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過去の予言書  作者: 由城 要
第2部 One Day Story
30/112

第3章 1


 呆然とした女の子は差し出されたハーブの束とシルヴィを見比べて、ぽかんとした表情で首を傾げた。『お姉ちゃん、セージ知らないの?』と言って受け取ると、『あっちで売ってるんだよ』と言ってさっき走って来た方向を指差す。

 シルヴィは女の子の指差した方向に視線を向けると、まるで生きている人間のように目を細めた。





  - 機械の乙女 -





 買い物用の麻袋を抱え直した少女は、シルヴィと話すうちに気分が持ち直したのか、散らばった野菜や果物を拾える分だけ袋に詰め直して去っていった。バイバイ、と手を振って去っていく少女に、シルヴィは小首を傾げながらも同じ動作を返す。


「……」

「……」


 ぽつん、と残されてしまった僕たちは無言でいるしかなかった。いや、多分シルヴィは重い空気を感じ取ったとかそうゆう意味じゃなくて、ただ単に話す必要がないからかもしれないけれど。

 でも意外なことに、黙ったまま言葉を探していた僕に声を掛けたのはシルヴィの方だった。


「……どうしたの、クリフ」

「えっ……」


 どうしたの、って言われても。だってシルヴィはジェイロードさん側の人間……いや、機械人形であって、エレンシアの時は急に殴られて気絶させられたうえに、操られるなんて酷いことされたわけだし……。

 どうすればいいのか分からなくなる僕に、シルヴィはもう一度首を横に傾げた。その動作といい、表情といい、僕らを襲ってくる殺人人形とは全然違う。

 僕は悩みに悩んだ末に、一番気になることを単刀直入に口にすることにした。


「い……今は……攻撃、してこないの?」


 僕の言葉にシルヴィは当然のことのように言う。


「シルヴィ、別任務中。クリフはターゲットとして登録されてる。けど、強襲の指示はなし。だから……襲わなくてもいいと、判断したの」

「た、ターゲット……」


 それってつまり僕やサーシャさん、フレイさんは排除対象として認識されてるってこと……だよね……?

 シルヴィは真っ青になる僕を完全に無視して続ける。


「あと、ターゲットの排除優先順位は、戦闘能力順にサーシャ・レヴィアス、フレイ・リーシェン……2つ飛んでクリフ。一番最後」

「ふ、2つ飛んで、しかも最後……」


 嬉しいのか悲しいのか、僕はがっくりと肩を落とした。シルヴィ達を相手にするのは凄く……物凄く怖いんだけど、戦闘能力順で一番最後。それってつまり、僕って排除してもしなくても変わらないってこと?……あれ、でも。


「2つ飛んでって……どうゆうこと?」


 僕は顔を上げてシルヴィを見る。僕とフレイさん達の間に2人いるって言ってたけど、それって誰のことなんだろう。シルヴィは僕の言葉に少しだけ眉根を寄せる。ほんのちょっとだけど、聞かれたくないことを聞かれたときのヒトの表情。


「……『内部情報の漏洩に禁止処理が掛かっています』」


 聞かないでくれという表情に、僕はなんだか悪いことを聞いたような気になってしまった。


「あ……ごめん」

「……。……シルヴィ、任務に戻る」


 シルヴィはそう呟くと、僕に背を向けて歩き出した。緑色の髪が砂の混じった風に吹かれて、赤茶けた街中にいっそう強い彩りを放っている。きっと通りを擦れ違う誰もが、シルヴィのことを機械で出来た人形だなんて気付かないに違いない。

 僕はただじっとその背中が通りを右に曲がっていくのを見つめる。頭の何処かで、今剣を抜けばもしかしたら……なんて考えが過ったけど、本当に『過った』だけ。実行に移そうなんて考えなかったし、そうしたいとも思わなかった。何故だろう。フレイさんやサーシャさんなら迷わずそうするはずなのに。


「……」


 砂が撒き上がって、一瞬視界を覆う。そしてもう一度目を開くと、そこにシルヴィの姿はなくなっていた。









 風がゆっくりと舞い上がってくる。ネオ・オリの応接室の前にある空中庭園は今日も平和に草花が咲き誇っていた。その真ん中には絵になるような美女が1人、佇んでいた。

 混沌を思わせるような漆黒の瞳と長い髪、白い肌を包むのはまるで喪服のような黒いドレスだ。妖艶な空気を身にまとい、眼下に広がる砂漠を見つめている。


「……」


 ふと女は顔をあげた。すると上空から風が巻き起こり、次の瞬間、太陽を浴びて輝いていた空中庭園に影が落ちる。女は上空を見上げ、影をつくった原因が庭園に舞い降りてくるのを待った。

 女……いや、ライラ・メーリングは言う。


「ふふ……おいで、私の可愛い子」


 突風が庭園の花々をざわめかせる。やがて空から鷹のように大きな鳥が舞い降りてきた。しかしそれはただの鳥ではなく、光沢のある刃のような翼と、長い尾を持つ鳥だった。羽を羽ばたかせて庭園に着地すると、その翼に触れた草が真っ二つに切れる。

 彼女は手に持っていた一切れの紙をくちばしに加えさせると、長い髪を耳にかけて呟いた。


「さぁ、それを持ってお行きなさい。砂漠を越え、海を越え……私たちの『微睡みの庭』へ」


 鳥は彼女の言いつけ通り、庭園の手すりに足を乗せ、そこから眼下に広がる砂漠へと舞い降りた。急降下した大きな翼が風を読み、くるりと大きく円を描いて砂漠の彼方へと飛んでいく。光沢のある翼は太陽の光に反射して、さながら伝説や神話の大鷹のようだ。


「……」


 スッとライラ・メーリングは振り返る。考えの全く読み取ることの出来ない艶のある微笑みで一度だけこちらを一瞥し、そしてまた砂漠の向こうへと視線を向けた。強い風が彼女の背中から砂漠へと風向きを変えている。

 僕は回廊の影に隠れ、そして小さく安堵のため息をついた。職業柄尾行や監視は上手いつもりだが、どうも彼女は勘が良すぎる。まるで数日前に街中で会ったあのガンスリンガーの少女のように。


(気付かれたんじゃ仕方ないなぁ……)


 監視を切り上げようと、応接室とは逆の方向に歩き出した時、ふと階段からフェオール王子が上ってきた。何かを持っていたけれど、僕の顔を見ると慌ててそれを隠す。


「な……何をしておる、フリッツ」

「……気分転換に歩き回っていただけですよ。王子こそ、何故ここに?」


 僕がそう言うと、王子は少し困ったように顔を顰めた。


「よ、……余は、こ、この間父上から頂いた時計草の様子を見に、だな……」


 そう言いながらも後ろ手に隠したものを見せないように横歩きをする王子。思えば数ヶ月前、王子が床に伏した国王から庭園で育てることの出来る草花の種を貰ったという話を聞いたことがあった。時計草とはまた、王子にしては渋い趣味の花だけれど。


「そうですかぁ……」


 カニのように横へ横へと逃げていく王子。しかし時折足の間からリボルバーがちらついていた。曲がり角まできて庭園へ逃げようとする王子に、僕はその襟首を掴む。クリフ君を捕まえるときの要領で。


「なっ……何をするっ」

「はいはい、逃げないで下さいよー」


 襟首を掴んで足止めし、くるっと王子の体を回す。後ろ手に隠していた銀色の銃身がすぐに僕の目に入ってきた。庭園側から差し込む光にリボルバーが鈍く反射している。

 僕はそれを見て顔を顰めた。これは……あのガンスリンガーの少女のものだ。初めて会った時に腰のホルスターに納めていたのを覚えている。


「王子、どうしてこれを……」


 まさか盗んだわけではないはずだ。彼女はこれを盗られて気付かないような人間ではない。

 王子はバツの悪そうな表情を浮かべて僕を見上げた。しかしすぐに視線を逸らす。理由を口に出来ないということはやはり、僕らに言えないような『何か』を考えているのだろう。


「べ……別に。余の勝手だ」

「勝手も何も、それは扱い方によっては非常に危険な武器です。こちらに渡して下さい」


 あの武器のことは詳しく知らないけれど、命中率が剣や槍に比べて劣る代わりに高い殺傷率を持つと聞いたことがある。火薬を原理の基本として利用しているから暴発の危険もあるし、王子が扱えるような代物じゃない。

 手を差し伸べる僕に、王子は顔を顰めて顔を逸らした。


「……渡して下さい、王子」


 僕は王子の目の前に手を突き出す。しかし王子は顔を逸らして後ろへと後ずさった。


「王子」

「……っ!」


 王子の夕焼けの色の髪が左右に揺れた。そして次の瞬間、差し出した僕の手がバシッと音をたてて弾かれる。王子は僕の顔を見上げ、きつく目を閉じて叫んだ。


「お前達に何が分かるっ!!このままではっ……このままではあの男に父上の国を奪われてしまうのだぞ!?」



 はね返された手から痺れのような痛みを感じた。痛覚はすぐに退いていくのに、痺れのような鈍い感触だけはじんわりと手の中に広がってゆく。まるで何かの古傷のようにその感覚は消えない。

 王子は僕を睨みつけて言う。


「お前は……あの男の手中に嵌って、この国をアクロスのものとされてしまっても良いのか!?」

「……!」


 その一言に、僕は顔を顰めた。それは僕ら三大戦士と、今は床に臥せっている現国王と数名しか知らない情報だ。アクロスはディーターの人気を利用し、徐々にネオ・オリとの接点を増やしている。現国王が病に倒れている間に権力を増し、実質的な支配者に上りあがらせてしまおうという目論みなのだ。

 しかし、そうと分かっていても、今のネオ・オリには対抗する術がない。対抗できる人間が……いない。


「父上は病で動けぬ、兄上は気が弱くてディーターに文句の一つも言えずにいる!何も出来ないのだと皆、そう言っておる……だが、余はそう思わん!!」


 王子はリボルバーのグリップを握る手に力を込める。橙色の髪が微かに揺れ、王子は僕を見上げた。そして僕の服の裾を掴んで、縋るような瞳を向ける。


「ディーターに敵う人間がいないのなら、つくればよい。余は……余は、父上の国を守る為ならば、この命だって惜しくはないぞ」

「王子……」


 まだ幼い瞳の奥に感じる、強い光。何よりも眩しくて、太陽国と呼ばれるこの国に最も相応しい強く逞しい色だ。ずっと昔、同じ部族の半分ボケた老人達が何度も何度も同じ話を聞かせてくれたことを僕は思い出す。太陽神バルトロは形としては見えなくなってしまったけれど、永遠にこの地に生き続けているのだと。それは部族だからとか、王族だからとか、剣士だからとか、そうゆうことじゃない。

 それは、この地に生きる人間の『誇り』。太陽表されるその誇りを、歴代の国王は持ち続けていた。国に殉じる覚悟と共に。


「……」


 そう、だから僕たちは……いや、歴代の三大戦士達は折り合いの悪かったこのネオ・オリの国王の覚悟と誇りに臣従した。

 僕は小さくため息をついてもう一度右手を差し出す。


「……王子がもう少し早く生まれて下さっていたらと、僕はそう思いますよ」

「……余を子供だと言うのか」


 顔を顰める王子に僕は笑った。王子は気分を害したのか、唇を尖らせている。それでも先ほどのような苛立ちではなく、純粋に子供扱いされたことが気に食わないようだった。

 僕は言う。


「ええ、まだ王子はお子様です。……分かっておいでですか?貴方の武器は古の機械ではありません」


 風が何処からか舞い込み、城の中に澄んだ風が駆抜けていく。首を傾げる王子の目の前に僕は片膝をついた。階段の窓辺から斜めに差し込む光と影が僕たちを包む。

 言葉も何も必要ない。……全ては、それだけで十分だった。










「……なんだよ、買い物途中で呼び出しやがって」


 サーシャの部屋に入った俺は、苛立ち紛れにそう呟いた。近くにあった椅子に腰を下ろし、舌打ち一つして目の前のサーシャに視線を向ける。

 街で買い物をしていた俺は、最後に煙草を買い足そうとしているときに運悪くメイに見つかった。隣でギャースカ騒ぐから結局煙草を買わずに戻るハメになったのだ。あのガキ、せめて買い終わるまで待てないのかよ。

 サーシャは俺の不機嫌な顔を見て顔を顰める。


「お金もないのによく買い物に行けますね」

「うっ。それは……あ、あれだ。俺も多少は金のやりくりくらい出来るっつーことだ。はは、ははは……」


 視線を逸らして笑うと、サーシャは深くため息を吐いた。やべえ、もしかしてテレジア達からの報酬くすねたことに気付いたか!?


「……そ、それより話ってなんだよ」


 話を逸らそうと、俺は本題を持って来ることにした。サーシャは呆れたような目で俺を見ていたが、咳払い一つして話し始める。表情は先ほどと打って変わって、神妙な面持ちだ。


「……フレイさんはメーリング家をご存知ですか」

「あ?」


 俺が首を傾げると、サーシャは荷物の中から地図を取り出した。ここいらじゃ手に入らない、あの貴重な世界地図だ。とはいえかなりの年代もので、最近では傷みが激しい。

 サーシャはそれをテーブルの上に広げてみせる。そしてネオ・オリの位置を指差すと、そこから人差し指でゆっくりと海を渡る。


「海を挟んで真向かいにある国。これがアクロス国です。小さいうえに土地も痩せていますが、かなり豊かな国です」


 サーシャの言葉に俺は顔を顰めた。狭い土地で土壌も良くないのに豊かってのはどうゆう意味だ。俺の知る限り、アクロスは川が流れてたり、漁業に秀でているわけでもない。

 考えが顔に出ていたのか、サーシャは目が合うと軽く頷いた。


「……もちろんアクロスに国を豊かにする産業は何もありませんよ。しかしここには沢山の人が行き来します。殆どは商人ですが、国が率先して輸入しているものがあるんです」


 サーシャの指先が東南へと動く。山を越えた先には何もない平野が書かれていた。山に囲まれた、広大な平野。俺の知識が確かならば、ここは昔、かなり大規模な国があった場所だ。もっとも今ではその面影すらなく、小さな街が点在しているだけになってしまったが。

 地図を覗き込みながら考える俺にサーシャは言う。


「それは、この一帯で栽培される『リル・イン』……」


 指先が平野を囲む山々をぐるりと一周した。


「……『麻薬』です」


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