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過去の予言書  作者: 由城 要
第2部 One Day Story
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第5章 2


 今日も砂漠から乾いた風が吹く。空中庭園の花々はジリジリと照りつける太陽に負けること無く、色とりどりの花弁を空へと向ける。時折、庭園に小鳥が舞い降りては強い風に驚いて、蒼天の空へと飛び上がった。

 太陽の色をした大輪の花が咲き乱れる。其処は誇りに支えられた国の、強く逞しい信念の象徴とも言える場所。





  - 立ち止まったままの自分 -





「あ、いたいた。クリフくん!」


 フレイさんの回復を待って街を出ようとしていた僕は、まだ激しい攻防の続く街の方から聞き覚えのある声を耳にした。ふと顔を上げると、大通りの隣の路地からフリッツ先生が顔を出す。僕は驚いて、こちらへ歩いてきた先生を迎えた。


「せ、先生!だ、大丈夫ですか!?」


 僕が慌てたのは他でもない。先生の右腕はなんだか赤いものに濡れていて、腰から下げた剣からも何かが滴っていたからだ。でもそれを間近で見て、僕はつい意識が飛びそうになった。これは多分、先生の血じゃない。


「ん?ああ、大丈夫大丈夫。……それより、探したんだよ。宿の方にいなかったから、もう此処を出たのかと思った」


 先生は目を細めて僕らを見つめる。表情はいつもと変わりないのに……そう考えると、やっぱり先生もこの国の、三大戦士の一人なんだと実感する。

 顔を真っ青にする僕に、慌ててメイが駆寄ってきた。先生は苦笑を浮かべ、少し離れたところにいるサーシャさんに視線を向ける。


「忘れものだよ。……キミのね」


 先生はそう言って懐から布にくるんだ何かを取り出した。サーシャさんは顔色一つ変えずにそれを受け取る。でも僕とフレイさんは意味が分からず、顔を見合わせて首を傾げた。


「こんな大事なもの、うちの陛下に渡さないで欲しいな……いつ暴発させるかヒヤヒヤしてたんだ」

「ふっ……少なくとも彼はそんな馬鹿には見えませんでしたが?」


 サーシャさんはそう言って布を開いた。するとそこから、太陽に黒光りするリボルバー『ヒュペリオン』が姿を現す。それを目にした僕はいつも通りに叫び、倒れ込んでいたフレイさんはムクッと起き上がり、メイは両手を頬に当てて驚きの声をあげた。


「さっ、さ、さ、さ……サーシャさんっ!?」


 多分思ったことはみんな同じだったと思う。でもサーシャさんはいつも通りに余裕の笑みを浮かべてヒュペリオンを手に取った。


「貴方がたの出方次第で私達の動きも決めようと思っていました。……いつまでもウジウジ悩まれるよりは、背中を蹴り飛ばしてみようかと思いまして」


 サーシャさんはそう言って微笑む。その笑顔は、美貌の女神フィオレンティーナと並び称されるトゥアス帝国のカタリナ嬢の血を引いているだけあって、どんな女性よりもとても魅力的だ。……勿論、その台詞を聞かなかったことにするなら、の話。

 先生はサーシャさんの言葉にきょとんとして、そしてふと笑みを漏らした。


「……やっぱりキミは、一筋縄ではいかないみたいだ」

「褒め言葉として受け取っておきます」


 サーシャさんはそう言うと、ヒュペリオンを服の中に隠した。そして身を翻すと、ゲートの方へと歩いていく。

 フレイさんは大きくため息をつくと、荷物を背負い直して立ち上がった。メイもまた、何も言われずともサーシャさんの後についていく。

 僕もまた皆の後を追おうとしたとき、ふと先生が後ろから声をかけた。


「クリフ君」

「!……はい」


 まるでルクスブルムの、あの傭兵学校にいた頃のような声だった。僕はつい、あの頃のように足を止めて振り返る。きっとそれに気付いたんだろう。先生は僕の顔を見ると、また困ったように苦笑を浮かべた。

 何処か遠くから、乾いた風が吹き込んでくる。


「僕はもう、こんなことを言う立場じゃないけれど……キミは、あの頃を思い出すべきだ。最初に剣を握った、最初に剣を振るった、あの頃を」

「……!」


 僕は胸に抱いたレイテルパラッシュに力を込める。


「キミがルクスブルムで一番になれたのは、才能でもなんでもない。キミは誰よりも純粋に、剣を振るうのが好きだった。……それは周りの誰もが知っていた」


 乾ききった石畳の上を、砂利が飛ばされてつむじ風の形に動いている。やがて枯れた葉が巻き込まれて、丸い円を描いた。

 風の音は、まるで雑音のように耳の中で反響する。


「きついことを言うようだけど、囚われてしまった過去を振り払うことはキミにしか出来ない。だから……僕に出来るのは、先生のように説教をすること。それだけだよ」


 じゃあね、と先生は僕に背を向ける。僕はレイテルパラッシュを握りしめたまま俯いていた。このままサーシャさん達と過去の預言書を求めて旅をしていれば、いつか先生とも衝突することになるのかもしれない。先生の実力は生徒である僕が一番良く知ってる。だから……それはとても恐い。

 でも……。でも、今は。今だけは。


「せ、先生!あの……あの……か、考えて、みます……」


 叫んだ言葉は後半が尻すぼみになってしまったけれど、聞こえただろうか。きゅっと剣を抱きしめると、後ろからメイの呼ぶ声が聞こえてくる。


「クリフお兄ちゃーんっ、そろそろ行くよー!」

「あっ、うん……」


 急かす声に僕はパタパタと走り出す。ゲートを潜ると、まっさらな大地が目の前に広がった。炎熱の砂漠には蜻蛉が揺らめき、真っ青な空が僕らを新しい旅へと誘っている。









 部屋の中に入ると、思いがけず爽やかな風が通っていた。風に暴れる白いカーテン、そして干涸びてしまった花瓶の花。持って来た新しい花瓶と取り替えると、部屋の空気が少しだけ変わったように思えた。


「……父上」


 ベッドの上には、顔の上に薄い布を被せられた父上の姿がある。枕元には数多くの香華が添えられている。どれも父上の好きな花だ。庭園で育てていた花が殆どで、これらは皆、城の者が持って来たものだ。

 父上の死は、つい昨晩のこと。本当ならばすぐに弔いの鐘を鳴らすべきだったが、状況が状況だけにそうはできなかった。兄上は王位継承のサインを渋り、実質上数時間はこの国のトップが不在という形になってしまったのだ。これを国民に知らせてしまえば、混乱することは目に見えていた。


「余は今になって父上の苦労が分かった」


 本当ならば、ベッドだけではなくこの部屋が埋まるくらいの花が国中から寄せられるはずだった。でもそうできなかったことは父の最後の不幸だろう。

 でも……父上はきっとお許しになる。余にはそう思えてならない。


「やはり考えていた苦しみや辛さではあるが……こうなってみないと本当のことは分からないのだな」


 何が出来る、とディーターは言った。そんなことはまだ分からない。何も出来ないかもしれない、もしかしたら事態はもっと悪い方向へと進んでしまうかもしれない。

 それでも父の志を受け継ぎ、この国を守ることこそが今の自分のやるべきこと。そして成し遂げなくてはならないこと。

 冷たくなった父の手を握る。泣くことはしない。父の無くなった晩、泣いてもいいのだとテレジアに言われたが、泣かなかった。


「父上……心配することはありません。余は……余は……」


 それはアクロスを迎え撃つ大事な時だったからではない。弔いの花を捧げにきた三大戦士達の顔を見た瞬間、込み上げてきた涙はいつの間にか引いていった。


「……泣くことも、嘆くことも……いつでも出来るのです。ここにはそれをぶつける相手もいる。」


 そのとき、やっと分かったような気がした。部族の信頼は自分に向けられているものではなく、自分もまた彼らを信頼しているのだということ。考えてみるまで、その当然の事実に気付かなかったことを。


「だから……静かにお眠り下さい」


 貴方の心は私が受け継ぐ。そして二度と、こんなことが起きないような国に……。









 葉の刻、三大部族と伏兵の出現によりアクロス軍孤立。アクロス本国からの支援を断たれ、やがて戦況が逆転する。同時刻、城下の四割をネオ・オリエント軍が取り戻す。

 針の刻、ネオ・オリエント城に侵入していたアクロス中枢部隊が全滅。十数人を重要参考人として捕らえる。城下の八割をアクロスから取り戻すことに成功。被害状況が確認される。

 鳴の刻、アクロス軍を捕虜として捕らえ、鎮圧に成功。三大部族の素早い行動によって被害は最小限に抑えられる。



 それから3日後、風の刻。前王崩御の鐘が国中に鳴り響いた。アクロスから国を守った英雄の大往生に国民は誰もがその死を悼み、それ以来、国内での暴動は途絶えることとなる。

 そして同日、鳴の刻。フェオール・マルスが王位継承を表明。彼こそが太陽神バルトロの誇りの名の許に国を守った英雄だということを知る者は、城の関係者を除いて他にない。




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