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過去の予言書  作者: 由城 要
第6部 One Messiah Story
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第4章 1


 火の粉は燃え上がり、やがて黒く燻って空に消えた。晴れ渡った太陽の下、のぼる煙を見つめながら俺はため息をつく。これでいいだろ、ジジイ。俺も、アイツも、誰もこの予言書を手にすることはない。誰にも知られずに消えていく。これで平等、ってやつだろ?





  - 別れの言葉 -





 火の勢いに太陽が覆い隠される。公園の片隅で燃やされた煙はもくもくと空へ上っていく。僕は咳払いをしながら火の中の予言書を見つめていた。もったいないと思うのは、多分当然のことだと思う。燃え上がる5冊の『過去の予言書』。これがあればきっとこの世界を支配することだって不可能じゃない。

 勿論、僕はそんなことしたいとは思わないけど。


「……でも、本当にいいんですか?エメリナさんに言わなくても」

「うっせぇな。所有者は俺なんだ。オフクロは関係ねぇよ」


 隣で火を調節しながら、フレイさんは口を尖らせた。この表情からすると、本当は族長のエメリナさんに一言通した方がいいのかもしれない。けれど言い出したのはサーシャさんだし……反対は出来ない。

 後ろで立ったまま僕らの様子を見つめていたサーシャさんがため息をつく。


「あとで誰かに奪われると面倒です。フラフラと遊び回るフレイさんに持たせるわけにもいきませんし、エメリナさんの家に保管するのも危険でしょう」

「……そうですね」


 過去を見ることができる魔法の本。そんなものが存在すること自体、最初から間違っていたんだ。

 本当はサーシャさんが予言書を燃やしたいと言ったとき、少しでいいから使わせてもらおうかと思った。故郷が消えたあの一件……あの真相を知ることが出来るかもしれないと思ったから。でも、口に出かかった言葉はそこで止めておいた。

 それより、とサーシャさんは僕を見下ろす。なくなった片腕に視線を落として、サーシャさんは言った。


「お医者様の診断は?」

「えっ?あ……もう大丈夫だそうです」


 あはは、と僕は乾いた笑いを漏らした。あのお医者様には最初病院に担ぎ込まれたとき、かなりガミガミ言われてしまった。ちぎれたとはいえ、腕半分持ってくればまだ修復の見込みがあったかもしれない、と。どんなに腕が立つ医者でも腕を生やすことは無理だと僕も分かってる。もちろん治るなんて思ってないし、あれは……あの右腕は、あそこに置いてきたのだから仕方ない。

 おかげで右腕は肘と肩の真ん中から綺麗になくなってしまった。それでも、ここまで対応してくれたお医者様は凄いと思う。ただ、問題があるとしたら……利き腕がなくなって、日常生活も剣を振ることも難しくなってしまったことだけど。


「そうですか。なら問題ありませんね」


 サーシャさんの言葉に、ふとフレイさんが顔をあげた。僕は首を傾げる。


「……行くのか」


 そう言ったフレイさんを見つめ返し、サーシャさんは頷く。僕は驚いて立ち上がった。


「え、えぇっ!?」


 いつものように五月蝿そうな目で僕を見返して、サーシャさんは数少ない荷物を持ち上げる。突然の別れに動揺する僕は、フレイさんとサーシャさんを交互に見ては、ただオロオロするしかなかった。

 フレイさんは肩をすくめて大きくため息をつく。


「もともと過去の予言書を集めるまでの契約でしたから。この後はお好きにどうぞ」


 お金は出ませんが、と呟いて、サーシャさんは僕らに背を向ける。そんな。前触れもなくそんなこと。

 どうすればいいのかとフレイさんに視線を向けるけれど、フレイさんは引き止める様子も見せなかった。ただジッとサーシャさんの背中を見つめている。


「……それでは」


 背中を向け、去っていくサーシャさん。僕は呆然とするしかなかった。予言書を集めた後にどうなるか、なんて考えてもいなかったから。確かに、僕らの目的はここで終わってしまった。僕らの出会いもすべて予言書が始まりだったし……でも、本当に?

 サーシャさんの背中が遠くなると、フレイさんも歩き出した。僕はあわててフレイさんに問いかける。


「ふ、フレイさん!?」

「お好きにどうぞってバケモノ女も言ってただろ?生きてりゃそのうち会えるだろうよ」


 じゃあな。そう言ってフレイさんはサーシャさんが向かった道とは別の道へと歩いていった。僕はまたオロオロと2人の背中を見つめる。

 突然契約を組んで、突然一緒に旅をすることになった僕らだけど……別れも突然なんて。そんな……。

 隣で燻っている炎が、風に流されていく。呆然としたまま、僕は公園の片隅に一人、残された。










 心地よい風が吹き抜ける。砂漠から少し離れた平野には、まばらに緑の絨毯が広がり、木々も点在している。乾燥しているが澄んだ匂いが鼻をくすぐった。平野の中央を通る道は、数多くの人々の足跡が繋がって、地上に真っすぐな線を作っている。

 旅人の姿はなかった。この辺りはネオ・オリに近い。戦争の警戒態勢が解かれていないのだろう。目を細めて辺りを見回すと、陽炎が地の果てに揺らめいていた。

 荷が重い。体にのしかかるこの疲労感はどこからきているのだろう。左手で眉間を抑え、そして息をついた。早々に出てきたのは正解だったようだ。

 照りつける太陽は容赦なく、私を背中から照らし出した。足下に見える影は私の足取りを真似るように先を行く。ふと、荷が揺れる音とともに影が傾いた。

 どうやら膝が砕けたらしい。


「……」


 どれくらい歩いてきただろう。果てしなく長い間をずっと、歩き続けてきたような気がする。思えば、私は生まれたその時から旅をしていた。帝国跡からカタリナによって助け出されたあの日から、ずっと。

 もう片方の膝も簡単に崩れた。私の瞳は太陽を拝む。これだけの晴天はいつ以来だろう。まるであの日のような残酷で暖かな陽の光。


「……」


 体の重みはやがて心地よさへと変化する。眠るのだろう。体がそれを欲している。いや、私自身が、と言った方がいいのかもしれない。永遠に覚めることのない眠りによって、先覚者……ルミナリィは、滅びるのだ。

 手のひらに目をやると、あちこち傷の跡があった。母の死に際もそうだったと、静かに目をつむる。かつてトゥアス帝国の華と唄われた王女の死に顔は、その面影をなくしていた。それでも私には誰よりも美しく見えた。


「……嘘、か……」


 体が崩れ落ち、うつぶせのまま私は地面に顔を伏せる。僅かな力で横を向くと、疎らに生えた雑草の中に一輪の白い花らしきものが見えた。太陽に向かって咲く姿は美しく、私は静かにそれを見つめる。歪んだ視界の中ではそれがどういった花なのかも識別できなかったが……名もなき花はそこにしっかりと根を張り、花を咲かせていた。

 母の死の間際に嘘をつき、そして兄を復讐のために殺した。人の定めを口にするとしたら、私の生きた時間はその言葉につきるのだろう。


「……」


 それでも、こんな風景を目にしながら、文字通り『永遠の眠り』につけるというのならば、それも一興。

 ふと、途切れるように目の前が暗くなる。足が動かなくなり、手がその役目を終え、やがて五感が奪われていくらしい。それでも、耳だけは静かに風の音を聞いていた。










 永遠の命とかいうものが、この世に存在すること。それを人は羨み、渇望してきた。誰もが単純に欲しがっている。かくゆう俺だって、もしかしたら心の何処かでそう思ってるかもしれない。それでも人が死ぬことを怖がるように、永劫とか永遠だとかいうものもまた、恐ろしい存在なのだと、俺にはそんな風に思えた。

 荷物を肩にかけながら、俺は歩いていた。煙草をくわえながら辺りの風景を見る。どうやらこっちを通ると次の街へは遠回りになりそうだ。舌打ち一つして、吸い殻を地面に捨てる。靴のかかとで火を消すと、煙を吐き出しながら前を見た。

 見覚えのある女が一人、道のど真ん中に倒れている。


「チッ……」


 どうせこんなことだと思った。帝国跡を抜けてから今まで、コイツは一度も体の調子を口にしなかった。俺がそのことを口にしようとすると話題を変え、素知らぬ顔で席を立つ。一見自然に見えて不自然なその様子に、心の何処かで勘付いていたのかもしれない。

 近づくと、眠っているのか死んでいるのか、体はピクリとも動かなかった。それでもまだ脈はある。間違いなくバケモノだ。俺は肩にかけた荷物の中に手を突っ込んだ。


「まったくもって手間のかかる女だな」


 憎まれ口を叩く。聞こえているだろうか。おそらくコイツのことだから、全て聞いているに違いない。なら、今のうちに言っておこう。あとで罵詈雑言飛ばされてはかなわない。


「……お前がルミナリィだか何だかは知らねぇけどな」


 人の手によって作られる永遠なんてものは、存在しない。現にてめぇだって、薬一つで死んでるのと同じ状態じゃねぇか。頭と手足をぶった切って粉々にしてばらまいたら、結局火葬して灰を撒くのと同じじゃねぇか。


「お前が死んで、何か変わんのか?」


 死のうが生きようが、何も変わらない。ただこの地上に立つ人間の数が減るか増えるかの違いだけ。俺たちはただの旅人だ。そう考えると、普通の人間よりその命は軽い。

 死ぬのも生きるのも自由だ。それでも……生きてやがて死んでいくという、その摂理を選んだ人間が、こんなところで簡単に受け入れてどうする。


「……俺は端っからてめぇが気にくわねぇんだよ」


 荷物に突っ込んだ指先がアイルークから受け取った解毒薬の瓶に触れる。透明な液体がガラスの中で揺れた。白い顔をしたサーシャの顔を叩いて、俺は言った。


「最後まで足掻きやがれ、このバケモノ女」










 遠くなる音の中で、何かはっきりとした言葉が聞こえた。なんと言われたのかは分からなかったが、それでも馬鹿にされたような、そんな言葉であることは理解した。

 口の中に何かを流し込まれる。味覚は鈍っていたものの、喉元を通すには飲み込みづらい液体だった。呼吸を塞がれるような感覚に肺が痙攣する。


「あっ、吐き出すな馬鹿っ」


 何か固形物を溶かしたような、そんなとろみのある液体だった。途端、強烈な味に顔を顰める。薬と呼ぶには刺激の強い味だった。五感を鈍らせていた感覚を晴らすには十分なものだろう。気付け薬を口から入れられているような、そんな不快感。


「ったく、てめぇは……っ」


 苛立った声と共に今度は口をしっかりと塞がれて流し込まれた。吐き戻さないようにゆっくりと。

 全て飲み干すと、吐き気を感じた。それでもしばらくすると口の中に残っていた液体の味も消えていく。スッと胸の中に風が通ったのを感じた。呼吸を2、3繰り返し、そして静かに息を吐く。

 ふと、傍らにあった気配が立ち上がった。


「クソ不味いな……。水は……」


 何かを探すようにそう呟いた後、何かに気づいたように声は止まる。

 ゆっくりと意識が戻ってきた。まだ目は開かないが、大体そこで繰り広げられているであろう様子は窺える。水、と呟いた声が、いつものように、聞き飽きた大声をあげる。


「げっ、クリフ!?」

「えっ!?あ、あ、ああああの、そ、その……見てないですっ!見てませんっ!!」


 遠くの方から、また聞き覚えのある声が響く。おそらく蛇に睨まれた蛙、猫に追いつめられた鼠……そんなところだろう。近くにいた気配がジリジリと相手に詰め寄っていく。ビクビクと怯えながら、相手は弁解の言葉を必死に探す。


「えっと、あの、分かってます!あの、あの、何にも見てないですっ」

「テメェ、本気で殺してやるっ!!」


 また騒々しくなってきたようだ。逃げ回る足音と、追い回す足音が響いている。私はため息をついた。

 やはり、私の死に際は綺麗に終わらせてはくれないらしい。


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