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過去の予言書  作者: 由城 要
第6部 One Messiah Story
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第1章 4


 何も考えていなかった。今思えば、それが本音だ。どんな手を使ってでも、最後の予言書を手に入れる。あのジェイロードとかいう男に、勝つ。それだけを考えればいい。それだけを……。

 俺のそんな考えは、あの一言で脆くも崩れ去った。





  - ジョーカー -





 陽炎の奥に浮かぶ、二つの影。吹いた口笛の音が乾いた風の中に消えた。ジリジリと照りつける殺人的な太陽の日差しに、それははっきりと浮かび上がる。


「やぁ、リリィ」


 一向にこちらを見ようとしないサーシャ・レヴィアスに手を振ると、隣にいたフレイがこちらを睨みつけてきた。剣士の姿はない。

 二人……か。俺は笑みを浮かべたまま、心の中で静かにそう呟いた。彼らはここに来る前にシルヴィと接触したはずだ。一人減っているのは、戦ったせいなのか。しかしその割に二人に疲労の色はない。


(……まぁ、悪くはないか)


 俺は隣に立つジェイロードに視線を向けた。この焼けるような日差しの下でも、涼しい顔は変わらない。金色の髪が風に揺れている。その視線は静かにサーシャ・レヴィアスを見ていた。

 何を思い、何を考えているのかなんて分からない。兄弟なんて存在しないし、殺す、殺される、なんて直接的な殺意を肉親に対して抱いたことはなかった。ちら、と視線をフレイに向けると、ヤツは気に食わないといった顔で口を開いた。


「……最後の予言書は?」

「さぁ?……この広大な砂漠のどこにあると思う?」


 フレイが舌打ちをする。俺は肩をすくめてみせた。分かりきった嘘をつくなって?

 もう少しフレイをからかってやろうかと思った時、ふと隣から黒い表紙が顔を出した。


「……ここだ」


 ジェイロードは荷の中から取り出した予言書をフレイに向けて見せた。漆黒の表紙に踊る文字、過去の予言書5冊目、終焉の章。本物を目の当たりにして、フレイの表情が微かに強ばる。一方でサーシャ・レヴィアスは目を細めただけだった。

 ザッ、とフレイが砂を踏みしめる。


「……お前をぶっ殺せば、手に入るってことだな」


 相変わらずの口調に俺はため息をついた。


「お前の単細胞っぷりには毎回呆れるよ。これが俺の従兄弟だなんて」

「お前は黙ってろっ」


 ああ、こわいこわい。口笛を吹いて笑うと、フレイが拳を握りしめた。分かりやすくて扱いやすい。そこはお前の良いところだよ。少なくとも、お前の対極に立つ人間にとっては。


「……フレイさん」


 ふと、今にも噛み付いてきそうな勢いのフレイの前にリリィが手を伸ばした。何も言わず、ただ差し出された左手。急にフレイが大人しくなる。静かになるというよりは、無理矢理黙らされたようにも見えた。

 サーシャ・レヴィアスが一歩、前へと足を踏み出す。真っすぐに前を見つめる鋭い瞳。その美しさは美女神フィオレンティーナと例えたが、撤回しよう。あのコロシアムでも、微睡みの庭でも、彼女は違っていた。その眼差しは刃の如く、その姿は毒花のように。何よりも美しく、血に濡れたまま赤く輝く百合。鮮血は乾くことなく、深紅こそが彼女を彩るのだろう。


「……」


 リリィを見つめていたジェイロードは、彼女を誘うように砂漠の更に奥へと歩き出した。言葉を交わすことなく、リリィもまたそれに続く。全てを理解しているんだろう、彼女はすれ違う瞬間、一度だけこちらを見たが、すぐにジェイロードを追って歩き出した。腰のクロノスが鈍く反射している。


「サーシャっ」


 追いかけるようにフレイが動いた。リリィは振り返らない。おそらくその思考は全て、兄であり、敵であるジェイロードに向けられているのだろう。俺はため息をついた。……お前だけだよ。何も分かってないのは。

 フレイの行き先を塞ぐように立ちはだかる。兄妹水入らずに割り込もうとするなんて、頭が回らないな。


「っ!……どけ、アイルーク」


 フレイは犬のように眉間に皺を寄せる。


「お前はリリィのナイトとしてなってないな……。自分の目的と、リリィの目的とを混同してるんじゃないか?」

「……ふざけんな。お前と遊ぶ時間はねぇんだよ」


 ギリギリと歯ぎしりする様を見ながら、俺は鼻で笑った。つまり俺の相手をする気はないと、そうゆうことか。どうやらリリィのことで頭がいっぱいのようだ。まぁ、そこまで不安がる理由も分からなくもないけれど……。

 俺はフレイを見下ろした。子供の頃と変わらない優越感に、懐かしさを感じる俺がいた。そう、状況はこちらが有利。フレイが俺を無視してリリィのところへ行こうとするのも、ある意味、自分達の不利を感じ取っているからだろう。

 そう、切り札はこちらの手の中にある。


「お前の相手をする暇はないっ、退けろ!」

「ははっ、お前は分かってないな……」


 俺は懐からあるものを取り出した。小瓶に入った、透明の液体。微かにとろみを含んだ液体は、緩く瓶の中で揺れている。

 一瞬怪訝そうな顔をしたフレイは、すぐに表情を変えた。俺はニタリと笑ってみせる。

 お前がジェイロード達の戦いに割って入ろうとすることくらい、予想できる。サーシャ・レヴィアスにとって俺が厄介なように、ジェイロードにとってはフレイが厄介な相手だ。出来るなら、互いに魔術師が介入しない状態で決着をつけたい。

 そして、その状態を作り出すには、フレイをここで足止めしなければいけない。


「これが何か……分かってるよな?」


 風が止み、辺りがシンと静まり返る。焼け付く日差しと似合わないほどの冷たい静寂。どこまでも続く砂漠を屈折させながら揺れる液体。


「……っ」

「フレイは本当に想像通りの反応をするな。……心配しなくても本物だよ」


 睨みつけてくるフレイに、俺は嘲笑した。


「なんだ、断言した方がいいのか?……『解毒薬』だ。ふっ、その焦り様じゃ、リリィの状態にも気づいてるんだろう?」


 ネオ・オリでリリィを襲った殺人人形の武器には、特殊な薬を塗ってあった。それはルミナリィを『殺す』ための薬。勿論、薬でルミナリィを殺すことなどできない。効き目は命を奪うことではなく、生命活動の停止を強制的に行うもの。簡単に言うのならば、永遠の眠り姫をつくる薬とでも言おうか。


「てめぇ……!」


 俺は小瓶を懐に戻した。やっとこちらに意識が向いてきたようだな。たとえ俺を無視してサーシャ・レヴィアスに助太刀したところで、彼女の行く末は見えているんだ。

 お前は予言書の使い方なんて興味ないんだろう?残念だが、それは俺も同じさ。


「残念ながら、眠り姫を目覚めさせるのはキスじゃ不可能らしいな」


 爺さんは過ちの罪悪感にかられて、逃げ道を予言書に求めた。予言書を作ることで、最愛の息子を失った苦しみから逃れられると思っていた。しかし全ては幻想で、都合のいい思い込みでしかなかった。

 爺さん、あんたのおかげで沢山の人が『過去』の力に惑い、争いに手を染め、新たな悲しみと憎しみが残った。解決したものなんて一つもない。幸せになった者も一人として存在しない。

 そして、アンタの願いも最後の最後で叶わなかった。


「さぁ、始めようか。……殺し合いでしか、お姫様は目覚めない」


 俺たちの道は、もう違っている。










 砂漠の中に瓦礫が目につくようになり、やがて街とは呼べないガラクタが顔をのぞかせ始める。私は静かにジェイロードの後ろ姿を追っていた。素直についてきたが、勿論警戒は怠っていない。何があってもクロノスを構えることのできる程度に集中している。

 こちらに背を向けているジェイロードもおそらく同じだろう。私以上の警戒を感じる。通常の人間では察知できない自然さを装って。


「……」

「……」


 置いてきたフレイさんがどうなったのか、人形と対峙していたクリフさんは無事なのか。そんな全てのことを忘れ、私はただ兄の背中を見ていた。

 昔もそうだった。私はそんなことを考える。まだ幼く無力だったころ、私はよくこうやって兄の背中を追っていた。兄の後ろにいる時は、母とは違う安心感があった。母は私を一人の旅人として鍛える義務があったが、兄にはそれがなかった。だからそう思うのかもしれない。

 しかし、それも今は違う。


「……終焉の章は、何処にあったのですか」


 私は静かに口を開く。ジェイロードは振り返ると、目を細めて今まで歩いてきた足跡を見た。


「……お前が通ってきたゲートの前だ」

「終焉の章をわざわざ此処に、ですか」


 どこの洒落者がやったことかは分からない。しかし一夜にして消え失せたという大帝国の址に終焉の章を捨て置かれていた。おそらく、私たちにとって始まりであり……終わりである場所。

 歩くほどに街の外観がはっきりとしてくる。やがて道がはっきりとした形で現れ、石畳の上に巨大な城門が現れた。入り口は開かれたまま、門は寂れて砂の中に埋もれている。向こう側にはもとは城であったはずの壁が崩れていた。


「……」


 城門をくぐると、ジェイロードは足を止めた。私も一定の距離を置いて足を止める。スゥ、と息を吐き出すと、頬を埃っぽい風が通り過ぎた。

 私はゆっくりとクロノスに手を伸ばした。急ぐことなく、決して相手の隙を狙うことなく。まだ、始まりを告げる合図はない。


「……今一度、貴方の口から聞きましょうか」


 相手もカイロスを手に取っていた。型式も同じ、クロノスのかたわれ。母から貰った2丁のリボルバー。太陽光に反射するそれは、それぞれの命を繋ぐ一筋の光。


「過去の予言書を手に入れる、理由は?」



 私の問いかけに、ジェイロードは微かに眉間に皺を寄せた。なぜそんなことを問いかけるのか、と。その顔はそう語っていた。

 言葉にしなくとも、自身で読み取ること。それが私たち兄妹の暗黙のルールだった。それでも……私は問いかける。


「互いに命を賭ける理由となるのですから……はっきりと口にしてもいいのでは?」


 それが例えどんなに素晴らしく、どんなに馬鹿げているものだとしても。私は笑うつもりはなく、そして怒るつもりもない。

 ジェイロードはしばらく考え、そしてカイロスを一回転させた。カチャリ、と耳慣れた音がする。金髪が、撫でるような熱風に揺れる。精悍な表情が、こちらに向けられた。


「……『ルミナリィの創造』だ」


 静かに告げられた一言に、驚きはなかった。分かっていた。兄は、取り戻したいのだろう。数百年前に滅びた国によって奪われたものを。そのために必要なものは……過去の予言書と、私の死。

 私は口元を緩めた。私がどうやっても兄に歯向かうことは分かっているのだろう。互いに互いの信念を信じている。それを曲げようとすることは、例え兄であっても妹であっても、不可能だということを。


「お前は……」


 ふとジェイロードが私を見つめ返してきた。兄が表情以外で問いかけるのは珍しい。私もクロノスを手にしたまま、髪を耳にかける。


「簡単ですよ。……私も予言書を使ってしたいことがあります。そのために手に入れたい」


 ジェイロードの表情が曇った。おそらく私が過去の予言書を使うとは思っていなかったのだろう。……そう、私もそう思っていた。全ては兄に接触するため、予言書を集めようとしていたのも、フレイさんやクリフさんと契約したのも、兄への復讐心からだ。

 しかし、今は違う。気が変わった。私は破顔する。おそらくフレイさんかクリフさんがいれば、止めようとするだろう。それでも、今ここにいるのは兄だけ。


「……5冊とも手に入れたら、焼き払ってやろうと思います」


 きっと、さぞかしせいせいするだろう。私は静かに笑った。


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