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過去の予言書  作者: 由城 要
第2部 One Day Story
32/112

第3章 3


 微睡むような陽光が差し込む屋敷の一室。長い尾を持つ銀色の鳥が優雅に屋敷の中へと降り立つ。カーテンはふわりと舞い上がり、窓の向こうに広がる緑の田畑が風に靡いた。鳥はくちばしに加えていた紙をテーブルの上に置くと、まるで導かれるように鳥かごへと入っていく。

 やがて部屋の扉が空き、1人の人間が入ってくる。鳥かごに微笑みかけた後、彼はテーブルの上の紙を手にした。





  - 鎌と蛇女 -





 私はすっと体を傾けた。攻撃パターンは特殊なシステムファイルによって定められているが、状況に応じて臨機応変に変化することが出来る。

 旧式のオトモダチは武器を使う戦闘に特化しているが、私は関節の動きを利用して体術を得意としている。それは体術を会得することで、次に作られるであろう次世代の殺人人形の攻撃の幅を広げるためだ。


「……」


 私は勢いをつけて屋根から屋根へと飛び移った。通りを挟んで反対側のライラ・メーリングも私と平行して走り出す。この通りが私には一番の問題だった。この距離を跳躍すれば確実に隙が出来る。ターゲットは私を攻撃するに足るその時間を逃しはしないだろう。

 私は走りながら下の通りを見やった。


「……っ……」


 慣性の法則が働く方向とは真逆に片足を差し出し、私は屋根と屋根の間に体を傾ける。細い路地の闇の中に体を滑り込ませると、ターゲットの足も止まった。

 ターゲットは三日月のようなメタトロニオスを一振りすると、闇色の瞳を細めた。


「……ふふ……」


 風が一瞬強く吹き付ける。煌煌と光り輝く月が薄い雲の間に隠れ、僅かな間ではあったが辺りが暗くなった。私は闇の中から一歩、右足に力を込め、踏み出す。それは通常の人間では到底真似の出来ない、一瞬の高速移動。リボルバーが弾丸を押し出すあのスピードで私は駆け出す。

 音速のスピードにシステムが切り替わる。人間の反射よりも更に早く、私は路地を横断してライラ・メーリングの後ろに回った。


「……超音速状態、攻撃パターンFに移行」


 途切れ途切れに月が光を差し込み始める。跳躍してターゲットの頭上から奇襲をかけようとした。その時。


「……!」


 微かに、ターゲットがこちらを見た。横目で、微笑むような笑みを浮かべて。

 頭の中で危険信号が鳴り響く。相手に行動を読まれた。いや、そんなはずはない。超音速状態の私の姿を確認出来る人間はいない。いない、『はず』。

 フルで回転する、私の予測機能。この状態から軌道を変えることは出来ない。着地するまで攻撃パターンを変化させることは不可能。


「ふっ……!!」


 私はターゲットの懐に飛び込むと、左足を軸にして相手の体を蹴り上げる。体の中に溜まった空気が力と共に吐き出される。人間の、あの骨と筋肉と脂肪を蹴りあげた感触が足に伝わってきた。だが、足りない。攻撃を上手く流された。

 体勢を立て直し、今度は左の拳を鳩尾に叩き込む。ターゲットの黒髪が揺れ、攻撃の勢いと共に体が後方へと弾き飛ばされた。


「……」


 私はその場でターゲットを睨む。私の脳裏には相手の状態がデータとして描き込まれている。生死の状態、体温、心拍数、怪我の状態等。そして同時に相手の攻撃データも記録している。

 しかし。


「……ふふっ、見た目より積極的なお人形さんですわ」

「……っ!」


 弾き飛ばされたライラ・メーリングが体を起こした。しかしその足取りは変わらず、驚くことに私のデータは彼女と接触した状態から全く変化を見せない。体温も、心拍数さえも変化がない。普通の人間ならば、否応無しに乱れを生じるはず。


(何故……?)


 データは理解不能を示している。データが理解不能ならば、『私』にも『分からない』。何故、彼女の身体に変化が見られないノか。何故、彼女はあノ攻撃を受けても傷を負ワないのカ。


(何ゼ、どうシて……)

「……っ……」


 私は低く呻いた。左手で額を押さえる。いけない、ここでエラーを起こしてはいけない。シャットダウンしてしまえば、どうなるか分からない。自動回復を待つより先に破壊されるか、それとも……。

 ライラ・メーリングは大鎌を空中で回転させると、妖艶な表情でにっこりと笑って見せた。


「お人形さんは遊んであげてこそ、その存在を確かにするもの。……そろそろ可愛がって差し上げようかしら」


 すっと黒のドレスが風に靡いた。次の瞬間、メタトロニオスの刃先が月光に煌めく。私は咄嗟に後方へと跳躍した。私のいた屋根に刃が突き刺さる。石材で出来ているはずの屋根がまるで油の塊のように刃先を奥深くまで差し込んでいる。


「あらあら……」


 ターゲットは軽い動作で屋根から大鎌を抜き取った。そして品の良さそうな笑顔には似つかわしくないほどの戦い慣れた動作で、大鎌を構える。


「逃げてはいけないわ。貴女にはとても興味が湧いてしまったの。……ねえ、お人形って泣けるのかしら?」


 ニコリと微笑んだ笑みが、まるで冷たい剣の刃のように月明かりに照らされた。そして次の瞬間、彼女の体が私の視界の中で大きくなる。

 接近された。


「っう……っ!」


 大鎌の輝きが、風を切る音と共に私の思考を奪い取った。頭部のシステムが左腕の『痛み』を伝える。痛い。まるでコードがショートしたかのような、熱さを伴う痛み。

 私にとって幸いだったのは、危機回避能力がエラーの中でも作動したことだった。私は更なる攻撃を避けるため、ターゲットから距離を置く。

 腕に視線を落とすと、皮膚の下からコードがのぞいていた。半分がごっそりと切られてしまっている。私は小さな火花を散らす腕を右手で隠すと、ライラ・メーリングを睨みつけた。

 左手の指先が動かない。何かを求めるように痙攣する指先も、やがて本当の人形のように動かなくなった。発生した『痛み』のデータは更に私に苦痛を与えてくる。


「っ……!!」


 ターゲットは私の様子を目にすると、きょとんとした表情を浮かべた。それがやがて蔑むような笑みに変化していく。


「あら……冗談で言ったつもりだったのに、本当に泣けるのかしら。レヴィアス氏って意外とロマンチストなのね、人形に『痛み』の感覚まで教えるなんて……」

「……」


 人工皮膚を押さえ、私は体勢を立て直す。言葉の裏を読み取るのはまだ得意ではない。それでも、分かる。この表情に、この言葉。ライラ・メーリングは……この『女』は、ジェイを馬鹿にしてる。ジェイを……私のマスターを。


「戦うだけの人形に『痛み』なんて、必要ないんじゃないかしら……メイドや奴隷じゃないのだから。ふふっ」


 痛みとエラーで私の思考が邪魔されていく。けれどその他に、もっと『私』を邪魔するものがある。この『女』が視界に入る度、嘲笑のような笑い声が聞こえてくる度に広がっていく何か。痛みもエラーも何処かへ押しやってしまう、真っ黒で恐ろしいもの。


「……わ、ないで……」

「……?」


 円形の月が空に浮かぶ。私はゆっくりと立ち上がり、戦闘態勢を解いた。左腕を押さえたまま、ターゲットを睨みつける。何故だろう、機械とコードしかない胸の中がモヤモヤする。まるで重苦しい霧のようなものが私の中に渦巻いているようだった。

 私は言う。今度ははっきりと。


「ジェイの……悪口、言わないで」


 ライラ・メーリングは私の言葉にまたきょとんとした表情を浮かべた。


「あら……悪口に聞こえたかしら」

(……っ)


 また。体の中が真っ黒になる。腕や指先に必要以上の力が籠る。なんだろう、これは。なんだろう、この……この、私を動かそうとする、データ以外のモノは。


「ジェイを……悪く言うの、許さない」

「ふふっ、ご主人様を悪く言われて怒ったの?貴女……面白いわ」


 ターゲットが大鎌を構える。また攻撃を仕掛けてくる気だ。私も応戦の構えをとる。今度は外さない。絶対に仕留める。ジェイを悪く言ったこの『女』を。

 メタトロニオスがふわりと風を切る。円を描くように一回転した大鎌を掴み、ターゲットが利き足を踏み出そうとした。


「……!」


 刹那、私と彼女の間を一つの影が横切った。









 空に月がぽっかりと浮かぶ、そんな夜。僕は窓枠に足をかけながら、まるで他人事のようにキレイだなぁと呟いた。

 この間の暴動で1階を借りていた僕らの部屋は窓が割れ、使えなくなってしまった。だから今は2階の部屋を使ってる。宿の人たちは案外良い人で、嫌な顔一つせずに僕らを移動させてくれた。


「わぁ、本当にキレイだなぁ……」


 僕は現実逃避をしながら心ここにあらずという声で呟いた。ここは2階だから、地面は遠い。怖いからこんなことしたくないんだけど、もっと怖いものがやってくるから仕方ない。


「よい……しょっ、と」


 屋根に手を伸ばして、そこからくるっと逆上がりの要領で屋根に上がる。手を伸ばして、今出て来た窓を閉めた。丁度その時、下の方から怒鳴り声が聞こえてくる。


「てめぇ、クリフーっ!!」

「ひぃっ!」


 僕は慌てて口を塞ぐと、屋根の上で小さくなった。僕の部屋からは扉が蹴破られる音が響いてる。誰かが歩き回る音と、窓を開ける音。お願いします、気付きませんように……。


「くそ、あいつ何処にいきやがったっ!?」


 僕は音を立てないようにしながら屋根のもっと上の方へ上っていく。やがて窓が閉まる音が聞こえて、僕はほっとした。

 フレイさんが怒った原因は、僕の買い物にあった。どうやらフレイさんは僕に少し多めにお金を持たせてくれたみたいで、お釣りがくるのを予想していたのに、僕はぴったりに買い物をしてきてしまったんだ。つまり……何処の店かは分からないんだけど、僕はぼったくられたらしい。

 ふぅ、と安堵の息を吐くと、僕の部屋の壁を蹴る音が一発響いた。今のフレイさんは煙草が切れてるせいもあって、剣幕も物凄い。とりあえずもうしばらくここにいたほうがいいかもしれない。


「ううっ……ちょっと寒い……」


 メイかサーシャさんに言ったら助けてもらえるかな。でも駄目だ、サーシャさんはきっと我関せずって対応をするだろうし、メイじゃ気付かれてしまうかもしれない。

 僕は膝を抱えてため息をついた。ふと顔をあげると大きな月がネオ・オリの城の後ろに浮かんでいる。フリッツ先生も今はあそこにいるのかな。ゆっくり話がしたいけど、今の状態じゃなんとなく……会いづらい。


「う……風が強いなぁ」


 そう呟いて街に視線を向ける。するとぽかんと浮いた月の光を反射して、何かが光った。


「あれ……」









 スッと、ターゲットの目の前に一本の槍が現れた。刃先は真っすぐに彼女の首筋に当てられている。ターゲットは赤い唇を微笑む形に戻すと、メタトロニオスを下げた。


「あら……もうお出迎えですの?もう少し楽しませていただこうと思ったのに……」


 ライラ・メーリングはそう言って横目で背後に立つ人間を見やった。私は警戒の体勢のまま、後ろに立つ男を見る。その義眼と、部族特有の肌の色、そしてあの槍……コルセスカ。私の中に登録された預言書に関わる者達のデータが、三大戦士の1人ジャン・ユサクの名を叩き出す。


「……宰相が御呼びだ」


 突然現れた介入者は、そう言ってコルセスカを下ろした。


「ふふっ……それでは仕方ないですわ。すぐに戻りましょう」


 ライラ・メーリングはそう答えると、ふと目を細めて私を見下ろす。その表情に私は拳を更に強く握りしめた。必要以上の力を込めて。

 ターゲットは言う。


「ねえ、お人形さん。レヴィアス氏に伝えて頂戴。……今度は貴方と楽しみたい、と」

「……」


 何も答えない私にライラ・メーリングは肩を竦めて、メタトロニオスを一振りした。そしてすっと彼女の影が闇の中に姿を消す。気配が離れていくのを感じながら、私は破損した左腕を押さえた。指が動かなくなっていく。微かに痙攣して見えるのは、電気信号が上手く行き届いていないからだ。


「……」


 ジャン・ユサクはターゲットが城へ戻っていくのを確認すると、私に向き直る。私は警戒していつでも攻撃に転じることが出来るように片足を退いた。

 しかし相手は無表情のままコルセスカを担ぐ。


「……主人の所へ戻れ。国内に機械がいると騒ぎになりかねん」

「……」


 私は拳を解いた。この男に殺気はない。それにここで私に攻撃をしてくる理由もない。

 私は相手の動きを見ながらスッと体を退いた。闇に紛れ、屋根から屋根を伝って退却する。男が追ってくる様子はない。私は左腕を押さえながら走った。


(……っ、……)


 超音速の移動は破損部分に無理が掛かる。連続でエラーを起こしたシステムは今にもシャットダウンしてしまいそうな感覚だった。左腕は動かず、体が自由にならない。

 覚束ない足取り。この状態でジェイの所まで辿り着ける確率は低い。


(……アイル……ク……、……ジェ、イ……)


 エラー音が体内を駆け巡る。システムが停止してしまえば、自動回復を待つ間は無防備になってしまう。それだけハ阻止しなけレば。……ソ止、シなけレバ。


「っ……」


 ふっと体が風に包まれた。そして次の瞬間、中枢回路のシャットダウンと共に、『私』は完全に停止した。

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