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過去の予言書  作者: 由城 要
第6部 One Messiah Story
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第2章 3

 数値化された信号の中で、私の声はちゃんと聞こえる?終わりのない暗闇と、作り込まれたプログラムの間。敷かれた一本の線は、どこまでも果てしない彼方へと繋がっている。交わる場所はきっとない。それでもきっと願ってしまう。だから叫ぶの。ねえ、お願い。私を助けて。



  - オート・マタ -




 僕は肩で息をしながら立ち上がる。もう一度剣を握り直した。シルヴィの言葉と共に息を整える間もなく攻撃が繰り出された。

 そのスピードは先ほどと変わりないものの、一撃一撃の力がいっそう重くなった。蹴り中心の攻撃スタイルは変わらないけれど、ちょっとでも隙を見せれば人一人の体なんて簡単に砕いてしまいそうな力だ。

 ぞっとするくらいの空気を切り裂く音。耳元を横切る蹴りに僕は寒気を感じた。


「っ……!」


 悪いイメージばかりが頭をよぎっていく。目をつむっちゃいけない。後ずさろうとする足で踏みとどまって、僕はレイテルパラッシュを握りしめた。シルヴィの次の攻撃を目で追う。瞬きをしてはいけない……見なければ、相手の次の一手を読むことはできない。

 シルヴィが軸足で地面を蹴った。おそらく体を捻って回し蹴りを繰り出すつもりなのだろう。僕は僅かに片足を引いた。攻撃をギリギリで避ける距離。


「!」


 恐ろしいほどの近距離。それでしか攻撃をかわすことはできない。それ以上に動けば、おそらく次の行動が遅れてしまう。生き物の勘か、それとも本能か……まるで線引きされたようにそれが分かる。最前の対処、最前の行動……百から選び出した一つのみが、僕を生かす。

 違う、生かされている。


「……っ!」



 頭が何か考えるより早く、体が動いたことを感じるより早く。おそらく意識が動いていた。鉛を叩き付けるように振り下ろされた蹴り。避ける足に力を込めて、シルヴィの背後へと転がり込む。

 誰もが、生と死の線引きされた道の上を歩いている。たとえどんな強者であろうとも、風前の灯である弱者であろうとも。僕はただの傭兵学校出の剣士で、シルヴィは戦う為につくられた存在。シルヴィの優勢は火を見るより明らかだ。


「っ……シルヴィ!」


 僕は大きく腕を振り上げた。剣先が空を切り、シルヴィの緑色の髪が数本だけ風に舞う。反射的にシルヴィが僕の腕を掴んだ。


「!」


 今まで聞いたことのないような、何にも例えられないような生々しい音が骨を伝って響いた。吹き出す、という表現が正しい。何が、とはあえて考えなかった。

 美しい色だった。真っ赤に染まった右袖が、つなぎ止めるものを失って地面に落ちる。


「……」


 シルヴィは、静かにその末端を見つめていた。人間のように作られた硝子の瞳が、微かににじんでいる。

 時間はまるで小川の流れのようにひっそりとして緩やかだった。僕は左手に握りしめたものを突き出す。ただそれだけでよかった。生と死の狭間で、それが全ての終わりだということを風が耳打ちした。


「……ッ……」


 剣は鋭い切っ先を機械の中に埋め込み、微かに火花がその服を焦がした。血の代わりに隙間からのぞいたのは無数のコード。透き通った瞳をゆっくりと閉じて、膝が崩れ落ちる。

 倒れる一瞬、シルヴィは僕を見た。砂の中に崩れるように倒れ込んだ彼女を受け止めようと手を伸ばす。けれどそれは空しくも空を切った。そして同時に、痛みが津波のように流れ込んできた。


「うっ……ぁ、く……っ!」


 左手で、僕は傷口を握った。どうするべきなのか、頭は殆ど働かなかった。僕は砂漠の中に倒れ込む。傍らにはレイテルパラッシュで腹部を刺されたまま子供のように蹲るシルヴィと、持ち主をなくした見覚えある右腕が横たわっていた。









「フィオ。……やれ」


 アイルークのその言葉に、俺は寒気を感じた。咄嗟に後ろへと飛び退る。次の瞬間、まるで巻き上がるように足場だった砂が空中へと吹き上がった。フィリオーネと呼ばれるあの蛉人はジジイの使っていたNO.1の蛉人に次ぐNO.2。冗談じゃねぇ、ちょっとでもあの魔法にかかったら殺される。

 ヴァルナは一瞬の殺気を感じ取ったようだった。精神を深く共有させると、蛉人と主の精神は一体に近くなる。危険を察知したのは俺ではなくヴァルナだったのかもしれない。


『……相変わらずの性格のようだな』

(全くだ……くそ)


 続けざまに俺の両脇から砂が吹き上がる。咄嗟に前に避けようとしたが、足が止まった。チッ、陽動か。


「ヴァルナ!」


 叫ぶより早かったか、足場と周辺を覆うように蔓と枝の結界が現れた。人間には到底発動が不可能な魔法陣が浮かび上がっている。ヴァルナの結界の間からアイルークを見ると、ヤツは皮肉な笑みを浮かべていた。

 その目は蛉人に守られている俺を皮肉っているのか、それとも蛉人を抜きにしても力及ばない俺を笑っているのか。あの表情に俺は覚えがあった。……そう、ガキの頃、ジジイのご機嫌取りに村の子供達が躍起になっていたあの頃だ。


(ちっ……!)


『ねぇ、みんな。かくれんぼしようよ。ホラ、フレイも』


 ガッ、と鈍い音がして、強い魔力に結界が歪んだ。アイルークの隣に浮かぶフィオは、もはや蛉人の女王とは呼びがたい冷酷な表情を浮かべている。その殺気は刃のように鋭く、ヴァルナは険しく眉をひそめた。


『魔法を使って上手く隠れるんだよ。ほらほら、フレイは鬼!』


 歪んだ結界は思わぬ隙を生みやすい。俺は咄嗟に結界を解いた。その瞬間、結界にかかっていた負荷で後方へ吹っ飛ばされる。視界が二転三転して、空が視界を覆った。

 口の中に砂が混じっている。くそ、と呟いて俺はそれを吐き出した。血が混じった唾は赤くにじんで、手の甲で口元を拭う。



『……なんだよ、フレイ。まだ誰も見つからないのか?』

『ははは、声が聞こえても誰も姿が見えないって?ばかだなぁ、じいちゃんに教わらなかった?』


 膝に手を置いて立ち上がる。距離が離れた。追撃してこないのはフィオの攻撃範囲を超えたからか?

 しかし俺の予想は早々に裏切られた。足下を通ったムカデがまるで内側から爆発するように、小さく弾ける。見ると、フィオが軽く片手を向けていた。その手のひらが今度はこちらへと向けられる。


「お前は本当に馬鹿だな、フレイ。……フィオの攻撃から逃れられると思った?」

「チッ、ヴァルナ!!」


 守りも殆ど役に立たない。格が違いすぎる。ジジイの使役する蛉人王デルヴァ、アイルークが従える女王フィオ……蛉人はその格が高ければ高いほど、その魔力も強い。それに対してヴァルナは……。

 ヴァルナを呼ぶ俺の声に、奴の魔力が応じた。地面から伸びた蔦がフィオの手足に絡まり、自由を奪う。蛉人に触れるのは危険を伴う。それでも、フィオを拘束しておかなければ、1しかない勝ち目が更に減ってしまう。


「くっ……」


 フィオへの拘束はヴァルナを通じて俺自身にも伝わってくる。フィオは嫌悪を露にしたようだった。反動のように強い魔力が逆に送り込まれる。


(くそっ……下手したら)


 下手したらさっきの虫と同じことになるぞ。

 俺は唇を噛み締めてアイルークを見た。アイルークは馬鹿な子供を見るような目で、俺を嘲笑っていた。










 熱くジリジリと焦がすような太陽の光が、空から降り注いでいる。それでも私の瞳はその輪郭を捉えることが出来なかった。視界が霞む。まるで水面を通して見つめたかのように、私は空を見ている。

 傍らにはクリフが横たわっていた。真っ赤に染まった血液がゆっくりと地面を潤していく。私が視線だけでそちらを見ると、クリフは痛みに呻きながらもそれに気づいたようだった。


「ク、……リフ……」


 終わったのだと。私はそう感じた。微かに顔を動かすと、クリフの右腕は肘の少し上の辺りから別な場所に転がっている。傷口を押さえる左腕に、辛うじて動く私の右手を重ねた。


「……シル、ヴィ……」


 ずっと考えていた。死とは何か、生とは何なのか。私は人形であって人ではなく、生きるものの本当の痛みはおそらく壊れるまで分からない。壊れても、生命の欠片も理解することは出来ない。心を得ても、手に出来ないもの。人としての性。

 沢山の人と、私は触れ合って生まれた。ジェイに、アイルークに、ジュリア……そしてクリフ。心が芽生えて、私はその人達の命の隣に入れただろうか。殺すことを目的として生まれた人形は、その傍らにいることが出来たのだろうか。

 手が触れると、クリフは肩から力を抜いて呟いた。


「シルヴィ。やっぱり、……ちょっと、いたいよ」


 少し泣きそうな顔でそう言うクリフに、私は笑った。小さく、笑った。


「ク、リフ、……体……欠けちゃ、た。っけど……」


 傷口に触れた手が熱い。命とは、このことだろうか。収まることのない血液の流れ……生々しくも確かにそこに生きる、醜くも美しい赤。


「これ、で……シルヴィ、ずっと……」


 私はそれを感じながら目を閉じる。

 傷口はいつか塞いでしまっても、この腕が戻ることはないかもしれない。きっとクリフは一生忘れないだろう。欠けた腕と、今のこの瞬間を。私は静かに微笑んだ。

 欲しかったものを、手に入れた。叶えたかったものが、今叶った。人は死んでしまえばいつか忘れ去られていく。人々の記憶から忘れ去られ、そして無くなってしまう。人形であれば、それはもっと簡単なこと。

 それでも、きっとクリフは最期まで忘れないはずだ。この腕を奪ったのが誰だったのか。そして、私は……。


「ずっと、一緒、だね……」


 耳奥に機械音が響く。信号が途絶え、処理機能が低下し、体は人形のように動かなくなった。閉じられた瞳の中で心地よい闇を感じながら私は死ではない、壊れるという感覚を味わう。

 メモリが落ち、体の各部分がダウンしていく。最後に指先だけが暖かい何かに触れていた。心地よい声が私の最期。


「シル、ヴィ……?」




 ありがとう。


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