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過去の予言書  作者: 由城 要
第2部 One Day Story
29/112

第2章 4


 過去の預言書。魔術師ファーレンの手で創られし『過去を知る為の』預言書。原初の章、蒼天の章、万物の章、大地の章、終焉の章に分けられ、互いの分野を補うよう構成される。

現在蒼天の章はジェイロード・レヴィアスが所持。残りの章は各国が行方を追っているが、アクロス国において預言書と思しき書物が発見されたとの情報有り。

 目下、確認作業を急ぐ。





  - クレイジー・ガール -





 街中を通る馬車がやがて閑散とした通りに入る。人の行き来が多い通りから離れ、人の気配も疎らな地域。愛想を振りまかなくても良いと判断したのだろう。ディーター・エデュロイは馬車から身を乗り出すのを止めて、一度大きくため息を吐いた。

 隣に座っていた私はディーターに苦笑してみせる。


「さすがカリスマ指導者は存在感が違いますわ。国民の支持も圧倒的でしょう」

「ははは……貴女にそう言われると悪い気はしませんな」


 ディーターはそう言いながら私の肩に手を回してきた。私は口角をあげつつ、膝の上に置いていた紙束に視線を落とす。人の上に立つ男というものは金と女には目がない。いくら紳士、カリスマを気取っていても所詮はただの動物でしかないということだ。

 どちらにせよ後少しでネオ・オリの城に入る。下手なことは出来ないだろう。私は馬車の窓から外に視線を向ける。風が強いのか、街の向こうにある砂漠から砂が舞い込んでくるのが見えた。


「……それにしてもここは本当に乾ききった地ですこと。作物も育たないのでは?」

「ああ……ここは領地の殆どが砂漠ですからな。こんなところにいるとアクロスの新鮮な空気が懐かしく感じますよ」


 馬車が小刻みに揺れるのを感じながら、私はもう一度街に視線を向ける。先ほど暴動があったのは馬車の中からでも分かった。ネオ・オリの部族は強靭な体と高い誇りを持つというが、それはどうやら本当らしい。

 ディーターは私の体を引き寄せて言う。


「メティスカ、ルヴァ、ゲイツ。いかがかな……貴女の願い通りの人間がここには揃っております」

「ふっ……アクロスの出した条件も中々ですわ。ですが……反抗する部族は不安要因、いかがなさるおつもりで?」


 猫のようにディーターに擦り寄り、そう問いかける。私の黒髪を弄びながら、この『紳士の皮を被った獣』は耳元で囁く。まるで甘い愛の言葉を囁くように。


「日照りが更に続けば、あの野蛮な人間達もすぐに白旗をあげます……」

「日照り……」


 私はそう呟きながら、ディーターの頬に手を伸ばす。そして頬から顎へと指先でなぞりながら、その甘い言葉の意味を問いかける。日照りは人工的に起こせるものではない。もしかしたら500年前のあの時代なら出来たかもしれない。でも、今となってはそれは夢のまた夢。

 私は触れるか触れないかという近距離でディーターの顔を見つめる。早く言って頂戴、この世で私が一番欲している、甘い甘い言葉を。


「それは……『過去の預言書』……?」

「ええ……この国をアクロスのものとするために必要な力、ですよ……」


 ガタン、と大きく馬車が揺れ、城門を通過する。調子に乗って唇を奪おうとするディーターの腕から私はするりと避けて、唇を舐めて笑ってみせた。


「……城に着きましたわ。続きは、また後で」


 ふふっと笑うと、ディーターは少し不満そうな顔をしてため息を吐いた。私は膝の上の紙束を整える。馬車の前後にいた警備兵が扉を開け、ディーターと私をそれぞれ馬車から降ろした。私は馬車から降りると改めて辺りを見回す。

 白い煉瓦が積み重なって出来たエントランス、そして真っすぐに城内へと続く敷石。もとは要塞と聞いていたけれど、意外と見栄えのする建物のよう。

 ふと視線を向けると、出迎えた兵士達の中に少し肌の色の違う3人の姿が見えた。警備兵達と話をしていたディーターは、彼らに気付くとその中の1人に声をかける。


「フリッツ・コール。……帰って来ていたのか」


 三人の真ん中にいた中肉中背の男が顔をあげた。優男のような微笑みで、近づいてきたディーターを見る。


「ええ……傭兵学校の長期休業期間なので、久しぶりに故郷に戻って参りました」


 フリッツ・コール。私の知識が確かならば、三大戦士の1人で、ルクスブルムに買われた男だ。私はじっとその男の顔を見つめる。ディーターよりは利口な顔つきをした男だ。腰に下がった剣を見る限り、彼は剣士なのだろう。

 ふとフリッツが私の存在に気付いて視線を向ける。ディーターは私を招き寄せると、私に彼を紹介した。


「ライラ嬢。こちらはネオ・オリ三大戦士の1人で、今はルクスブルムの傭兵学校で教師をしているフリッツ・コール」

「……初めまして」


 フリッツはそう言って私に微笑んでみせる。しかし心の底から歓迎しているわけではないのだろう。瞳が笑っていない。ルクスブルムの犬に成り下がったかと思っていたが、どうやらそうゆうわけでもないらしい。

 ディーターは続けて私をフリッツに紹介した。


「こちらはライラ・メーリング嬢だ。メーリング卿の妹君と言えばお前も分かるだろう」

「ご機嫌麗しゅう、フリッツ様」


 私はドレスの裾を持ち上げて軽く会釈をする。しかし再び顔をあげたときの彼の表情は少し変わっていた。笑ってはいるが、驚きと焦りが微かに瞳の奥に混じっている。おそらくディーターなどでは気付かない微細な変化。どうやらこの男、利口そうなのは顔だけではないらしい。


「どうかいたしまして?」

「いえ……」


 フリッツはそう言って、再び貼付けたような笑みを浮かべた。私は微笑み返しながら心の中で思う。この男、おそらくあまり良い人間ではない。少なくとも、私の……いえ、私たちの計画にとっては。

 ふと砂の混じった風が吹き込んできて、私は空を見上げた。砂が青空を斑に染めている。その向こうで光り輝く太陽の円の中に、黒く影をつくる鳥の姿が見えた。

 私はディーターを見上げて言う。


「ディーター様、わたくし、少し馬車に酔ったようなので、国王陛下の謁見まで休ませていただいてもよろしいですかしら……?」

「ああ……貴女には特別な部屋をご用意しておりますからな。部下に連れて行かせましょう」


 ディーターは下心が透けて見せる笑いを浮かべて、自分の部下達を呼び寄せる。私は口角を上げてそれを見つめていた。









 太陽が空の彼方で燦然と輝く午後。先日までの砂まじりの強風が収まった今日は、街をゆく人通りも多い。窓際の椅子に腰掛けて通りを見つめていると、まるで単純作業のように流されていく人ごみが、まるで誰かの意思でそうされているかのように見えてくる。

 ふと廊下を走る足音が聞こえてきて、私は顔を顰めた。クリフさんか、フレイさんか……いや、メイもありうる。いくら私たちの他に客がいないとはいえ、室内を走るのは遠慮がなさ過ぎる。

 ノックもせずに私の部屋の扉が開いた。顔を出したのはメイ。


「さ、さささささ、サーシャお姉ちゃんっ!」


 転がり込む勢いで部屋の中に入って来たメイに、私はため息をついた。


「メイ。廊下を走るのは止めて下さい。響きます」

「あ、ごめんなさ……じゃないよっ!!それどころじゃなくてね、今メイすっごいこと聞いちゃった」


 メイは私のベッドに飛び乗ると、私の目の前に座り込んだ。興奮した表情のまま、今さっき聞いた出来事を話し始める。どうやら情報屋という仕事を忘れてしまうほど驚いているらしい。金を払わずに情報が手に入るのならこちらは万々歳ですが。

 メイは身振り手振りを交えて離し始める。


「この間の暴動の時に宰相の馬車が街を通ったんだけど、街の人の話によると宰相と一緒の馬車に女の人が乗ってたんだって!!」

「……そうですか」


 宰相の交友関係に興味はない。愛人がいようが妾がいようが、私には全く関係のないことだ。どうしてフレイさんといいクリフさんといい、世間話が好きなのだろうか。

 私が興味無さげに窓に視線を向けると、メイは首を激しく横に振った。


「違うの!その女の人、アクロスの方から来たらしいんだけど……もしかしたら、あのメーリング卿の妹じゃないかって、噂なの!!」


 ベッドの端に手をかけて身を乗り出すメイ。私は外の風景から目を離すと、メイに視線を向けた。


「……メーリング卿の?」


 メイは激しく頷いてみせる。たしかに、そんな情報が入ってくれば多少興奮するのは仕方のないことだろう。少々大人気ない興奮の仕方だが。

 私は口角を上げて口を開く。


「メイ。あの2人を呼んで下さい。……話があります」









「うう……この間あんなことがあったばっかりなのに買い出しって……」


 人通りが多くなってきた通りを僕はビクビクしながら歩く。人が多くなってくると、もちろんトラブルが起きる可能性も高くなってくるわけで……。挙動不審になりながら、僕はポケットの中から紙切れを取り出した。

 僕がなぜ1人で歩き回っているのかというと、話はつい数時間前に遡る。


「えっ……か、買い物ですかっ?」


 この間の暴動ですっかり気弱になってしまった僕は、あんまり出歩かず部屋の中に籠っていた。なるべく食事の時以外は外に出ないようにしていたんだ。けど……。

 目の前に立ちはだかったフレイさんは、僕の言葉に顔を顰めてため息を吐く。


「声裏返ってるぞ」

「だ、だだだだだだって、あ、ああああ危ないじゃないですかっ」


 突き出された紙切れを目の前にして、僕はそう言った。この間暴動があったばっかりなのに1人で外に出るなんて恐ろしすぎる。なるべく1人で外出しないようにしようと思っていたのに。

 フレイさんは今にも怒り出しそうに僕を睨みつけ、そして何かを思い出したようにニヤリと笑う。


「まさか怖い、なんて言わないよな?……なんたってルクスブルム傭兵学校出身の『剣士サマ』だもんなぁ?」

「っ!」


 怖いです、という言葉が喉元まで上がってきたけれど、僕はすぐにその言葉を飲み込んだ。別に剣士の誇りがどうこうとかそうゆうわけじゃない。だって外に行くこと以前に睨みをきかせたフレイさんの方が怖かったから。


「……ううっ……頼まれた品物、何処で売ってるか全然分からないし……」


 僕は半泣きの状態で紙切れを覗き込んだ。そこに書かれているのはよく分からない文字の羅列。隣には丁寧に『薬草』とか『鉱石』とか書いてあるけど、何処で売っているのかはサッパリだ。どうしよう、このままじゃ帰れない。……怖くて。


「ええと……アルカネットと、カユプテ、孔雀石……」


 通りの端に立ち止まってメモされた項目を一つ一つ確認する。それにしてもこれって何に使うんだろう。魔法使うのにいつもはこんなの使っていないし……。

 メモを片手に首を傾げていると、僕の隣を小さな少女が駈けていった。肩から下げた麻袋の中には夕食の材料なのか、野菜や果物が入っている。


(ううっ……あんな小さい子でも怖がらずにお遣いしてるんだから、僕もちゃんとしなきゃなぁ……)


 そんなことを考えながらポケットに紙を戻すと、さっきの少女が駈けていった方向から声が聞こえた。顔をあげると、道の向こうでさっきの子が仰向けに倒れている。角を曲がってきた人とぶつかって転んでしまったらしい。


「あわわ……だ、大丈夫?」


 僕は女の子に駆寄って膝や背中についた砂を払い落とす。ふと辺りを見回すと、さっきこの子が持っていた野菜や果物が散乱していた。野菜はまだ無事だけど、果物は割れてしまったり傷がついてしまっている。

 立ち上がった女の子は呆然と散らばった果物の欠片を見渡して、徐々に顔を歪ませ始めた。


「だ、大丈夫だよ、全部駄目になっちゃったわけじゃないし……な、泣かないで?」

「う……ひっく、……っく」


 頭を撫でてあげると、食いしばった唇とは裏腹に目尻からボロボロと涙が零れ落ちた。気持ちはよく分かるよ。帰ったらきっとお母さんが喜んでくれると思っているから、転んじゃった瞬間にそれがなくなってしまう気がして悲しくなるんだ。

 目尻を擦って地団駄を踏む少女。どうすればいいのかと辺りを見回した僕は、彼女の後ろに人影があることに気付いた。多分、この子とぶつかった人だ。


「ほら、ぶつかってごめんなさい、って言わない……と……っ!?」


 僕は女の子の背中を叩いて、人影を見上げる。けれど半泣きで謝罪する少女の声なんて、途中から殆ど聞こえなくなってしまった。


「……」


 僕を見下ろすその人は、綺麗な緑色の長い髪をしていた。整った顔つきに、透き通るような白い肌。ネオ・オリの都には似合わない、身なりの良い服装。

 そう、彼女はシルヴィ。


「……予……、外の、……発生……」


 シルヴィは僕の顔を見て、瞬きをした。瞬きをするうちに瞳の色が生気を失う。そして寒気が走るくらい事務的な、機械的な口調で唇が動く。


「ネオ・オリにて……ターゲット発見」

「!」


 僕は咄嗟に剣に手をかけた。まさかこんなところでシルヴィに会うなんて、思いもしなかった。シルヴィがいるってことは、アイルークさんやジェイロードさんも何処かにいるのかもしれない。どうしよう、1人じゃこの間の二の舞になる。

 混乱する僕を目の前にして、シルヴィは続けて口を動かした。


「掃討の指示なし。……指示があるまで待機し、通常モードに移行します」


 再びシルヴィが瞬きをすると、瞳の色が戻った。さっきまでの人形のような表情から、年相応の女の子の顔へと変化する。シルヴィは呆然としている少女を見下ろし、足下に転がっていたハーブの束に手を伸ばす。


「……これ、は……何?」


 首を傾げるシルヴィは、初めて出会ったときの口調でそう言った。


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