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過去の予言書  作者: 由城 要
第3部 One Road Story
43/112

第1章 3


 誰もいない屋敷を少年は一人見つめていました。まるで何処かの貴族の家のように大きな大きなお爺さんの家。子供達の憧れ、そして自分の憧れであるお爺さんは、しかし、いつの間にか何処かへ逝ってしまったのです。

 残されたのは大きな家と、そして……。





  - 封印された書庫 -





「……さあ、行きましょうか」


 そう言って書庫へと歩き出したサーシャの背中を、俺とクリフはただ呆然と見ているしかなかった。あの女、たしかに治癒能力も体力も脚力もバケモンだと思ってはいたが……かんぬきで封じられた扉を吹っ飛ばすとは、バケモンより凶悪だな。

 それでも以前より随分慣れてきた俺たちは、我に返るのも早かった。


「さ、サーシャさん……ま、ままま待ってくださいぃ」


 サーシャの姿が闇の中に消えていくのを見て、クリフが慌ててそれを追う。俺もその後をついて歩きながら辺りを見回した。

 この家の書庫は特殊な造りになっていて、円柱の部屋の壁にずらりと文献が並んでいる。ハシゴを使って上に登れば2階を行き来することも出来る。出入り口はさっきサーシャが蹴破った場所だけで、窓は天井に申し訳程度のものがついているくらいだ。

 サーシャは部屋の中央に来ると、蝋燭を掲げて辺りを見回した。


「随分沢山の文献がありますね……全て魔術関係のものですか?」

「7割はな」


 サーシャは壁に近づくと、並んだ引き出しの1つを開けた。中から色あせた紙が出てくる。サーシャはそれを手に取ると、光に翳す。


「これは生物に関するものですか……それと、こちらは……」

「あ、こっちは魔術関係のものみたいですね」


 クリフとサーシャは物珍しそうに引き出しを開けては中身を確認する。だが、幼い頃からこの家の中を他の子供達と駆け回っていた俺にとっては、珍しいものは何もない。

 昔……まだ俺が魔法も覚えられないくらいガキだったころ、俺たちは毎日のようにジジイの家に忍び込んでいた。特に俺やアイルークみたいなジジイの孫は、それこそジジイの寝室以外好きなところを走り回ったもんだった。


『フレイ!こっちこっち!!凄いの見つけたんだよ、ほら!』


 あの頃はまだ、誰が一番か、誰が優秀か……そんなつまんねぇこと考えていなかった。毎日のようにあいつらと一緒に走り回って……俺はどっちかっていえば振り回される方だったと思ってる。

 そして俺を振り回すのは、ほとんどあいつだった。


『……どこに?』


 書庫の2階に一定の間隔で置かれた小さめの石像を指差してあいつが笑う。それは天使か女神か、とにかく翼を生やした髪の長い女の像だった。

 あいつはニコニコとそれを見上げる。


『どこに……って、ほら目の前!ビジン!ビジョ!!ボンッキュッボン!!』

『……』


 ……。……今思い出したが、あいつは昔からああだったな……。ガキのくせになんつーことを口走ってたんだ。親の顔が見てみたい。

 俺はそこまでつっこんで、ふとあることを思い出す。


「……そういや、見たことなかったな……」

「何がですか」


 俺のひとりごとに、奥で引き出しを漁っていたサーシャが振り向いた。なんでもない、と首を横に振って俺はサーシャに視線を向ける。クリフは控えめに引き出しを開けて中を眺めているのに対して、サーシャは中身を外に出したり、まさに『漁っている』状態だ。

 クリフがサーシャの散らかした文献を慌てて拾ってまわる。


「さ、サーシャさん、いくらなんでも散らかし過ぎですよ……」

「ああ、すみません」


 反省した様子のないサーシャは、そう言って引き出しを押す。おい、せめて中身を元に戻してから……ん?

 ふと、サーシャは次の引き出しに伸ばしかけた手を止めた。何か気になることでもあったのか、先ほど押しやった引き出しをもう一度引っ張り出し、そしてまた押す。

 俺とクリフは顔を見合わせて、サーシャに問いかけた。


「サーシャさん、ど、どうかしましたか?」

「……」


 サーシャは無言のまま、並んだ引き出しの1つ1つを右手で触れていく。ぐるりと囲むように作られたこの部屋の引き出しは、サーシャの身長では届かないものもあった。

 サーシャはふと振り向くと、俺に視線を向けてくる。


「フレイさん、この列の上から2番目の引き出しを『押して』いただけますか?」

「……はぁ?」


 押すってどうゆうことだ、と言う俺に、サーシャは何も言わずに視線を上に向ける。こいつ、さっさと言う通りにしろってか。

 首を傾げつつ上を見上げるクリフと、何かを考えるように腕を組んだサーシャを後ろへ下がらせて、俺は言われた通りに上から2番目の引き出しを『押す』。……チッ、背伸びしねぇと完全には届かねぇな……。

 グッと指先に力を込めて引き出しを押すと、思った以上にそれが奥へとスライドした。その途端、カチッと何かがはまる音が指先に伝わる。


「!?」


 微かな反応だったが、何かの振動が伝わってきた。俺はハッと辺りを見回す。何も変わったところは……ねぇ、よな。

 サーシャはテーブルに体を預けながら俺に視線を向けた。


「……どうやら、何かの仕掛けでしょう」

「えぇっ!?し、仕掛け、ですか!?」


 俺たちは改めて書庫の中を見渡す。ぐるりと囲まれた文献や資料のための本棚。変わったところは特にない……それでも、さっき感じたあの音と振動。あれは普通の引き出しにしてはおかしい。

 クリフは驚いた表情で、奥に入り込んだ引き出しを見上げる。


「で、でも一体、なんの仕掛けが……」


 サーシャは腕組みをしながら天井を見上げる。いつの間にか空は暗く、闇が世界を覆っていた。サーシャはさっき自分が蹴り飛ばした扉を見つめながら呟く。


「おそらく……いえ、やはり止めておきましょう」


 まだ確信と呼べる状況ではありませんから、と蝋燭を手に呟く。しかし薄暗い光の中で見るその顔には、何か面白いものを見つけたような笑みが浮かんでいた。









 その日は辺りが暗くなってきたせいもあって、僕たちは一度フレイさんの家に戻ることになった。あの書庫の仕掛けは凄く気になっているんだけど、やっぱり暗い中での作業は怖い……じゃなくて、もしかしたら危険かもしれないっていうサーシャさんの判断だった。

 でも、どうして書庫に仕掛けなんてされているんだろう。フレイさんのお爺さん……ファーレン様が造ったものなのかな……?


「あ、お帰りなさいませ!」


 さっき荷物を置いた部屋に戻ると、中ではファリーナさんがベッドにシーツをしいていた。広げられた真っ白なシーツからは太陽の光を吸い込んだ優しい香りがする。

 ファリーナさんは慣れた手つきでベッドメイキングをしながら、レイテルパラッシュを抱えた僕に問いかける。


「ファーレン様のお家、どうでしたか?」

「こ、怖かったです……少し」


 帰りの道も、僕は半泣き状態だった。だってあの石像、暗い中で見ると怖さがアップしてて今にも動き出しそうだったから……。

 思い出しても寒気が起きる僕に、ファリーナさんは苦笑する。


「私も昔は怖かったんですよ、あれ。でも坊ちゃまや従兄弟のアイルーク様なんかは全然恐がりもしなくて……ちょっと羨ましいなと思ってました」


 にこ、と微笑みかけられて、僕はきょとんとした。坊ちゃまって、フレイさんのことだけど……そういえば、アイルークさんもアンブロシアの出身、なんだよね。


「アイルークさん……は、フレイさんと仲良かったんですか?」


 ファリーナさんは枕にカバーをかけながら、少し驚いた様子で振り向く。


「あら、お知り合いだったんですか?……そうですねぇ、小さい頃は何かと一緒に走り回ってましたよ。同じくらいの年齢でしたし、アイルーク様はファーレン様の長女の息子ということで……何かとファーレン様ともお付き合いのある方だったみたいですから」


 私はまだ小さかったので、婆やに聞いた話ですけどね、とファリーナさんは笑う。その笑顔に僕も微笑み返しながら、ふと胸の奥で何か違和感を覚えた。

 フレイさんはアイルークさんを嫌って……と、いうより劣等感やコンプレックスみたいなものを感じているのは鈍い僕にも分かる。でも、どうしてアイルークさんはエレンシアのコロッセオで、フレイさんを罠にかけるようなことをしたんだろう。アイルークさんにとっては、フレイさんなんて気に留める必要のない存在かもしれないのに。

 ファリーナさんは枕を整えながら、少し寂しそうに呟く。


「でも……いつからですかね、お二人の仲が険悪になってしまったのは……」

「……」


 こんな小さい里の中じゃ、子供の数なんてそんなに多くない。きっと生まれてから十数歳までは一緒に暮らしていく間柄になると思う。僕もそうだったから、なんとなく分かるんだ。小さな箱の中で決められた顔ぶれと暮らしていくってことは……素敵なことでもあり、気を使うってことでもある。僕はそうゆうのも好きだけど、ぎくしゃくした関係の中じゃ辛いだけなのかもしれない。

 ファリーナさんは言う。


「魔術師は……やはり才能重視のお仕事ですから、子供達の間でも才能に対するコンプレックスは大きかったんだと思います。ファーレン様に気に入られることだけを考える親達もいましたし……」

「そう、なんですか……?」


 僕の言葉にファリーナさんは頷いた。


「はい。預言書を創るより以前から、ファーレン様は名の通った方でしたから。エメリナ様はファーレン様に媚びを売って坊ちゃまを出世させるようなことはお考えにならなかったですけど……坊ちゃまは、母親思いですから」


 エメリナ様には文句を言わないでしょう、とファリーナさんは笑う。たしかに、僕もエメリナさんと顔を合わせたときに少しだけ驚いたんだ。いつもなら『うるせぇ』『黙れ』くらい言うフレイさんが、急に黙り込んでしまったから。


「だから……逆に、歳若くして才能を開花させたアイルーク様の傍にいるのが辛かったんでしょうね……」

「……そう、かも……しれないですね……」


 どんな気持ちだったんだろう。問いかけたりなんてしたら拳骨どころじゃない話になりそうだけど……きっと、凄く辛かったと思う。期待されるのは嬉しいことだけど、それに答えられないまま、皆が離れていってしまうのは……僕でも怖い。

 ふと黙り込んでしまった僕に、いけないいけない、とファリーナさんは両手で軽く頬を叩いた。


「すみません、暗い話をしてしまって。貴方がたのお顔を見たらちょっと前のことを思い出してしまったものですから……」

「?」


 ファリーナさんは窓のカーテンを締めながら苦笑する。


「少し前に、とても綺麗な顔つきの方がアイルーク様を訪ねて此処にいらっしゃったんです。その時はもうアイルーク様もアンブロシアを出ていたので、エメリナ様がそうお伝えになったんですが……」


 ふと僕は表情を強ばらせた。『綺麗な顔つき』という言葉と、アイルークさんの名前……それだけで1人の人のことを思い出したからだ。

 ファリーナさんは僕の様子に気付かないまま、喋り続ける。


「男性だったんですけど……クリフさんより少し年上ですね。サーシャさんを見ていると何故かその人のことを思い出してしまって……。どうしてですかね」


 ふふ、と笑ってファリーナさんは部屋を出て行こうとする。僕は慌ててそれを呼び止めた。


「あ、あの!ファリーナさん。お、お、お願いがあるんですけど……」

「はい」


 振り返って首を傾げるファリーナさんに、僕は言葉に詰まりながらこう言った。


「あの……そ、その人の話、サーシャさんにはしないでもらえますか……?」


 唐突なお願いにファリーナさんは目をパチパチさせながら頷く。僕はありがとうございます、とだけ言って頭を下げた。理由は……もちろん言えない。一言じゃ言えないことだし、フレイさんだけじゃなくてサーシャさんのプライペートなことだから。

 後で……もう少し落ち着いた頃に話そう。僕はそう考えて、部屋を出て行くファリーナさんの姿を見送った。


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