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過去の予言書  作者: 由城 要
第1部 One Night Story
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第3章 4


 気がつけば夕刻。俺はエレンシアの川に架かる橋の上にいた。

 明日にでもここから出るために、旅に必要なものは闇市や街で買い集めて来た。闇市では法外な値段の取引を要求されたが、睨みをきかせてやれば半分くらいに値は下がる。それでも高い買い物だったが、別に悔いはない。

 金は宿代の残りを使った。おかげで懐は以前のように寒々しくなっている。そんなことを考えるとため息が出た。

 汚い色の水が川を流れていく。





  - 誓いの言葉とリボルバー -





 榛の街、エレンシア。平原から斜めに差し込む夕日が目を刺してくる。地平線の向こうから吹き込む風が街中を通って消えていった。

 夕日なんかどの街で見ても同じだと思う。エレンシアは立地条件が良いだけで、見ているものはどの場所からも変わらない。同じ太陽がどう見えようが、そんなもんに価値はない。


「……」


 無言のまま川に視線を向けると、穏やかな流れの水が、俺と俺の真上にある蒼い空を映し出していた。俺はゆっくりと肺の中に溜まった息を吐き出した。

 どうやったら内側に溜まった苛立ちを吐き出すことが出来るのか。俺は何度もため息を吐くしかなかった。


(……あのクソジジイ、余計なもんばっか俺に押しつけやがって)


 サーシャのことも苛立ったし、アイルークのことも思い出せば陰鬱な気分になった。けれどそれは全部、あの予言書のせいだ。あのジジイの作った、馬鹿馬鹿しい幻想の産物。この世の中にそんなものを残せばどうなるか、あのジジイだって知っていたはずだ。

 拾った小石を川に投げ込むと、俺の姿は歪んで、そしてまた元に戻った。川の水は青いような黒いような色に染まっていて、河原の小石もまともな色をしていない。この川は闇市の方まで伸びている。そう考えると、何が流れているのかは考えたくもない。

 俺は顔を上げ宿に戻ろうと踵を返した。闇市が並んだ通りに背を向ける。すると、聞き覚えのある声が背後から響いた。


「……ああ、やっぱりフレイか」


 振り返って見ると、橋の向こう側にアイルークの姿があった。背格好は俺とさほど変わらないが、その顔に浮かべている貼付けたような笑みだけは違う。ガキの頃からずっとそうだ。すくなくとも俺は、コイツの笑顔以外の表情を見たことは一度もない。


「黄昏れるの好きだな、フレイは。昔もそうだったし」

「うるせぇよ」


 俺はアイルークに背中を向けた。別に昔から黄昏れてるような、更けたガキだったわけじゃない。実力で何でもかんでも決められるような、あの生活についていけなかっただけだ。だからいつも一人だった。いつも騒ぎ回る奴らの真ん中にいたアイルークとは正反対に。

 歩き出そうとした俺にアイルークは言う。


「……お前さぁ、本当にいいの?リリィ……じゃない、サーシャさん一人で受付済ませたんだけど」

「別に。契約解除したあとのことなんて知らねぇな」


 後ろからため息が聞こえてくる。俺はそれが癪に障った。コイツの一歩高いところから俺を見る姿勢が気に食わない。つい手が出そうになるが、俺はそれを抑えた。コイツとの縁もここで終わりなんだと、自分に言い聞かせて。

 しかし次の一言が俺を立ち止まらせた。声は確かに笑っていた。


「……怖いのか?」

「なっ……!」


 俺は振り返ってアイルークを睨みつけた。ヤツは苦笑を浮かべながら俺を見つめている。ガキの頃、爺さんに可愛がられている時のあの目。嘲笑するような、そんな色の瞳。

 乗せられてはいけない、と頭の何処かで制止の声がかかる。それでも俺は言い返さずにはいられなかった。


「んなわけがあるか!あの女の言いなりになって死ぬのが馬鹿らしくなっただけだっ!!」

「契約者、だろ?彼女は。……護衛なら多少の危険も顧みてはいけない。お前は彼女に従うか、それが嫌なら彼女を止めるべきだった」


 俺はアイルークに歩み寄り、その胸ぐらを掴む。それでもコイツの表情は変わらなかった。恐怖の色も、焦りの色も、俺は見たことがない。今、この状況下でさえ。

 橋を行き来する人間が俺たちの言い合いに振り返る。しかしさほど気に留めた様子もなく、歩みを再会した。橋の向こうは闇市場だ。おそらくその一帯では喧嘩なんて日常茶飯事なんだろう。


「ふざけんなっ!!あのジジイの孫だからって無理矢理ここまで連れて来られて、あの女を守って死ねってか!?んなのテメーがやればいいだけの話だろ!!」


 俺の言葉にアイルークは苦笑を浮かべた。胸ぐらを掴んだ手を払うと、襟を正しながら言う。むかつくくらい余裕の動作で。


「……悪いけど、俺は俺の契約者の為に命を賭けてる。だからいくら美人のサーシャさんとはいっても、命まではちょっとね」


 俺は舌打ちをして、アイルークに背を向けた。やっぱりこいつに関わるんじゃなかった、と唇を噛み締めながらそう思う。口でも才能でも、こいつには敵わない。悲しみも苛立ちも通り越して、虚しささえ浮かんできそうだった。

 アイルークは咳払い一つして、俺の背中に向かって言う。


「……サーシャさんは今日の深夜にコロッセオに出るそうだよ。一応俺の名前を言えば、市場が場所を教えてくれるから、お前も来てみれば?」


 ふざけんな。あの女とはもう他人だ。

 俺は立ち止まらず、宿への道を戻って行った。









 受付を済ませると、コロッセオの待合室に通された。どうやら試合を待つ人間がここに集められるらしい。小さなホールには長椅子が4つ置かれ、そのうち3つには人の姿があった。2人組の者、1人で壁に背もたれている者。私は誰も座っていない椅子に腰を下ろした。

 ホールには受付に繋がる扉と、闘技場に繋がる扉がある。試合に決着がついたのか、闘技場の扉からは歓声が響いていた。しばらくすると扉が開く。


「治療はいるか?」

「……」


 コロッセオの人間と共に現れたのは、先ほどのコルセスカを持った男だった。あちこちに怪我があるが、さほど致命傷ではない。男は首を横に振った。

 男はゆっくりとこちらに近づいて来た。私はふと自分の足下に男のものらしい荷物があることに気付く。


「……どうぞ」


 荷物の麻袋を手に取った私は、男の手にそれを握らせてやった。男は緑の瞳を真っすぐに壁へと向けたまま、口を開く。


「?……何処かで聞いた声だが」


 男の視線は私ではなく、何処か虚空を見ている。私はじっと男の顔を見上げ、あたりに聞こえない小さな声で言った。


「……『サーシャ』と言えば分かりますか。私も名前だけは知っています、ジャン・ユサク」


 私の言葉に、男の表情が変わった。何度か瞬きをして、そうか、とだけ呟くと、持っていたコルセスカを器用に布の袋の中に仕舞い始めた。


「……」


 随分と背の高い男だ。私の頭二つ分はあるだろう。長い槍が小さく見えるほどにがたいが良い。歳は40前といったところだろう。そして緑の両目。これは特殊な義眼で、とある国の選ばれた戦士のみに許されたもの。彼らは視力を失う代わりに、それ以外の聴力、触覚、味覚、嗅覚が人より敏感になる。


 そして彼らは最強の戦士となるべく、厳しい訓練を行う。


「……お前も出るのか」

「……はい。何か?」


 ジャンは私を見下ろすと、低い声音で呟いた。おそらく周りに聞かれては不都合なことなのだろう。私は椅子から立ち上がり、ジャンを見上げた。


「……今晩、エレンシアの公国軍がコロッセオに踏み込んでくるという噂がある。予言書の在処に大公が気付いたようだ」


 その言葉に私は顔を顰めた。つまりコロッセオの賞品が『過去の予言書』にすり替わったことに国が気付いたのだろう。今まで見て見ぬフリをしていたが、予言書絡みのこととなっては放っては置けないのだろう。あれがあれば、エレンシアは世界を統一することも出来る。

 私はため息をついた。


「随分とタイミングが悪いお話ですね……」


 逃げれば殺され、試合に出ても途中で軍に踏み込まれる可能性がある。つまりはそうゆうことだ。私が個人で予言書を探している人間だとバレてしまえば、おそらくただでは済まないだろう。

 私はジャンを見上げた。焼けた黒い肌に緑の瞳が目立つ。


「貴方はどうなさるおつもりですか?」

「……宿はコロッセオの人間に見張られている。状況は変わらない」


 私はもう一度ため息をついた。彼の背格好では逃げるにしても目立つのだろう。睫毛の数まで覚えているほど執念深い、あの闇市の老人達が、目の色の違うジャンを取り逃がすわけがない。私は肩を竦めて苦笑するしかなかった。

 向こうで次の試合の人間が呼ばれ、扉から出て行った。帰ってくる時は生者か死者か。それは誰にも分からない。


「どちらにしても……なるようになるだけ、だ」


 ジャンは言うことだけ言うと、私の隣から外へと歩いて行く。私はその背を見送りながら言った。


「そうですね。……では、また」


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