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過去の予言書  作者: 由城 要
第2部 One Day Story
24/112

第1章 3


 僕の思考は一瞬にして凍りついた。どうしてこう、僕ってタイミングが悪いんだろう。後ろではフレイさんが呆れている……というより呆然としているし、メイはなんだか嬉しそうにしてるし、サーシャさんは苦笑してる。

 きっとこれからフレイさんにガミガミ言われるんだろうなぁ、と何処か他人事のように思いながら、僕は目の前にいる『彼』に頭を下げた。





  - 懐かしい人との再会 -





「やっと着いたぁ!」


 ネオ・オリの(ゲート)を潜ると、メイは嬉しそうに飛び跳ねた。レスティナを出てからここまで、ずっと砂漠ばかりだったから退屈していたのかもしれない。メイは僕の目の前をウサギみたいに飛び跳ねて、そしてすぐ後ろを歩いていたフレイさんに捕まった。


「バカ、飛び跳ねると監視に見つかるだろっ」

「あ、そうだった」


 思い出したようにそう呟くと、メイは捕らえられたウサギみたいに静かになった。

 ネオ・オリの門は通行料として旅人からお金を取る仕組みになっている。商人なら、通常の旅人の2倍。本当はメイはその料金を支払わなければいけないんだけれど、彼女はまだ子供だし、僕らの連れってことで旅人と同じ料金を支払うことにしたんだ。門番には内緒で。

 メイはなるべく荷物を動かさないようにしながら、ネオ・オリの都を見つめる。


「久しぶりに来たけど……確かに、雰囲気がちょっと違うね」


 僕は石を敷き詰めた歩道を真っすぐに見つめた。確かに、噂で聞いていた『戦士の都』は、イメージしていたものと違っていた。

 褐色の壁で出来た家々が立ち並び、道は曲がりくねりながらも中央の城へと続いている。建物と建物の間には時折小さな路地があって、フレイさんたちと逸れたらすぐに迷子になってしまいそうだった。

 僕たちはメイに案内されながら、客との待ち合わせ場所へと向かう。ふと上を見ると、茶色の壁に取り付けられた窓には時折板が貼ってあったり、ガラスが割れていたりした。よく見ると、建物の一つ一つにも細かい傷や焦げた後が見える。

 サーシャさんは辺りを見回しながら言った。


「……思ったより暴動の痕がありますね」


 道の端には、破り捨てられた紙や割れた瓶が落ちていた。もしかしたら昨日、今日に暴動があったのかもしれない。

 乾いた道の端に赤黒い小さなシミを見つけて、僕は背筋が寒くなるのを感じた。


「……あ、あんまり……長居したくない感じですよね……」


 道にはあんまり人の姿がない。時折擦れ違う人々も、こちらが旅人だと気付くと陰鬱な瞳を向けてきた。フレイさんはそれを無視して言う。


「ったく、テメーは……。もうビビってんのか?」

「だ、だって……」


 僕がそう呟くと、フレイさんは呆れたようにため息をついた。あの商隊の言葉を全部鵜呑みにしているわけじゃないけれど、やっぱり怖い。こうゆうのって何時何処で起きるか分からないものだし。

 メイはするすると路地の奥へと入っていき、辺りに注意しながら通りへ出た。そしてサーシャさんに視線を向ける。


「ここだよ、この酒場」


 僕らはメイを追って通りに出る。通りはさっきよりも人気があって、まだ安全な場所に見えた。道端にちらほらと露天商の姿も見える。

 メイは通りに面した大きめの酒場に向かって行った。あれ、子供一人で入っても大丈夫なのかな。


「おい、酒場にお前の客がいるとは限らねぇだろ?」


 フレイさんがそう声を投げると、メイは入り口の扉を開けて振り返った。


「うん。だけどネオ・オリに来たら、ここの人に言伝する手筈になってるから」

「へぇ……なんだか、本当に『お仕事』してるみたいだね」


 僕がそう呟くと、メイはクスっと笑って酒場の中に入っていった。フレイさんはため息をつくと、ポケットから煙草を取り出して吸い始める。サーシャさんは辺りを見回しながら、ネオ・オリの様子を見つめているようだった。僕もなんとなく、行き交う人に視線を向ける。

 ネオ・オリの人口の半分は遊牧民族の血を引いている人間が殆どだ。肌の色は褐色だったり、黒に近い色をしている人もいる。民族も色々あるけれど、有名な一族は3つ。

 1つは槍術に長け、どの部族よりも信仰に厚いメティスカ一族。この間エレンシアの監獄で助けてもらったジャンさんはこの一族だ。そして次に大きな一族は、辺境の付近に住み独特の言語を持つルヴァ一族。テレジアさんは喋り方から考えてもすぐここの出身だと分かる。そして最後の一つは、肌の色も通常の人間に近く、今では殆どが街で暮らしているゲイツ一族だ。


「……そういえば、ジャンさんとテレジアさんも此処にいるんですかね?」


 二人の顔が頭に浮かんで、ポツリと呟く。するとフレイさんがあからさまに嫌そうな顔をした。


「……クリフ、テメー『噂をすれば影』って言葉、知ってるか?」

「……。予言書の新しい情報がない限り、まだこの国にいるでしょうね。あの三大戦士の二人が国に戻れば、多少の騒ぎになると思いますが」


 サーシャさんは腕を組んだまま、そう言う。確かに、国が混乱している最中に二人が戻れば騒ぎにもなるはずだ。一応二人は国王の部下ということになっているけれど、もともとは民族派の人間。次期国王候補のボルドー王子は民族尊重派だけどあまり聡明とは言えないし、宰相のディーターって人は民族よりも国家を固めることに力を費やしている。


「ボスが代わる大事な時期ってか。……お偉いさんの部下ってのは面倒くせぇな」


 サーシャさんは自分の髪を弄びながら言う。


「良かったですね、フレイさんは気楽で」

「バカ言うな、斬られても死なないバケモンの下で働いてる方が更に面倒くせぇっつーの!」


 店の入り口の前で、いつもの様に口喧嘩が始まった。喧嘩といっても、大抵フレイさんが噛みついてサーシャさんがそれを受け流してるだけなんだけど。最初は僕もハラハラしながらそれを見ていたけれど、最近はだいぶ慣れてきた。どっちが勝つかは明確だから。

 苦笑しながら勝利の行方を見守っていると、通りを歩いて来た人が二人の前で足を止めた。店と二人を見比べて、困ったように言う。


「……通りたいんだけど、いいかな?」

「……ああ、すみません。邪魔でしたね」


 店のドアの前で喋っていたサーシャさんは、そう言ってフレイさんを押しやった。もちろん体力的にもサーシャさんには敵わないフレイさんは、苛立ったように喋りかけてきた男の人を睨んだ。

 僕もまた、フレイさんの視線を追ってその人を見る。緑の石のはめ込まれた剣、茶髪に綺麗な紫の瞳、右目の下には泣きボクロ。ふと店に視線を向けた横顔に、僕はつい声をあげてしまった。


「あ……」


 言ってからしまった、と思った。フレイさんとサーシャさんの視線が突き刺さってくるのを感じる。男の人は僕の声にふと振り返った。その顔は、見覚えのある顔だった。


「あれぇ……クリフ君じゃないか」

「えっ、あ、あ、ああ、え、ええとっ……」


 僕は反射的に逃げ場所を探してしまった。挙動不審に慌てる僕を見て、後ろからサーシャさんが訝しげな表情で言う。


「クリフさん。お知り合いですか?」

「えっ?あ、あ、その……」


 僕は後ろに後ずさる。すると男の人はヒョイと僕の襟首を掴んだ。猫を摘みあげるような動作だけど、簡単に振り払うことは出来ない。

 男の人はニッコリと笑って、捕まえた僕の顔を覗き込んだ。


「あはは、クリフ君は相変わらずだなぁ。こらこら、逃げない逃げない」


 ね、と笑いかけられて、僕は観念した。こうやって捕まえられたら最後、逃がしては貰えないことを僕は知っている。

 僕の様子を見てサーシャさんが更に口を開こうとしたその時、酒場の扉が開いてメイが出て来た。そして僕らを見て、ぽかんとした表情を浮かべる。


「あれ……フリッツさん?」

「あ、メイちゃん。……丁度良かった、メイちゃんが来てないか店の人に聞いてみようと思ってたんだ」


 メイは僕を猫みたいにつまみあげる男の人を見て、しばらく何かを考えているようだった。そしてしばらくすると、ああ、と納得した声をあげた。

 いまいち状況がつかめていないフレイさんがメイに問いかける。


「……何が『ああ』だよ。客ってコイツか?」


 メイは振り返ると、しっかりと頷いてみせた。


「うん、そうだよ。……そっかぁ、そうだよね、フリッツさんはルクスブルム傭兵学校の先生してたもんね。クリフお兄ちゃんと知り合いなんだ」


 まるで近所の子供をあやすお兄さんのようにフリッツさんはもう片方の手でメイの頭を撫でる。と、ところで僕はいつになったら地面に下ろしてもらえるんだろう。

 メイの言葉に、腕を組んで頭をフル回転させていたフレイさんは、ハッと何かに気付いたようにサーシャさんに視線を向けた。サーシャさんは何も言わずにただ頷く。

 僕はこの後に予想されるフレイさんの説教を予想して、宙ぶらりんのまま魂が抜けそうになった。









「……で、つまりテメーは、かの有名なルクスブルムを卒業してて、あの野郎は剣術の師匠ってわけか?」


 場所は酒場の中に移された。メイとフリッツ先生は隣のテーブルで商談を始めている。僕はフレイさんと同じテーブルに二人きり。フレイさんは夕食を取りながら、口元を引きつらせて言った。


「ルクスブルムってのは本当に才能のある奴だけしか入らないっていう、あのルクスブルムだよなぁ……?」

「そ、そうです……」

「入学試験で何十倍っていう関門を抜けた奴しか入れないうえに、卒業も試験を通らないと卒業出来ないっつー、あのルクスブルムだよなぁ……?」

「そ、その通りです……」

「そしてその剣はルクスブルムの卒業生しか持てないっつー、あのレイテルパラッシュ……」


 フレイさんが呟くと、隣のテーブルにいたメイがこちらに視線を向けた。フリッツ先生との商談が上手くいっているのか、上機嫌でフレイさんに余計な知識を植え付ける。


「あっ、そのレイテルパラッシュね、卒業生の中でも優秀者しか貰えない、有名な鍛冶屋の特製なんだよ」

「……ほおー……」


 ギロリ、とフレイさんに睨まれて、僕は小さくなった。フレイさんはフォークで肉を刺すと、それを口に放り込みながら言う。


「……つまりはコロッセオで見せたあれが実力、ってわけか」


 ちっ、とフレイさんは舌打ちをする。僕は肩を竦めて頷いた。フレイさんはグラスのお酒を飲み干して、テーブルの上に叩き付ける。そして憎々しげに呟いた。


「……アイルークはそれを知った上で利用してやがったのか……?」

「……おそらく、そうでしょう」


 パッと顔を上げると、サーシャさんがテーブルの前に立っていた。上着を脱ぐと、僕の隣の椅子に腰を下ろす。店員を呼んで適当に食事を注文すると、フレイさんはサーシャさんに視線を向けた。


「宿は?」

「とってきました。暴動のおかげで何処もかしこも空室状態でしたから、今回は一人一部屋借りることが出来ましたよ」


 良かった、と僕は胸を撫で下ろした。機嫌の悪いフレイさんと同室はとても気を使う。フレイさんは僕の様子に気付いたらしく、ギロっとこちらに視線を向けた。

 サーシャさんは運ばれて来た水を口にしながら言う。


「……クリフさんの剣は近くで見なければルクスブルムのものだと気付くことは出来ません。おそらく人質として利用するつもりで捕まえて、剣に気付いたのでしょう」

「人質、ね……。そうゆうお前は、あの酒場ですぐに気付いたのかよ」


 フレイさんがフォークを向けると、サーシャさんはふと肩を竦めて笑って見せた。


「……さぁ、どうでしょうね。とありえずフレイさんより先に気付いたのは確かです」


 サーシャさんの言葉にフレイさんはカチンときたようだったけど、僕は苦笑を浮かべるサーシャさんの横顔を見つめながら思った。多分、初めて出会ったあの酒場で、サーシャさんは僕がルクスブルム学校出の剣士だってことに気付いていたんだろう。でも、僕が全然剣が使えないと知ってもそれを引き合いに出して責めるようなことは一度もしなかった。

 またフレイさんがサーシャさん相手に喧嘩をふっかけているのを眺めながら、僕は自分の弱さを恥ずかしく思った。


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