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過去の予言書  作者: 由城 要
第2部 One Day Story
22/112

第1章 1


 頭の上に浮かぶ月。私はそれを眺めるのが凄く好き。だって毎日形が変わって、最後はまた同じ丸に戻る。それを見てると安心するんだ。だって、これがずっと続くんだって思えるから。

 みんな、世の中おかしくなってるって言う。グロックワースは突然消えちゃうし、海の向こうの国が密かに戦争の準備をしてるなんて噂もあるし。たしかに暗い話ばっかりで、世の中おかしいよ。

 天気さえ良ければ太陽も月も昇るのに。太陽と月さえあれば、明日はかならず来るはずなのに。





  - 少女の物思い -





 砂風が吹きつけ、小さな竜巻が砂利を巻き上げる。乾いた風が吹くのはここが砂漠の証拠だ。それでもこの街はまだいい。オアシスを中心にして円形に作られた街並みは竜巻や砂嵐を弱め、街の中心部まで届かない。おそらく小さな集落なら、いちいちこのクソ暑いなかで砂だらけになりながら歩かなければいけないだろう。


「……あーっ、クソ暑いっ!」


 俺はジリジリと照り付ける太陽を睨みつける。ここはアルジェンナ砂漠の北西にある、レスティナという街。この大陸でもっとも昼間の時間が長いとかいう街だ。もっともそれは気候のせいだけじゃなく、この辺りに陽の光をさえぎるような山がないという立地条件のため。エレンシアとの国境にあたる山脈は南に位置し、東西には果てしない砂漠が広がっている。東に行けば海に隣接したネオ・オリエントという国があり、北と西には果てしない荒野が広がる。

 俺は雲ひとつない天気を恨みながらため息をつく。それにしてもこの暑さ。気候が穏やかな場所で育ってきた俺には結構堪える。通りに浮かぶ陽炎を見つめながら俺は呟く。


「水分摂らねぇとクリフの二の舞だな……」


 俺達がこの街に立ち寄ったのは、あのジジイ……ファーレンが創った『過去の預言書』に関する情報を集める為だった。情報を集めた後は別な街に移る予定があったのだが、よりにもよってこの暑さでクリフが倒れた。サーシャ曰く熱中症のようなものらしい。

 俺はもちろん予定を長引かせやがったクリフを一発ぶん殴ってやろうとしたが、サーシャに止められた。


『更に滞在が長引くと迷惑です』


 やけに納得がいく発言だったが、俺も合わせて迷惑呼ばわりされた気がするのは気のせいか?


「あちぃ……」


 とりあえず俺は急に出来た暇を持て余して、このレスティナを歩き回ることにした。金は全部サーシャが管理しているせいで遊ぶことも出来ないし女も買えない。浪費癖があるのは否定しないが、財布の紐をあいつに握られてると思うと必要なものを買うのにも気を使う。まあ、俺が一文無しに近いのは全部あのガキのせいで……。

 そんなことを思いながら通りを歩いていた時、ふっと後ろから軽い衝撃が伝わってきた。


「あっ、ごめんなさ……」


 嫌な予感に、俺は即座に振り向いた。ただでさえ軽いポケットが更に軽くなったような、そんな感触。ちょっと待て、このパターン。しかもこの、聞き覚えのある生意気な女の声。

 俺が相手の姿を捉えるより先に、声は言った。


「……あ」



 どうやら俺よりコイツの方が先に気付いたようだった。そりゃあ、同じ財布を2度もスればいくらなんだって同一人物だと分かるだろう。

 背後には俺の財布を開けた状態で立っている金髪のガキの姿があった。スリの子供らしいボロボロの服を着て、長い金髪をひとつに纏めている。ガキは俺の財布を握り締めたまま、もう片方の手で指を差した。


「な、なんでここにいるのーっ!?」

「あっ、テメっ!指差すな、ガキ!」

「なっ、ガキ!?」


 スリのガキ……もといメイは俺の発言が気に入らないのか、頬を膨らませてこちらを睨みつけてくる。相変わらず生意気なガキだ。だいたいなんでコイツが此処にいるんだよ。


「テメーなんざガキで十分だ!」

「メイ子供じゃないもん!」


 メイは初めて会ったときと同じ灰色のワンピースを着ていた。唯一違うのは、背負った大きなリュックサックだ。動くたびにガシャガシャと何かがぶつかる音がしている。

 メイは『年寄り』だの『ケチ』だの『貧乏』だの、好きなだけ暴言を吐くと、重そうなリュックを背負い直した。重い物が入っているのか、背負い直すたびに体が揺れている。


「よいしょっ。……で、なんで『魔術師サマ』がここにいるの?」


 皮肉った調子で話すメイに俺は咽喉元まで出てきた怒鳴り声を抑えた。ここで怒ってもどうせさっきと同じ状態になるだけだ。

 俺はとりあえずメイから財布を奪い返して言う。


「……情報収集中」

「えっ、もしかしてまだサーシャさんと一緒にいるの?意外……」


 なんでコイツは喋り方から性格までいちいちムカつく奴なんだ。俺はクリフを殴る時の要領で作った拳を抑える。だいたいあのセルマからどうしてこんな性格のガキが生まれるんだ。

 メイは手に持った小銭を一つ一つ数えながら言う。


「相性合わないと思ったんだけどなぁ……」

「うるせぇ。……って、お前いつのまに小銭スってんだよ!」


 しかもメイの手の中にあるのは俺の数少ない全財産だ。メイはそれを丁寧に数え上げると、手際よくその半分を俺に差し出した。お前、まさかこの間の要領で半分貰ってく気か。

 考えていることが顔に出たのか、メイは俺の目の前で人差し指を振ってみせた。


「い・ち・お・う『魔術師サマ』はサーシャさんのお仲間だから、返してあげる。……その代わり、サーシャさんのいる宿に連れてって?」









 宿は街の端にある。外れかかった看板に宿の名前が書かれている寂れた宿だ。宿の名前は殆ど消えかかっていて、誰もこの宿の名前なんざ知らない。この街には宿はここしかないため、『宿』というのが此処の名前のようなもんだった。


「……それで、さっさと宿に戻って来たということですか」


 サーシャは椅子に座ったままメイに視線を向けた。手には砂漠で穫れるという赤い皮をした果物と、小型のナイフが握られている。クリフの看病なのか自分が食いたいからなのかは知らないが、俺はつい数時間前、この得体の知らない果物を買いに行かされた。もちろん文句は言ったが、口でこの女に敵う奴はいない。

 メイは荷物をサーシャの隣の椅子に置いて頷いた。


「うん!『クロノス』の弾数も少なくなってきたかなって思って」


 ガシャン、と鉄と鉄がぶつかり合う音が響く。奥のベッドで上体を起こしていたクリフがその音に目を丸くした。随分重そうに見えたんだろう、クリフは言う。


「そ、それの中身って、もしかして……」


 メイはニッと笑って、荷物を開けた。そして中身を1つ1つテーブルに並べ始める。


「うん、ナイフとか銃弾だよ。あと暗器とか、投擲とか……変わり種は吹き矢かな。クリフお兄ちゃん、いる?」


 テーブルに大きさや形の違うナイフや銃弾が置かれていく。爆薬から弓矢、ナックルダスターの類いまで、一体どこにどう詰め込めばそんなに入るんだと言いたくなるほど、様々な武器が並べられた。

 テーブルに並べきれなくなって俺のベッドの上にまで並べようとするメイに、クリフは慌てて首を横に振った。


「ぼ、僕はレイテルパラッシュがあるからいいよ。それよりどうしてこんなところに……?」


 メイは商品を並べる手を止めると、俺のベッドに腰を下ろす。そして手元にあった散弾銃の弾を弄びながら、さも当然のことのようにこう言った。


「お仕事だよ。出張で販売」

「出張で販売ぃ?」


 俺の声に、メイは唇を尖らせた。


「そう。持ち運びしやすい武器は歩き回って売るの。結構儲かるんだよ。ここら辺は武器を造れるような国がないから」


 空中に放り投げた3つの銃弾を順にキャッチして、メイはサーシャに視線を向けた。サーシャはあの気味の悪い色をした果物を丁寧に切り分けると、その一切れを俺に差し出す。


「この辺りにはネオ・オリ以外に大きな国が無いですからね。……フレイさん、どうぞ」


 差し出された果肉は、あの真っ赤な外見に反して白と黒の斑点になっていた。サーシャはキツい香りに顔を顰めながら、俺に皿を押しつける。こいつ、俺に毒味役させる気か。

 俺とサーシャの無言の攻防に苦笑しながら、クリフはメイに視線を向ける。


「……でも、グロックワース領からここまでどうやって?」

「ふふふ……。実はねぇ、メイとお母さんしか知らない通り道が国境付近にはいーっぱいあるんだよ!旅人も知らない道ばっかりだから、山賊もいないし……メイも1人で通れるの」

「1人って……1人で!?」


 驚愕の表情を浮かべるクリフにメイは頷いてピースをしてみせた。もしかしたら、俺たちからはぐれただけでメソメソするクリフより、この歳でグロックワースから山1つ越えて商売をしに来るメイの方が、よっぽど肝が据わっているかもしれない。

 メイは苦笑しながら言う。


「でも一応護身用の武器は持ってるよ。お母さんに時々稽古してもらってるから、とりあえず逃げるくらいは出来るし。お母さん教えるの上手だから」

「えっ、じゃ、じゃあ……セルマさんって、やっぱり……強い?」


 うん、とはっきり頷くメイ。そりゃそうだ、体型やあの筋肉の付き方からして一般人のそれじゃない。それにグロックワースの暗躍部隊つったら、十数年前まで裏の世界じゃ有名だった。何がどうなって武器商人に転じたのかは知らないが、あの女ならクリフよりずっと役に立つだろう。

 メイはベッドから下りると、クリフのベッドに腰掛ける。


「仕方ないよ、人には向き不向きがあるってお母さんが言ってた」

「……おい、それフォローになってないぞ」


 俺はキツい臭いを放つ果物をつまみながら呟いた。メイは聞いているのかいないのか、クリフのベッドに立てかけてあった剣に触れる。


「大丈夫、メイは剣を見ればね、その人の癖とか分かるんだよ。お兄ちゃんだってそんなに不向きってわけじゃ……」


 そう言ってメイは慣れた手つきでレイテルパラッシュを鞘から引き抜いた。金属が擦れる澄んだ音が響いて、刃先が窓から差し込む光に反射する。

 クリフの持つ剣は他の剣士が使う剣より刃が幅広くなっている。柄は拳を守るように造られていて、実は重量も細身の剣に比べると重い。


「……えっ?」


 メイは剣を引き抜くと、一瞬驚いたように手を止めた。そして今度はまるで質屋の人間のようにレイテルパラッシュをあちこちから眺め始める。

 驚愕するメイにクリフがオドオドし始めた。


「えっ、えっ?……な、なにか変な癖とかあった?」


 メイは何も言わずに真剣な表情で剣の柄の部分を見つめている。俺はあの得体の知れない果物を口に放り込むと、挙動不審になっているクリフに視線を向けた。


「使ってないのに癖もなにもあるか」

「……それは同感ですね」


 俺の反応に異常がないことを確認して、サーシャは新しい果物をナイフで切り始めた。サーシャの一言にショックを受けたのか、クリフは魂が抜けそうな表情でベッドに突っ伏す。半泣きなのはもう言わなくても分かるだろう。

 剣の柄や鞘を存分に眺め回したメイは、何か信じがたいものをみたような呆然とした表情で鞘にレイテルパラッシュを仕舞った。そして次の瞬間、がしっとクリフの腕を掴む。


「お兄ちゃん!」

「ううっ……な、何?やっぱりこの職業向いてない……?」


 もはや完全に気分が沈み込んでしまったクリフに対して、メイの目は爛々としていた。クリフの左手をギュッと両手で握りしめると、クリフの顔の近くで問いかける。


「このレイテルパラッシュって、ほんっとーに、お兄ちゃんの!?旅の途中でお兄ちゃんの友達が死んじゃって、その人の形見に持ってる剣だとか、お兄ちゃんの家に先祖代々伝わって来た家宝だとか言わないよねっ!?」


 おい、お前、それは一体何処の物語だ。

 メイは俺のツッコミを完全に無視して、サーシャに視線を向ける。サーシャはメイの視線に振り向かず、もくもくとナイフを動かしていた。皿の上にあの果物が並べられていく。

 クリフは目を輝かせるメイに迫られて、オドオドしながら首を上下に振った。


「う、うん……違うけど……」

「本当にっ!?」

「ほ、本当に……」


 クリフの言葉を聞いてメイはため息をついた。呆れるというより、満足したような表情を浮かべている。一体何が何なのか俺にはさっぱり分からない。あげくの果てにメイは、


「そうゆうことかぁ……」


 と、何度も納得したように頷き始めた。どうゆうことなのか分からないクリフは挙動不審に首をかしげている。

 俺がメイの商売道具を避けて椅子に座ると、サーシャが呆れたようにため息をついていた。俺は頬杖をついて小声で問いかける。


「……どうゆうことだ?」


 サーシャは俺を見て苦笑する。


「……『そうゆうこと』じゃないですか?」


 あまり人のことを使えないと言わない方がいいですよ、とサーシャは意味不明な言葉を呟いて席を立った。メイとクリフに皿を差し出す姿を眺めながら、俺はもう一度首を傾げるしかなかった。


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