表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過去の予言書  作者: 由城 要
第6部 One Messiah Story
101/112

第1章 3


 0と1を繰り返し、私は再び目を開ける。複雑に絡み合う信号がこの個体を操り、促されるままに体は動く。信号の音は単調で、私の歩みもまた単調で。与えられた命令のままに動き、この体は全てマスターの為に存在し。

 螺子と歯車に埋め尽くされた私の思考は、機械音を立てて起動する。





  - 人形姫の物語 -





「トゥアス帝国跡って、この先にあるんですか?」


 アルジェンナ砂漠の道なき道を歩きながら、クリフさんが呟いた。私は頷いて、視線を陽炎の先に向ける。商隊すらも近寄らないというトゥアス帝国跡。帝国が滅んだ後、トレジャーハンターが行き来していたこともあったが、知に関する文献はおろか当時の文明の欠片すらも見つからず、今では旅人すらも近寄らない空白の地となった。


「……全然見えてこねぇぞ」


 日差しに肌を焼かれないようにローブを被ったフレイさんは、苛立ったようにそう声をあげた。辺りに広がる砂漠には終わりが見えない。それでも、徐々に辺りの風景は変わってきていた。アルジェンナ特有の細かい砂の広がる地帯から、徐々に荒廃した地形へ。近くに転がる岩には、微かに人の手によって掘られたような不自然な傷跡が残されていた。


「……帝国時代はこの辺りにも民家が建ち並んでいたと聞きます。ゲートはもうすぐでしょう」


 帝国の城下に入るには、厳しく規制されたゲートをくぐらなければいけなかった。荷物の検査、及び旅標のチェック。また反帝国組織の入国を防ぐ役割もあったとされる。


「……サーシャさん?」


 ふとクリフさんに呼ばれて、私は自分が足早になっていることに気づいた。辺りに見える風景に覚えはない。それでも何処か懐かしく感じてしまうのは、カナリナから伝え聞いた帝国の記憶のせいだろうか。彼女は帝国を憎んでいた。しかし私にとって帝国は……私自身を作った、もう一人の母なのかもしれない。

 知の申し子『ルミナリィ』。ルミナリィ計画と呼ばれた不老不死を作る研究は、おそらくあの『知』消失の夜に完成した。皮肉にも研究者達はその完成を目の当たりにすることなく……私が見つかったというあの地下のラボで、数多くのモルモットが長い歳月のうちに腐り果てていった。


「ああ……すみません」


 実験に使われたモルモットは、下級民族やスラム街の人々の子供だったという。不老不死という崇高な理想の為に、帝国は実験体が人の形を取る前……母体からその遺伝子を操作する方法を考えたという。今となっては理解することさえ出来ない、途方もない試み。

 徐々に荒れた大地の中に石畳の残骸が見えてきた。砂に埋もれた地面が固く、靴がコツコツと音を立て始める。凸凹に壊れた石畳に足を取られそうになりながらも、クリフさんが後ろから追いかけてきた。


「も、もうこの辺りから帝国領なんですか?」

「……領地の範囲で言うのなら、ネオ・オリから出た時点で帝国領にあたります」


 アルジェンナ砂漠も、当時は帝国の領地だった。この広大な砂漠は500年前も存在し、敵国からの攻撃を防ぐのに役立ったという。オリエントと呼ばれる長年続く大国を隣に持ちながら、帝国が力を伸ばしたのはこの立地のためだろう。

 ふと顔をあげると、視界の先にゲートの残骸らしきものが見えた。巨大な石柱が斜めに崩れ、通り道は瓦礫に埋もれている。

 私は目を細めて、ゲートを見つめる。


「……」


 広大な砂漠と、荒れ果てた大地。茶と褐色の世界に不似合いな緑がゲートの手前に立っていた。人の姿をしたそれは、まるで動かない石像のように道の中央に存在している。

 砂を巻き上げる強風に、緑の髪が揺れた。同時に服の裾がはためく。歩みを止めていた私はその姿を確認すると再び歩き出した。


「っ……」


 ふと後ろにいたクリフさんが、息を詰まらせた。フレイさんもまた、眉間に皺を寄せてそれを見ている。

 私がゲートの手前まで行くと、相手は少しだけ顔をあげた。私たち三人をガラスの瞳で捉え、何の感慨もない表情で口を開く。


「……サーシャ・レヴィアス……」


 フルネームで呟かれた名前に、私は左手でクロノスに触れた。まだ構えはしない。指先を添えながら、相手の動きを見る。


「シルヴィ……」


 クリフさんが呟く。それはこの機械人形の名前だっただろうか。他の機械人形とは違う、人間そっくりの表情、そして動き。それでも……これは人ではない。


「……貴女の主人はどこに?」


 試しに問いかけると、人形は首を傾げる動作をした。人間の少女と何ら変わりのない自然な仕草。なぜ私がそんなことを聞くのかと、そんな反応を示しているのだろう。答える義務がないのか、答える必要がないのか……。

 ゲートの向こうは瓦礫によって見えなくなっていた。


「ちっ……どっちにしてもコイツを倒さねぇと先に進めないってことか」


 フレイさんの舌打ちが響いた。人形はその言葉に反応したのか、微かに警戒の態勢をとる。私もまたクロノスを握りしめた。おそらくこの殺人人形一体をここに置くのだから、それなりの勝機あってのことだろう。警戒を怠ってはいけない。


「……ターゲット照合、情報確認中……攻撃パターンR、起動します」

「 ―― 待ってください!!」


 一本の線が張りつめたような緊張。後ろから響いた声は、クリフさんのものだった。私とフレイさんが振り返ると、クリフさんが一歩、二歩と前に出る。

 砂嵐が間を通って抜けていく。


「……彼女の相手は、僕がします」


 ふと私は目を見開いた。殺人人形の相手すらまともに出来ないクリフさんに、この場を任せられるだろうか。しかし、答えを出す暇もなく、フレイさんが動いた。私の腕を取ると、強い力でゲートへと引っ張っていく。


「!」


 私はフレイさんを見上げ、そしてクリフさんを見た。その右手はレイテルパラッシュの柄をしっかりと握っている。左手は剣の鞘にかけられていた。


「フレイさん」

「言ったなクリフ。後で怖くなって逃げてくんじゃねーぞっ!」


 クリフさんと人形の脇をすり抜ける。クリフさんはこちらに視線を向けなかった。ただフレイさんの言葉に答える。


「……はいっ」


 おそらく、この先にアイルークさんと……ジェイロードがいる。あの殺人人形相手に負傷してしまっては、この先に勝ち目はない。私はフレイさんを見上げた。ゲートのその先を見る横顔。そうだ、私が考えるべきはジェイロードのこと。それだけでいい。

 今にも崩れそうなゲートの横を走り抜け、私はフレイさんと共に走った。










 巻き上がった砂が空に散らばって、微かに太陽の光を遮る。目をつむることなくこちらを見つめるシルヴィは、しばらくそうやって僕を見つめていた。

 人に似た動き、言葉、表情……それでも、今のシルヴィはあのサナトリウムにいた頃よりずっと機械的で生気がなかった。レイテルパラッシュの鞘を握った手が、微かに脈打った。


「……シルヴィ……」


 真っ白な顔に、別れ際のシルヴィの表情がだぶる。確かに泣いていた彼女の顔、悲痛な思い。

 僕の言葉に、シルヴィは微かに顔をあげた。それでもその瞳が動くことはなく、彼女はただ静かに戦いの時を告げる。


「……ターゲット照合完了。攻撃パターンR、開始します」


 言葉が終わるのとほぼ同時だった。彼女は人には出せないスピードで間合いを詰めてきた。僕は咄嗟に鞘を抜き、レイテルパラッシュを構える。


「っ」


 シルヴィのスピードは、とてつもなく早かった。間合いを詰めてきたと思った瞬間、更なる加速で僕の判断を鈍らせる。風を切る音とともに目の前をかすめる左足。蹴りと呼ぶには強力過ぎる攻撃に、背中がぞっとした。

 でも、その攻撃をかわしたからといって安心は出来ない。直後に飛んできた右の拳を慌てて避けて、一度距離を置こうと後ろへ飛び退ろうとした。そのとき。


「……逃げるノ?」


 ぽつり、とシルヴィがそう呟いた。さっきまでの機械的な口調とは違う、あの声。僕の体は凍り付いて、その言葉が冷静な判断を失わせた。


「!」


 轟音が左足から左肩にかけてを襲う。強い衝撃より、体が吹っ飛ばされたことを先に理解した。痛みは後から襲ってくる。左腕の痛みも、心の痛みも。

 肺の中に空気が詰まったように、僕は砂の中に転がりながら激しく咳き込んだ。かろうじて右手はレイテルパラッシュを握ってる。


「っ、……あ……」


 空から降り注ぐ太陽を遮るように、シルヴィが立っていた。その顔には表情がない。悲しむことも、喜ぶこともなく……ただ、無の表情を浮かべている。

 あの時、最後に別れた時、僕は彼女に酷いことを言った。謝りたかったんだ。謝らなきゃと、思った。本当は心の何処かで、シルヴィの気持ちにも気づいていたのに……。


『シルヴィとは、違う……っ』


 綺麗に染まった緑色の髪が砂漠の風に揺れている。微睡みの庭で受けた傷は修復されたのか、今の彼女は出会った頃と何一つ変わらない。


「……」

「……」


 僕はレイテルパラッシュを地面に突き立てて、なんとか立ち上がった。シルヴィは無言のままそれを見つめている。冷たい瞳に見えるのは、僕の罪悪感のせいなのか。

 口の中を切ったのか、血の味がする。痰が絡まったみたいに気持ち悪くて、地面に吐き捨てる。恐怖も全部一緒に出て行けばいいのにと、心の中で冷静なもう一人の僕がささやいた。

 でも、それじゃ駄目だ。僕は、どうしてここに一人で残ったんだ。


「……今のはずるいよ、シルヴィ」


 僕は笑った。多分、笑えたと思う。シルヴィは首を傾げ、意味が分からないと言いたげな顔をしていたけれど。

 もう一度レイテルパラッシュを構える。左腕が熱いのは、さっきの衝撃のせいかもしれない。それでも、そんなことを気にしている暇はないんだ。


「シルヴィ。僕は……」


 剣を向けられたことに反応して、シルヴィは警戒の態勢をとった。もう彼女の中には、彼女の意識は存在していないらしい。それでも、僕は続ける。

 レイテルパラッシュが、カチャリと音を立てた。


「キミを……」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ