第1章 2
走っても走っても、目の前に広がるのは炎だけだった。激しい音を立てて燃え上がる建物を見つめて、僕の手から剣が滑り落ちる。
頭の中は真っ白だった。やがてそれが目の前の建物が崩れ落ちるのと共に、僕の頬を涙が伝った。
神様、神様、お願いです。僕はもう人を傷つけることはしません。だから、返してください。僕の大切な、大切な人達を。
- 残酷な神への祈り -
その人達は、この店には入ったときから色々と人目を引いていた。それは同じくらいの年齢の男女で、男の人は少し茶色の入った長い髪を一つに結んでいて、赤っぽい瞳をしていた。ローブを羽織っているから、多分魔術師だと思う。
もう1人の女の人は少し背が低めで、ふわふわした金髪に蒼い瞳をしていた。格好は旅人っぽく見えるけど、上品な顔立ちをしてる。どこかのお嬢様、と言われても多分僕なら信じてしまうかもしれない。
「……んで?ここで何しようってんだ」
二人は僕の斜め向かいの席に腰を下ろした。僕はメニュー表で顔を隠しながら、ちらとそちらに目を向ける。
そうしていたのは、もちろん僕だけじゃない。店の中にいる数人は同じことをしていたと思う。なにせ、ここは護衛を生業とした人々が集う特殊な酒場なのだから。
この酒場は普通の酒場とは違った看板になっている。商人や一般の人達を近くの街まで山賊や盗賊から守る『護衛業』を行う人達が、依頼を受ける場所。だから見慣れない顔の人達が来ると、みんな依頼人かと思ってしまう。大抵の場合はそうだけど、そうじゃないときは新顔の同業者、なんてこともある。
「護衛の依頼です」
椅子に腰を下ろした二人のうち、女の人がそんなことばを口にした。やっぱり依頼だ、と僕はメニュー表を前にして思う。けど、何故か男の人の方は浮かない顔をしていた。
「護衛……ってお前……」
ぼそっと、後ろの方で誰かが『ドウギョウシャ』と呟いた。
(同業者?)
僕はメニューを下げて、男の人の顔を見る。僕は見たことないけれど、魔術師なら確かに同業者かもしれない。『護衛業』を行う人達には魔法を使う人もいるし、弓矢を使う人もいるし、僕みたいに剣を使う人もいる。
(同業者なのに、護衛が必要……?)
僕は首を傾げた。すると丁度良いタイミングで、こちらに背を向けている女の人が理由を説明してくれる。
「私もフレイさんも前線で戦うタイプではないですから。まあ、さっきのアレの目の前で詠唱時間を稼げると言うのなら、いいんですけど」
「くっ……」
男の人は言いくるめられて額に皺を寄せている。殺気立った空気が流れているけど、女の人は全く気にした様子はない。彼女は店員にメニューを聞かれると迷わず、水とだけ答えた。魔術師の人は何か言いたそうだったけど、何も言わずに首を横に振る。
店員が彼らのテーブルを離れて、僕の横を通り過ぎていった。視界が一瞬だけ店員に遮られる。もう一度メニューで顔を隠しながら二人に視線を向けると、ふと女の人の蒼い瞳と目が合った。
(わっ……!)
僕は慌てて目をそらした。もしかして見ていたのが気づかれたかもしれない。彼女はじっとこちらに視線を向け、そして口を開こうとした。その時だった。
「そこのお嬢ちゃん。護衛の依頼かな?」
ぱっと酒場中の視線が、その声の主に集まった。『ドウギョウシャ』の声があちこちから聞こえてくる。ちょっとつり目の、でもがっしりとした体つきの剣士だ。うらやましいくらい身長も高いし、筋肉もついてるし、剣士向きの体格をしている。
女の人はふと顔を上げて、近づいてきた剣士に視線を向けた。
「……ええ。そうです」
「内容によっちゃあ、俺が引き受けても良いぜ?」
剣士はそういって笑った。でも何故だろう、女の人の表情は少し冷たい。周りの人達も、冷たい視線で彼を見つめている。
「……盗み聞きかよ」
彼女の反対側に座っていた魔術師の人が、鼻を鳴らして言った。剣士は少し肩を竦めて、苦笑する。
「はっ、大体ここにいるやつらの殆どは護衛業のヤツらだ。みんな聞き耳立ててるようなもんだろ」
「……ちっ」
ちょっと険悪な空気が流れ始めて、水を持ってきた店員さんがオロオロしている。剣士はもう一度視線をあの女の人に向けた。作り笑顔のような笑いを浮かべて。
「なあ、こんなヤツとの契約は切って、俺と契約した方がマシだぜ?」
ざわざわと店内がざわめいている。誰かがボソボソと『女目当てだろ』とか『金をふんだくって、あとは放っとくんじゃないか』とか言っている。今のご時世、護衛業を偽ってそうゆうことをする人達は多い。僕らだって世界中の護衛業の人達の顔を知っているわけじゃないから、誰が偽者で、誰が本物かなんて分からない。だから全ては依頼者の目にかかってる。
なんだか嫌だな、と僕はため息をついた。このまま騙されるのを見ているのは辛いけど、ここで助けに入るほどの勇気もないんだ。
でも状況は彼女の一言で全てひっくり返された。
「いえ、実力のない方は必要ありませんので。それならまだ、コレの方が役に立ちそうです」
「なっ……!」
剣士の顔がみるみる赤く変わっていく。周りで見ていた同業者達が、耐え切れなくなって笑い始めた。馬鹿にされた剣士は空いていた椅子を蹴り倒して店から出て行く。凄い物音にびっくりしたけど、これで彼らが騙されることもなくなったので僕はほっとした。
「お嬢ちゃん、やるじゃねえか!」
「気に入ったぜ!」
皆、そういって彼女を囃し立てる。でも彼女は表情一つ変えず、オロオロしていた店員さんから水を受け取って口をつけた。反対側のテーブルにいた魔術師の人が言う。
「おい……お前、どさくさに紛れて俺のことを『コレ』とか言わなかったか……?」
「フレイさんの被害妄想では?」
女の人は水を飲み干すと、グラスをテーブルに置いて椅子から立ち上がった。そしてつかつかとテーブルから離れる。魔術師の男の人が声をあげるけど、彼女は聞こえていないフリをした。店内が一気に静かになる。
彼女はあるテーブルの前まで来ると、にっこりと上品な笑顔で微笑んだ。さっきの剣士に見せたような表情ではない。
「貴方も護衛業の方ですね。……依頼、受けてくださいますか?」
「いっ!?」
蒼い瞳で微笑まれて、僕はそんな声を出してしまった。愛用の剣、レイテルパラッシュを抱きかかえた状態のまま硬直してしまう。あっちのテーブルでは魔術師の人がこっちを睨んでるし、周りの同業者の視線も痛い。
僕が答えに困っていると、奥の方から声がした。
「お嬢ちゃん、そいつはちょっと……」
「そうだ、もっと良い奴を紹介してやっから、そいつは止めときな」
そんな声が徐々に飛び交い始める。すると魔術師の人が顔を顰めて、周りの人達に問いかける。
「なんだよ。弱いのか?」
「ああ、弱い弱い。驚くくらいの弱さだ。なぁ?」
みんなの馬鹿にするような笑いが木霊する。僕は椅子に座った状態のまま、レイテルパラッシュを強く抱きしめた。
そうだ、依頼を受けてから幻滅して破棄されるくらいなら、今ここで僕に依頼したことを取り下げてもらった方がマシかもしれない。
「っ……」
悔しさで泣きそうになるのを堪えて、僕は下を向いていた。でも意外な言葉が耳に届いて、僕はふと彼女を見上げてしまった。
「いえ、大丈夫です。……貴方さえよければ、依頼をしたいのですがよろしいですか?」
「えっ、あ……」
僕はその時初めてはっきりと彼女の顔を見た。金髪のふわふわした髪、そして整った綺麗な顔。女性らしい赤い唇。そしてしなやかな体型。あの剣士の人じゃないけど、女性としてとても魅力的な人だと思う。
でもその時僕の印象に残ったのは、蒼い色の瞳だった。何よりもはっきりとした、強い瞳。上品とかそうゆう次元を超えた、何か固い意志を感じる色をしていた。
「は、はい……」
僕はこのとき、その強い視線に気圧されてそう答えた。でも何故だろう、今思うと依頼を断る自分なんか想像できない。そう、多分あの出会いは『そうなるべくして』出会ったのだから。




