更に増していた頃だった。誰もその言葉を口にしないようにしていたから、彼女も適当にあしらおうとしたが、男が随分しつこく聴いてくるからついこう言っちまったんだ。


『そんなこと言われてもねぇ……そんなに会いたければ南街の外れにある、門の前に大きなトネリコの木が植えてある家の前で待つと良いさ。……今日はそこの人間が連れていかれる日だからね』


 それで、その男はそこへ行ったのかって?……さぁ、どうだろうな。その男のことはそれ以来噂にならなかった。まあ、あのファーレン様の孫みたさでここに来る人間もいないわけではなかったし、珍しい話じゃなかったからな。

 俺が知ってるのはこれくらいのもんさ。……葡萄ジュース、おかわりするかい?嬢ちゃん。









「……扉が、3つありますね」


 扉の向こうは正方形に近い形のデカイ部屋だった。四方を4つの支柱が囲み、前後左右に扉がある。サーシャは3つと言ったが、俺たちが入ってきた扉も含めれば4つだ。

 サーシャは真っすぐ前方の扉を確認し、クリフは右方向の扉に手をかける。


「……真っすぐに繋がっていますね」

「あ、こっちも通路みたいになってます」


 どうやら扉の向こうは更に奥に続く通路になっているらしい。この分だと左方向も同じようになっているんだろう。俺は頭をかきながら左の扉を開ける。確認してみると、こっちも同じように通路が先へと繋がっていた。妙な作りだ。全く同じ方向に続くのならば、サーシャのいる扉だけでいいんじゃねぇのか?

 クリフは通路の向こうに目を凝らして言う。


「んー……あ、これもしかしたらサーシャさんのところに繋がってるかもしれないです。左に曲がるようになってる」

「あ?……そういやこっちも右に曲がれるようになってるな」


 クリフの言った通り、通路は繋がっているように見えた。クリフの声が通路から反響して聞こえてくる。それにしてもなんつー造りをしてるんだ此処は。迷路じゃねぇんだから。

 サーシャは俺とクリフに視線を向ける。


「面白そうですね……では分かれて進んでみましょうか」

「ええっ!!」


 クリフの顔色がさっと青くなる。1人で歩き回るのが怖くなったんだろう、咄嗟に抗議を口にしようとするが、サーシャが先手を打つ方が先だった。


「すぐそこですから」

「う……」


 よろしいですか、とサーシャは俺に視線を向ける。俺が頷くと、サーシャはさっさと奥の扉へと入っていった。俺は半泣き状態のクリフを無視して扉の中へ入る。向こうからも扉が閉まる音が聞こえてきた。おそらくクリフも観念したんだろう。

 通路はとてつもなく長い箱の中を連想させた。此処には支柱も何もなく、壁には燃え尽きることのない炎が足下を照らしている。これもナラカに漂う魔力を利用してるのか……?

 通路には足音と、1人ぶつぶつ呟くクリフの声が響いていた。あいつの独り言でけぇな……それともこの通路自体が響きやすく造られているのか?


「ううっ……サーシャさぁん、フレイさぁん……」

「お前はガキか!」


 この分だと合流した時点で抱きつかれそうだ。あいつちゃんと周り見て歩いてんのか?

 合流地点は思ったよりも遠かった。それでも近づくにつれてこっちの足音もはっきりと響いてくるようになってきたらしく、クリフも徐々に慣れてきたようだ。あっちの方が俺より早いのか、曲がり角から声が聞こえてくる。


「あ、着きましたよ二人とも……って、ああーっ!!」


 耳を劈くような叫び声に、俺は拳を作って曲がり角を曲がる。前々から我慢していたが……こいつ、一発殴って根性叩き直してやる。いちいち叫ぶんじゃ……。

 ない、と怒鳴ってやろうとした時。俺は合流地点に座り込んで呆然としてるクリフの姿を見た。その指先が真っすぐに中央の壁へと向けられている。壁……かべ!?


「なっ……!?どうゆうことだ、サーシャはっ!?」

「そ、それが僕にも……!」


 どうゆうことだ。3つの通路は全て繋がっているはずだった。合流地点がどうしてサーシャの部分だけ塞がってやがるんだ!?クリフは壁に手をついて軽く叩く。しかし伝わってくるのは厚い壁の感触のみ。俺は俺とクリフが来た通路を確認するが、サーシャの姿はない。


「もしかしたらさっきの部屋に戻ってるかも……っ!」

「ちょっ……待て!」


 駆け出そうとするクリフの襟を俺は掴んだ。この通路に入る直前、俺とクリフは両端の通路が繋がっていることを確認した。その時にこの通路が塞がっていたのなら、サーシャはそこで気付くはずだ。ちょっとしたことにも人を使うサーシャが、労力を使ってまで塞がった通路を確認しに行くわけがない。

 俺は辺りを見回す。すると俺たちのいる中央の石畳が軽く浮き上がっていた。俺はそれを掴んで外し始める。焦っていたクリフも冷静になったのか、俺を手伝って石畳を外し始めた。

 石畳の下は土が敷いてあった。俺はそれを払う。するとそこにあったのは……一枚の硝子。クリフがハッと声を上げる。


「フレイさん!サーシャさんが下に……」

「!?」


 硝子の下には別な通路が通っていた。サーシャの姿が俺たちのいる場所の下を通っていく。合流地点に着かないことが気にかかるのか、時折辺りを見回しては顔を顰め、奥へと進んでいく。


「サーシャさんっ」


 クリフが硝子を叩く。薄い硝子はクリフの手で微かに揺れるものの、サーシャは気付かない。チッ、魔力が掛かってやがんのか。この通路の反響具合を見る限り、こちらに反響して下は防音になっているとしか思えない。

 俺はクリフを下がらせ、親指に歯をたてて滲んだ血を硝子に押しつけた。描かれた魔法陣は、物質に影響を与える力。はっきり言ってこうゆう繊細な魔術は最も苦手だ。


「クリフ、叩き割るぞ!」

「えっ!?で、でも……」

「俺が硝子の強度を弱らせる。お前はそれを割れっ」


 通路を一度戻ってサーシャの入った扉から追いかける方法もなくはない。とはいえ、そこまで戻っているうちにサーシャは先に進んでいくはずだ。

 クリフはいつものように嫌がったりはしなかった。しっかりと頷いて、剣の鞘の方を掴むと柄を下へ向ける。やけに聞き分けが良いのは相手が殺人人形じゃないからか、それとも緊急事態だからか。

 陣を書き終えて指先に力を込める。微かな光の粒子が集まり始め、硝子の表面が波うち始める。俺がクリフに合図を送ると、クリフはレイテルパラッシュの柄を硝子へと打ちつけた。


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