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過去の予言書  作者: 由城 要
第3部 One Road Story
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第1章 4


 奴がこの街に来たのは3年前、あのファーレン様の孫で、天才とか呼ばれてた餓鬼だったから、よく話のたねになったもんさ……。

 カウンタ―に肩肘をついたおじさんは、そう言って1つ1つを思い出すように話し始めた。





  - 哀しき少年の影 -





 奴が『お勤め』した家は、ここらじゃ古くから続く旧家だった。地主って分かるかい?ここから少し南に行ったところに広い土地を持つ家さ。他からの国や街から流れてきた奴らに土地を貸して、それでちょっとした儲けを得ていた。名前は、ボードワール家。この国じゃあ、ちったあ名の通った家柄さ。……勿論、良くはない意味でな。

 ボードワール家は性根腐ったような奴が多かった。血筋なんだかなんなんだか知らねぇが、当主をはじめとして、血族も、部下も、みんな金の亡者さ。だから他の国から流れてきて土地を借りてしまった奴は、毎日のように金に困っていた。田畑をやるにしても、商売をやるにしても、毎月ボードワール家に納める金が馬鹿高い。すかんぴんってやつだ。

 ん?なんだ、嬢ちゃん。顔顰めて。……ああ、なんで先にそれを調べておかないんだって?そこが奴らの上手いところさ。最初は甘い条件を出してよそ者を呼び寄せ、徐々に首を絞めていく。もちろん俺たちのような街の人間が忠告をすることもあったが、当時のボードワール家は全盛期。何処の店にも金を貸してやっていたし、俺たちも自分の仕事で精一杯、よそから来た奴に忠告するだけの余裕がなかった。つまりは……そうゆうことさ。

 まあ、話を戻そう。大人には大人なりの残酷さと事情があるってことさ。……まあ、とにかくそんな性悪金持ちの家に勤めることになった天才魔術師様。嬢ちゃんなら可哀想だと思うかい?……ああ、もちろん最初は賛否両論だった。天才なんてロクな奴はいないって言う奴、そして嬢ちゃんみたいに可哀想だと思う奴……だが奴が来て一ヶ月で、天秤は片方に傾いた。

 どうゆうことかって?……奴は『天才』という言葉に相応しい、実に『有能』な人間だったってことさ。









 朝の光が窓から差し込んでくる。私はゆっくりと体を起こし、カーテンを開いた。朝靄のかかった閑散とした村の風景が、私の頭を覚醒させていく。此処は魔術師の里、アンブロシア。

 少し深く眠りすぎてしまった。私はそう思いながら、枕元に置いていたクロノスに手を伸ばす。ヒュペリオンは常時身に付けているが、やはり警戒を失っては武器を持っていても意味がない。私は小さくため息を吐き、そしてじっと自分の手の中にあるリボルバーを見つめる。

 平和過ぎることはいけないことだ。感覚が知らず知らずのうちに麻痺してしまう。それは何かが起った時に悔いても、もう遅い。そう……始まってしまってからでは、後の祭り。

 私は着替えを済ますと、眠気覚ましに外へ出た。入り口の鍵は掛かっていない。もしかするとファリーナさんか誰かが、既に起きているのかもしれない。


「……ふう……」


 玄関を出ると、私は丁度道を挟んで反対側にある一本木の前まで来た。そして改めて辺りを見回す。平野の小さな窪地に作られた村はとても長閑な雰囲気を醸し出していた。雑然とした街や都とは違う、まるで時間の流れがゆったりとしているような、そんな感覚。

 私は木の幹に背中を預けると、深く息を吸い込む。済んだ空気は、肺の中に淀んだものを押し出していく。

 ふと頭上に視線を向けると、そこには鳥の巣が出来ていた。子供達に荒らされない高い場所から、茶色の翼をした鳥がこちらを窺っている。卵でもあるのか、それとも雛がいるのか。警戒の視線でこちらを見つめるその視線。


「……あら、サーシャさんね」


 ふと、聞こえてきた声に私は視線を移した。見ると、道の向こう側からエメリナさんがゆっくりと歩いてくる。盲目とは思えないほどの正確な足取りは、やはり魔術師ゆえといったところだろうか。

 私は木から背を離し、エメリナさんに頭を下げた。


「おはようございます」

「おはようございます。……あら、そこにいるとビルギットの標的になるわ」


 目を細めて微笑むエメリナさんに、私は再び上を見上げる。早く立ち去れと言わんばかりの鳴き声をあげる鳥に、私はゆっくりとその場を離れた。

 エメリナさんは私の隣で木を見上げる。


「子供達があの鳥のことを『ビルギット』って呼ぶのよ。ファーレン様が昔、子供達に話してくれた物語の中の登場人物」


 とっても意地悪なお婆さんなの、とエメリナさんは言った。私は泣き止んだ鳥の巣の辺りから、茶色の羽毛が3つほど忙しなく動き回っているのを見る。やはり雛がいたのだろう。どれも母親の傍に寄り添って、時折一匹が大口を開けて餌をねだっている。


「……」

「……」


 私達はしばらくそうやって、無言のまま鳥の巣を見つめていた。エメリナさんはそちらに顔を向けながら、目を開かずにただ微笑んでいる。

 涼しい風が通り抜ける。顔をあげるといつの間にか朝靄が晴れ、空は済んだ水色へと変化していた。ふと私は視線を感じ、隣に立つエメリナさんに視線を向ける。彼女は目を瞑ったままこちらに顔を向けている。

 彼女は私を見て微笑んだ。


「サーシャさんは、魔術師……いえ、魔術の類いはお嫌いかしら?」

「……そうですね」


 私はさほど驚かなかった。私の居場所、行動、すべてが分かっているのならば、こちらの顔色が気付かれることもあるだろう。私は頷く。


「私は剣術も体術も、身を守るために必要なものは全て学びましたが……魔術に関しては才能がないので」


 出来ないものが嫌いになるのは人間として当然のことではないかと思う。下手の横好きという言葉も存在するが、それはある程度出来てこその話。かぎりなく0に近い成功率を好むものは、宗教者か道化くらいのものだろう。

 ふふ、とエメリナさんは笑う。


「……正直な人ね」

「そうですか?」


 私の問いにエメリナさんは頷いた。そして草原の広がるなだらかな斜面に盲目の瞳を向けて、柔らかな口調で語る。


「最初に『見た』ときは、貴女の心の『色』が分からなかったけれど……一日過ごして、少しずつ見えてきたような気がするわ」

「……『色』?」

「そう、『色』……」


 地上から離れた太陽は雲間を過ぎてやがて空へとのぼってゆく。その変化は微細なものだが、半日が過ぎれば太陽は私の背中を照らすようになるのだろう。世界は闇色に変わり、そしてまた朝がやってくる。その単調な時間が、この村ではゆっくりと過ぎていく。

 エメリナさんはフレイさんによく似た口元で、彼とは全く違う微笑みを浮かべた。


「人の心には『色』がある。喜び、悲しみ、憎しみ……でもそれは複雑に混じり合っていて、同一のものは1つもないの。例えば……あの剣士の方のように」


 エメリナさんは自分の屋敷に視線を移す。私もまた、それに釣られて屋敷を見た。1階の窓の前をファリーナさんが横切っていく。


「……クリフさんのことですか?」

「ええ……。彼の心は『優しさ』と『臆病』で混じり合っているようにも見えるけれど、そうじゃない。『罪の意識』と『後悔』、『憧れ』、『取り戻したいと思う何か』……」


 少し憶測が過ぎたかしら、とエメリナさんは振り返る。私はその見えない瞳をじっと見つめた。あの一本木からは雛が母鳥に餌をねだる賑やかな声が聞こえてくる。

 私はエメリナさんに問いかけた。


「なら、私は……。私はどのように見えますか?」


 心の『色』。自分の心に対して興味を抱いたわけではなかったが……あえて言うのならば、私は人の心を見えることが出来るという力に興味を持ったのだろう。しかしその心さえも見抜いたのか、彼女は苦笑を浮かべていた。まるで小さな子供を宥めるように。


「……そうね……。貴女の心はフレイやクリフさんのように読み取ることは難しいわ。『憎しみ』と『警戒心』、『罪悪感』、そして……『嘘』。……いえ、でもそれだけじゃないわ」

「……?」


 風が丘からこの窪地へと通り過ぎていく。波のように一直線に揺れる草原。朝の香りをもたらす、青空と太陽。ジリジリと照りつけるような日差しが今日も私達を照らすのだろう。

 エメリナさんは私の顔を見つめて呟いた。


「貴女は、貴女すら知らないずっと奥深いところで望んでいるものがある。でも、それを知るのは今じゃないのね……」


 少し昔話をしましょうか。そう言ってエメリナさんは話を変えて歩き出した。木から少し歩いたところにある小さな泉に向かって歩きながら、彼女はぽつりぽつりと話し始める。

 昔々、あるところに……と、まるでおとぎ話のように始まった話に、私はその背中を追いながら、耳を傾けた。澄んだ風が村を駆抜けていく。


「あるところに、とても母親思いの少年が1人。心優しくて勉強熱心な男の子で、彼は、天才と呼ばれた彼のお爺さんが大好きだった……」


 泉はさほど深くはなく、子供達でも安心して水遊びが出来るくらいの深さだった。澄んだ水面を覗き込むと、驚いた小魚の群れがパッとその影を散らす。じっと水中をみつめると、水が噴き出している場所がいくつか見つかった。おそらく湧き水なのだろう。


「……少年はお爺さんに好かれたくて、沢山勉強をしたわ。最初は純粋な気持ちからお爺さんに好かれようとしていたけれど、時間が経つにつれて、それは母親の為に変わっていった」

「……それはフレイさんのことですか?」


 私の問いにエメリナさんは微笑む。彼女は何も言わずに笑うと、続きを話し始めた。


「やがて『お爺さんに好かれること』は少年の『全て』へと変わっていった……だから必死になったの。純粋な気持ちは建前へと変化し、心の奥底では全く別な本音を持つようになった」


 水面に私達の姿が映っている。エメリナさんは水の流れを確かめるように右手を浸すと、小さな小石を1つ、手に取った。水気を払い、彼女は私を見つめる。

 風が、ただ静かに通り過ぎていく。


「そして仲の良かった友人とも不仲になって……でもそんな矢先に、お爺さんは突然亡くなってしまった。少年は呆然とするしかなかったわ。『全て』だったものが、急にこの世から姿を消してしまったのだから……」


 彼女が放った小石は泉の中央に波紋をつくり、やがてそれはゆっくりと普段の流れへと変化していった。










 今日の屋敷荒らし……じゃなかった、屋敷の中の捜索は、僕の意見で朝食後すぐに行われることになった。暗いとどんな危険があるか分からない、っていうサーシャさんの言葉もあったおかげだけど……とりあえず僕としては一安心。

 でも、ことはそんなに上手くは運ばなかった。


「フレイさん。ファーレン様の部屋を見てみたいのですが……場所はどこですか?」

「あ?……ジジイの部屋なら、そこの廊下の奥だ」


 ファーレン様の屋敷の書庫。サーシャさんが前日蹴り飛ばした入り口の前に僕らはいた。サーシャさんは窓から光の射す廊下の奥をじっと見つめ、そしてフレイさんに視線を向ける。

 サーシャさんは右手を差し出して言った。


「……少し調べて来ます。鍵を」

「え?し、調べるって……ファーレン様の部屋を、ですか?」


 僕は慌てて廊下に視線を向けた。僕らの声を除けば、シンと静まり返った屋敷の中。明るいところでも、やっぱり何か出て来そうでちょっと怖い。その……ゆ、幽霊、とか……。

 でもサーシャさんは気にする様子もなく頷く。


「はい。お二人は昨日に引き続き、仕掛けの解除をお願いします。……今日中に」

「ああ……って、今日中かよ!!」

「ええ。そんなに難しい仕掛けではないはずですから、全部の引き出しを押してみれば分かるでしょう」


 それではよろしく、とサーシャさんは鍵を片手に部屋の奥へと歩き出した。僕は呆然として、フレイさんはサーシャさんが見えなくなったのを確認して一言、『面倒なこと押しつけやがったな……』と呟いた。

 そんなこんなで、今僕はフレイさんと一緒に仕掛けの解除をしている。下から上に奇数列を僕、偶数列をフレイさんが順に押して確認するっていう、とっても地道な作業だ。


「サーシャのやつ、なんで面倒なことばっか俺たちに押しつけるんだよっ」


 作業中もフレイさんの文句は尽きることがなかった。よく話題を変えずに言い続けられるなぁと思うくらい、ペラペラとサーシャさんに対する不満が出てくる。


「ま、まあまあ……ほ、ほら!あれじゃないですか?高いところのはサーシャさんじゃ届かないし……」


 思えば昨日、この仕掛けに気付いたときにサーシャさんがわざわざフレイさんを呼んだのは、自分じゃあの引き出しに手が届かないと思ったからなんだと思う。そう考えると、ちょっと頼ってくれるようになったのかなぁ、なんて嬉しく思ってしまったりするんだ。

 その考えを伝えると、フレイさんは眉間に皺を寄せて僕を睨んだ。


「お前……あの引き出し、俺でもギリギリだったんだぞっ。それに椅子でもなんでも持ってくりゃいい話じゃねぇか!」

「た、確かに……」


 僕は手を止めてそう呟いた。フレイさんはまたブツブツ言いながら作業に戻る。僕はまたしゅんとしながら引き出しを確認する作業に移る。

 単調な作業を続けていた僕は、僕の身長より少し高いところの引き出しを押していたときにふと違和感を感じた。今まで何個か仕掛けらしいものを見つけたけど、これはなんだか感触が違う。不思議に思って引き出しを開けると、その側面に一枚の紙が挟まっていた。


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