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過去の予言書  作者: 由城 要
第1部 One Night Story
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第5章 4


 私が歩いて来たその足跡は、それがどんな些細なことであれ消えることはない。悲しみや苦しみばかりの跡が私の後ろに続いているのだ。

 それでも私は嘆かない。ひたすらに前へ進む。幸せという道を避けて歩む。神などというものが本当にいるのなら、私の生き様を笑えばいい。

 憎しみと悲しみの花が咲き誇る真ん中で、私は空を見上げよう。





  - この血に誓って -





 俺たちは無言だった。サーシャは荒野に視線を向けたまま、それ以上何も言おうとしない。

 言葉はまるで意味をなさなかった。サーシャの覚悟の前には、おそらく同情も励ましも灰のように変わってしまう。

 俺はエレンシアでサーシャの言った言葉を思い出した。


『私にはやらなくてはいけないことがあります。そのためなら、私はどんな残酷なことだって出来る』


 サーシャにとって一番残酷だったのは、嘘をついたことだろう。何よりも嘘を嫌っていた母親に死の間際に嘘をついた。人として、女としての幸せを取ると、笑みまで浮かべたのだ。それはサーシャの母親にとっても、そして嘘をついたサーシャにとっても残酷な選択だったのかもしれない。

 サーシャは俺たちの空気にため息を吐くと、少し苛立ったようにため息をついた。


「……ジェイロードを殺すことが私の目的です。予言書を探していれば、あの男は必ず私の前に現れる」


 クリフはじっと下を向いている。サーシャはそれだけ言うと、もう一度荒野に視線を向けた。


「もう十分でしょう……お二人は元の仕事に戻っていただいて構いません」


 それでは、とサーシャは歩き始めた。クリフが咄嗟に顔を上げる。俺が口を開かなければ、きっとクリフがサーシャを引き止めていただろう。


「……ふざけんな」


 俺の言葉に、サーシャは足を止めた。そしてこれ以上ないほど不機嫌な顔で振り向く。その顔には、聞きたいことは全て話しただろう、と書かれていた。

 サーシャは低い声で言う。


「……なんですか?」


 クリフがハラハラしたように俺とサーシャを見比べている。俺はズカズカとサーシャの前に歩み寄り、自分より小さいこの女を見下ろした。サーシャは眉間に皺を寄せた顔で俺を睨みつける。見下ろしているのはこちらなのに、この女の態度の大きさはなんだ。こいつと向き合ってると、時々屈強な男と体面しているときよりも圧力を感じる。

 俺は腹が立っていた。でもそれはエレンシアの宿でサーシャを怒鳴りつけた時とは違う。俺ははっきりと、この苛立ちの意味を知っている。どうしようもなくむしゃくしゃするこの感じの理由を。

 俺は腹の底から叫んだ。


「……ああ、くそっ!!テメェに頭下げるのなんざ、これっきりだからな!!」


 俺はそう言って片膝を引いた。膝を地面につけて、立てた左膝に肘を乗せる。昔から……おそらく、帝国が出来るよりずっと昔から伝わって来た、目上の者に対する忠誠の形だ。跪いて、頭を下げる。

 サーシャは戸惑うというより、顔を顰めてみせた。ある意味予想出来る反応だった。


「何のつもりですか?」

「……気が変わった。アイルークの奴にあれだけコケにされて引き下がれるほど、俺は大人じゃねぇ」


 俺はガキの頃からアイルークには敵わなかった。アイツの才能を羨んでばかりで、身動きがとれなくなるのをただ嘆いているしかなかった。このままサーシャと別れて平凡な生活に戻るのも悪くはない。こうやって馬鹿みたいに関わって、もしかしたら更に深みにはまるのかもしれない。

 でも俺は、この女についていくことを後悔しないだろう。どんな結末がこの先にあったとしても。口が裂けても言わないが、この女の覚悟に惚れた。俺にとっての理由なんて、それで十分だ。


「ぼ、僕も……ついていかせてください!」


 俺の様子に呆然としていたクリフが、慌てたように隣に並んで跪いた。サーシャは更に顔を顰めていることだろう。クリフはサーシャを見上げる。その顔はいつものように泣きそうだったが、その目は違っていた。

 クリフは言う。


「……僕も、知りたいことがあるんですっ!サーシャさん達についていけば、それが分かるかもしれない……だから、だからっ!!」


 声は涙声だった。それでもクリフの目は泣いていなかった。


「僕は弱くて臆病で、サーシャさん達みたいに強くはありません。……でも、僕にも譲れないものがあるんですっ!」


 サーシャは俺たちをじっと見下ろしていた。その表情は俺たちには見えない。それでも、サーシャがため息をついたのは分かった。呆れ果てたような、そんな空気が伝わってくる。

 サーシャは視線を荒野に向けた。晴れ渡った空が地平線の彼方まで続いている。空から照らし出す太陽の強い日差し。そこに立つサーシャは、果てしない荒野を見つめて呟いた。


「……仕方のない人たちですね……」


 パッと、弾かれたようにクリフが顔をあげた。サーシャは砂嵐の向こうを見つめ、背筋を伸ばす。腰に下げたホルスターが太陽の光を反射した。

 俺とクリフは立ち上がりサーシャの背中を見つめる。サーシャはもう一度ため息をつくと、はっきりとこう言った。


「共に行きましょう。……『過去の予言書』を手にする、その時まで」


 歩き出したサーシャの後ろ姿をクリフが追う。俺は二人から少し離れて歩き始めた。




 強い風が吹荒び、俺たちの旅の本当の始まりを告げている。


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