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過去の予言書  作者: 由城 要
第6部 One Messiah Story
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第2章 4


 戦いに善悪はなく、そこにあるのはただ理由のみ。だからこそこの腕は動く。思考は私を奮い立たせる。砂塵の中に吹き荒ぶ風は、全てを知りながらもただ無慈悲に通り過ぎていく。

 そこに生半可な結末など存在しない。





  - コギト・エルゴ・スム -





 終わらない雨はないという。それでもあの時から、確かに終わらない雨が始まった。悲しみを演じるようにハンカチで目を抑え、誰もがコソコソと口裏を合わせたように同じ台詞を発する。慣れない黒い喪服を着せられた俺は、まるで鏡でも見るように同じような服を身にまとうアイツを見ていた。


「この度は……」


 葬式は初めてだった。あちこちから人が集まって来る様子に、俺は少しだけ心の何処かでわくわくしていた。それが顔すら殆ど覚えていない伯父の葬式ならなおさらだった。

 子供達のほとんどが同じような喪服を着ていたが、顔を合わせる度にはしゃぐ様子を見れば意味が分かっていないのは一目瞭然だった。


「……」


 ただジイさんだけが、周りとは違う表情を浮かべていた。ただ悲しみにふけるエメリナ様とは違う顔……。


「お爺ちゃん!」


 あれは雨の降る夏の夕方。どしゃぶりのように降り続ける雨の中で、俺は葬列の意味も分からず、いつものようにジイさんのご機嫌取りに駆け出していった。ジイさんはフレイを抱きかかえたまま、葬列の先頭付近を歩いていた。

 あの頃はまだジイさんがフレイを可愛がっていた頃だった。伯父は誰よりもよく出来た魔術師で、エメリナ様もジイさんによって気立ての良い嫁だった。その間に出来た孫。当時のジイさんの可愛がりようは俺の比ではなかった。最も、当時はまだ魔術師としての力量に差はなかったが。


「お爺ちゃん!」

「……」


 ジイさんの目はうつろだった。何処か遠くを見ているようだった。抱き上げられたフレイもまた、自分に興味のないジイさんの顔に首を傾げ、一瞬だけ俺たちは顔を見合わせた。


「……アイルーク」


 ふと、エメリナ様から呼びかけられて、俺は足を止める。エメリナ様は葬列から離れ、俺の肩に手を置くと、ただ悲しそうな目をして微笑んだ。勿論、それで全てを察したわけではなかったが追いかけてはいけないのだと、子供心に気づいた。

 エメリナ様は俺の背中を軽く撫でると、立ち上がって再び葬列に加わっていった。


「……」


 黒服を纏った列がゆっくりと雨の中を進んでいく。辺りからチラホラと聞こえる偽りの同情の言葉を聞きながら、俺はひとりぼっちになった。

 雨が水たまりに叩き付けられる。空が激しい感情を表すかのように、冷たい飛沫が頬を打った。小さい体には堪える冷たさだった。










 再び金属音を放つサーベル。暴発したカイロスの銃弾は私の頬の真横を通り過ぎた。剣先を弄ぶように螺旋を描き、利き腕を絡ませる。同時に投げの体勢を取ると。ジェイロードは簡単にそれ勢いを殺し、体を捻った。次の瞬間、攻撃と防御が逆転する。私は咄嗟に体を引くと、後ろに飛び退った。


「……っ、ハァ」


 息が切れる。どれだけこの攻防を続けているのだろう。心臓が跳ね上がったように緊張状態を続けている。心臓に悪いとはこのことを言うのだろう。

 乱れる息を立て直しサーベルを振った。腕を見ると、血と共に袖が破けている。右手に伝い落ちた血液の感触が嫌悪感を呼んでいる。

 しかしそれを拭い取るより先に、ジェイロードが動いた。


「!」


 カイロスの銃口がこちらへ向けられる。咄嗟に右前方に飛び込むと、体勢を立て直すより先に視界の端に何かが横切った。

 刹那に取った判断は間違ってはいなかった。次に来る攻撃を判断するより先に、武器を持つ手を蹴り上げられる。鈍い痛みとともに剣の柄が指先から弾き飛ばされた。

 焼き付ける太陽の光の中に、刃が消える。高く跳ね上がったサーベルが音を立てて地面に突き刺さった。砂に剣を突き立てる乾いた音だった。


「くっ……」


 不幸なことにそれは兄のすぐそばにあった。兄はカイロスを戻し、サーベルの柄に触れる。ゆっくりと地面から引き抜かれた刀身は、確かに私の姿を映していた。

 ジェイロードは引き抜いたサーベルを持ち直すと、体勢を崩した私に先を向けた。


「槍は洞察、銃は不動心……」


 それは母に習った言葉だった。槍術は相手を見る洞察力を必要とし、銃撃には何事にも動じない心が必要となる。そして剣術は。


「剣は……才幹」


 一振りされたサーベルが勢いよく風を切る。全てを切り裂くかのようなその無情な音は、おそらく万人のため息を誘うだろうと私は思った。

 それでも、と私はクロノスに指先を伸ばす。引き金にかけた指先に力がこもる。










 異物感とでも呼ぶのか、体に逆流する魔力に耐えるのは正直辛かった。鳥肌どころじゃない、嫌悪感。確実にフィオの力は強い。ガキの頃から知ってたことだったが、それを改めて思い知った。気を抜けば体の何処かが弾け飛びそうだ。

 足場の砂が舞い上がる。螺旋状に砂を吹き飛ばし、焼け付く太陽の下に弾け飛ぶ。ヴァルナはフィオとアイルークを睨みつけながら呟いた。


『共有が深い……随分とあの男に入れこんでいるようだな』


 それがどうした馬鹿野郎。今それどころじゃねぇっつーの!

 俺は視線だけをアイルークに向けた。にやけた顔を見ながら、ヴァルナの声を聞く。


『……浸食と共有の境界を上手く保っている。主導しているのはどちらだろうな』


 主と使役の意識がどれだけ通っているか。共有の状態っていうのはつまりそうゆうことだ。これがどちらが強くてもいけない。下手をすると使役の力に浸食されることもある。対等な力を扱うことにより、魔法は更に精度を増す。

 それを主導してるのはどっちか、だって?


「……」


 チラ、と横目でヴァルナを見た。ヴァルナはこちらを見なかったが、何をするのかは大体見当がついた。下手をしたら一気に決着がついてしまう、一つの賭け。俺は意識を途切れさせないように集中を高める。

 ……ああ、そうだ。諦めるのは全てが終わった後でだ。

 俺はヴァルナの名を叫ぶ。握りしめた拳に力が籠った。


「!」


 派手な音を立てて、アイルークの足下から木の根が飛び出してきた。剣にも劣らない鋭利な突起が飛び出してくる。気配を悟ったのか、アイルークは瞬時に後方へと飛び退った。

 一瞬、体に圧力をかけていた魔力が緩んだ。フィオの意識がアイルークに向いた。俺は即座にフィオを縛っていた力を解く。そして即座にヴァルナの召喚を解いた。

 俺は肩についた砂を払い落とした。羽織っていたローブを脱ぎ捨てる。ここからは運と力次第だ。つま先に力を入れ、アイルークとの距離を一気に詰める。フィオが何かに気づいたように顔を上げた。その瞬間、足下の砂が弾け飛ぶ。俺はそれを避けると、フィオの脇を抜けてアイルークに殴り掛かった。


「!」


 突き出した拳は、あいつの顔のすぐ横を掠めた。咄嗟に体を引くと、フィオが盾になるようにアイルークの前に出る。


「っ……なんだ、もう自棄になったのかっ?」


 僅かだが動揺の色が伝わってくる。顔をしかめてこちらを見るアイルークに、俺は鼻で笑ってやった。優秀な魔術師サマは殴り合いの喧嘩なんてロクにしたことねぇだろ。俺は殴られ方も殴り方もよく知ってんだ。誰かと違って俺は出来損ないだからな。

 俺はもう一度アイルークに殴り掛かった。しかし、拳はあいつの顔面に届く寸前に、壁に当たったかのようにピタリと止まる。そして次の瞬間、爆発でも起ったように俺の体は弾き飛ばされた。


「っ!……く」


 砂の中に転がると、次の刹那、再びそこから吹っ飛ばされた。どうやらフィオの逆鱗に触れたらしい。口に入った砂を吐き捨てると、血の味が広がった。俺は痛みに耐えながら、次に来る一手をかろうじて避ける。


「……っ」


 俺は更なる攻撃を避けながら、アイルークに飛びかかった。まだ体勢を整えていない。腹部へ蹴りを入れると、僅かに体のバランスが崩れた。相手の襟首を掴み、今度は顔面に強烈な強打を与える。今度はアイルークの体が砂の中に倒れ込んだ。

 更に殴り掛かろうと拳を握りしめたその瞬間。俺は首筋に冷たいものを感じた。


「――――!」


 首に触れた手は、形あるものの感触ではなかった。灰色に近い翼が俺の首にかかっている。その羽根はまるで刃物のように鋭く光っていた。勿論締め上げるつもりではなく……下手に動けば首を飛ばすという意味なのだろう。

 俺は横目でフィオの様子を見つめる。睨み返してくる瞳は本気だ。ガキの頃、初めてアイルークが召喚を成功させたときのような、あの恐怖感。背中に冷たいものを感じながら、俺は静かに視線を落とした。

 ここまで、か。俺は口を開く。


「動くなと言うつもりだろーが……俺を殺すことより主の心配した方がいいんじゃねぇか?」


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