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過去の予言書  作者: 由城 要
第6部 One Messiah Story
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第1章 2


 不自由に体を蝕まれる。徐々に自分のものではなくなる体を感じながら、私はただ目的へと向かって歩み続ける。その先に何を見るのかは分からない。おそらく何もないのだろう。そう、何もない。それを知っているからこそ、私は歩み続ける。





  - 永遠の眠り -





 サーシャは金をメイに渡し、地図を畳んだ。クリフはまだ食べていない夕食を取りにいくと行って部屋を出て行った。食堂はこの部屋の真下だ。クリフの背中を追いかけ、メイも部屋から出て行こうとする。


「メイ」


 扉に手をかけたメイが、ふと振り返った。


「何?お姉ちゃん」

「……もう一つ頼みがあるのですが」


 サーシャは畳んだ地図をテーブルに置くと、荷物の中から何かをメイに投げた。重みのある袋が俺の目の前を弧を描くように飛んでいく。

 メイは慌ててそれを受け取ると、中身を見て驚いた表情をした。


「わ、お姉ちゃん。いつもより多いよ」

「……注文はクロノス・ヒュペリオンの弾丸、それとサーベルを」


 耳慣れない言葉に、俺はテーブルから足を下ろした。サーシャは俺の前に立ったまま、静かにメイを見下ろしている。背中からは、表情は読み取れない。勿論、読み取れるような表情なんざ浮かべていないだろうが。

 メイは瞬きをすると、サーシャと金とを見比べて何かを悟ったようだった。


「……うん、分かった。夕食が終わったら、お姉ちゃんの所に持ってくるね」


 それじゃ、と言ってメイは部屋から出て行った。足音が徐々に部屋の前から遠のいていく。ふと窓の外を見ると、夕日が藍色の空に消えていくところだった。

 俺は煙草を加えたまま、サーシャの背中を見る。


「……オイ」


 大地の章を手に入れてから数週間。サーシャの傷は瞬く間に治っていった。本当に心臓を貫いても死なない化け物女だ。ただ……俺には気になることがあった。

 機械人形に襲われたとき、あのナイフには明らかに血とは違うものが付着していた。そして、ルミナリィとかいうこの女を苦しませた、あの症状。あれは一体なんだったのか。

 クリフも、三大戦士も気づいていなかった。サーシャ自身も、何も言おうとはしない。


「……なんですか?」


 サーシャは振り返ると、いつもの表情で俺を見下ろした。煙草の灰が床に落ちる。俺は煙を吐き出すと、短くなった煙草を口から離した。


「お前、体の具合は?」

「怪我ならもう治っていますが?」


 言うと思った。俺はいつもの調子で怒鳴りつけるのをこらえ、椅子から立ち上がる。灰皿に煙草を押し付けると、見上げる立場と見下す立場が入れ替わった。


「違ぇっての」

「何が違うんですか」

「俺が言ってんのは、あのナイフのだな……」

「『毒』、ですか?」


 サーシャが俺の言葉を遮るように言った。急に話の核心を突かれ、俺は一瞬言葉に詰まる。

 サーシャの顔色は変わらなかった。ただじっと俺を見上げ、そして目を離す。興味を失ったような表情が、少しだけ白く染まって見えた。


「……毒ではありませんよ」


 そう呟いた声に、俺は安堵の息を漏らした。しかしそれもひとときの間だった。


「ただの毒なら多少の消化は体内の中で行えます。……それがおそらく、出来ていない」


 語るサーシャの声は、まるで第三者のように静かだった。まるで全てを知った傍観者のように、サーシャはベッドに腰を下ろす。事実を淡々と述べるその声音に、俺の方が動揺していた。

 サーシャはクロノスとヒュペリオンをベッドの上に置いた。


「薬が効いているのは自覚しています。私のルミナリィとしての力のせいか、もともと遅効性のものなのか……まだ完全に効き目が出ているとは言えませんが」

「なっ……」


 あの襲撃から、サーシャが苦しんでいる様子は見えなかった。だからこそ、クリフもサーシャの体調に気づかずにいる。


「オイ、サーシャ」


 サーシャは手を組んだまま、静かに指先を見つめた。


「おそらくジェイロード達もこれで終わりにするつもりでしょう。用意周到なことですね」

「サーシャ!説明しろっ」


 怒鳴ると、サーシャは大きくため息を吐いた。微かに眉間に皺を寄せたが、すぐに表情を戻す。そして俺を見上げたまま言った。


「……簡単に言いましょうか。死なない人間を黙らせる方法を」


 死なない人間を黙らせる?どうゆうことだ。

 俺はまだ混乱したままの頭で考える。サーシャはヒュペリオンを手に取ると、誰もいない壁に向かってそれを向けた。いや、そこに人がいると仮定したのかもしれない。死なない人間……ルミナリィを。


「心臓を貫かれても死なない人間がいるとしたら、フレイさんならどうしますか?」

「……それは」


 言葉に詰まる俺を見て、サーシャは言い換えた。心臓を貫かれても死なない人間が、自分の敵だとしたらどうするか。突破口をどう見いだし、勝利を得るか。


「……。……」

「分かりますか?」

「……死なないってことは、『殺せない』ってことか?」


 俺の言葉に、サーシャは頷いた。


「ええ、つまり『殺す』のではなく『負かす』しかない」


 負かす。んでもそう考えるとおかしいだろ。こっちは殺すつもりだってのに、そんな考えは不利になるだけだ。それにあいつ等がそんな穏便に済ます人間ではないことは、よく分かってる。それに、負ける負かすってのは、賭博じゃねぇんだ。一体どこで区切りをつけるつもりで……ん?

 俺の表情に気づいたのか、サーシャは口の端で笑ってみせた。


「分かりましたか?……動く障害物があるのなら、動かなくしてしまえばいいんですよ。殺せない敵がいるのならば、体を動けなくすればいい。意識も奪うことが出来るのなら完璧でしょうね」

「じゃあ、あの薬は……」

「そうですね。体の自由を奪うと同時に、思考能力も奪う……睡眠薬と似たようなものです。おそらく永遠に眠るためのもの、でしょうね」


 毒薬とそんなに変わりませんか、とサーシャは他人事のようにそう言った。死と、永遠の眠り。同じじゃねぇか。ただそこに体だけが朽ちることなく残る。それだけ。

 馬鹿言うな。俺が口を開こうとすると、それをサーシャが遮った。


「効き目はかなりの遅効性です。あの時の症状はおそらくルミナリィとしての治癒効果が生み出した、拒絶反応でしょう。……問題ありません」

「問題ないって、お前……!」


 サーシャは静かにヒュペリオンを下ろした。指先でバレルをなぞりながら、サーシャは静かにため息をつく。それ以上口にするなと言うかのように。

 サーシャの様子は俺の目から見ても普段と何ら変わりない。おそらく当人が言う『かなりの遅効性』というのは本当だろう。もし、あの薬によって復讐という目的が困難になるならば、サーシャは遠回りしてでも体を癒すことに専念するはずだ。

 それをせずトゥアス帝国跡を目指すというのなら、問題ないというサーシャの言葉は信用できる。……。


「フレイさんも人のことより自分のことを気にしてはいかがですか?」

「……うるせぇ」


 サーシャに背を向けて、扉に手をかけた。俺もまだ食事を取っていない。下に降りて飯を食ったら、さっさと寝てしまおう。この件はさっさと忘れて。

 扉を閉める間際に見たサーシャは、何かを思案するように目を瞑っていた。白い横顔が扉の開閉によって遮られ、見えなくなる。

 廊下から見える夜の町並みを見つめながら、俺はまだ煙草の香りがする息を吐いた。軋む床板の音。微かな不安が脳裏に過る。

 アイツは……ジェイロードを殺したら、その後、どうする気なんだ……?










「クリフお兄ちゃんもご飯?隣座ってもいい?」


 考え事をしながらもごもごと口を動かしていると、急にメイが視界にわって入ってきた。食堂の人影はまばらで、空席が目立ってる。メイは水の入ったコップを持ってきて僕の向かい側に腰を下ろすと、食事をしている僕をじっと見つめた。


「……な、何?」

「んー……」


 僕はギクシャクしながら首を傾げた。もしかして、顔に何かついてるのかな。でもメイの表情はそんな様子じゃなかった。


「ねえ、クリフお兄ちゃん。お兄ちゃんには、兄弟っている?」

「兄弟?」


 突然のメイの言葉に、僕はつい問い返した。兄弟はいないけれど、姉と妹がいる。世話焼きの姉さんと、明るい妹。女兄弟に挟まれて育ってきたせいか、僕が泣き虫で臆病なのは昔から有名だった。

 僕はふとまじめな顔で水を口にするメイを見る。メイの兄弟は、あの家にいた子供達だ。兄弟というより、弟妹。一人も血が繋がっていない、拾われた子供達。


「メイ……時々思うんだ」


 メイはぽつりと呟いた。


「メイはあの家で一番お姉さんだから、小さい子の面倒を見るのは当たり前だし、そうしなきゃって思う。でも……」

「でも?」


 握ったグラスから水滴がこぼれ落ちて、円形にテーブルを濡らす。メイは小さい子供のような顔をしていた。僕からすれば子供だけど……いつものメイは、同じ年代の子供達より背伸びをしているように見えていたから。だって、そうだよね。メイの年で、一人で旅をして、一人で仕事をして、一人でお金を稼ぐなんて、普通は出来ない。

 メイはちょっとだけ寂しそうにうつむいた。


「本当はね、お母さんを独り占めできたらなぁって、思うの」


 年相応の表情を浮かべて、子供っぽいよね、とメイは笑って誤摩化した。僕は首を横に振る。僕の妹もメイくらいの年齢だったけど、病気がちの母さんや、活発な姉さんにベッタリの時期もあった。でも、メイとは事情が違う。

 セルマさんには、きっと僕らなんかには話せないような過去があって、僕らなんかよりよっぽど壮絶な人生があったんだろう。あんな場所で身寄りのない子供達を集めながら、武器や情報を売る裏社会の人間。メイに見せる表情も、母としてではなく……どちらかというと師のような顔だった。


「お母さんはね、ホントはメイのこと愛してないの」


 メイはえへへ、と笑いながらそんなことを言った。まるでちょっとした欠点を口にするかのような、そんな表情だった。


「お母さんは、きっとメイよりお父さんの方がずっとずっと大好きだったから、だから、ホントはあの日だってお父さんと一緒に……」


 ふとメイはテーブルに落ちた水滴で一筋の線を作った。濡れていた指先が徐々に乾いて、線は途中で消えてしまう。

 メイは泣かなかった。その代わりに、とても寂しそうな顔をしていた。指先を空中に向けて、そしてメイは呟く。


「……メイのことを愛せないお母さんが、ちっちゃい子連れてきた時は驚いたんだよ」

「あの子供達?」


 そう、とメイは頷いた。子供達の数は……申し訳ないけど、はっきりと覚えていない。でも、沢山の子供達が走り回っていたことだけは覚えてる。きっと僕らと顔を合わせていない子もいるかもしれない。


「お母さん、どうしてメイのこと愛してくれないのに、別な子を連れてくるんだろうって、ずっと思ってた」


 メイは視線を天井に彷徨わせる。上はサーシャさんの部屋だ。そういえばフレイさんもサーシャさんも、まだ下に降りてこない。食事は先に済ませてしまったんだろうか。

 メイは椅子の背もたれに寄りかかった。


「サーシャお姉ちゃんとカタリナさんはあんなに仲良しなのに、どうしてお母さんはそんなことばっかりするんだろうって」

「……」


 本当のことを言うと、サーシャさんとカタリナさんの関係だって、普通の親子関係とはちょっと違っている。でも、二人の間に強い信頼関係と愛情があったのは確かだ。互いのためならば、嘘を貫き通すことが出来るくらいに。

 でもね、とメイは視線をこちらに向けた。


「最近、ちょっとだけ思ったの。お母さんはもしかして、やり直そうとしてるのかなって」

「やり直す?」

「うん。変な話だけど……」


 テーブルに描いた水の線がゆっくりと消えていく。メイは両手で水の入ったグラスを支えると、複雑そうに、でも満足そうに笑った。その笑顔は何かに例えることの出来ない、とても難しい表情だった。


「誰かを愛せるように……いつかメイを愛せるように」


 変な話ばっかりでごめんね、とメイは言った。僕は首を横に振る。きっとメイが伝えたいのは言葉に表せない、複雑な気持ちなんだろう。僕にも分かる。言葉に出来るものは、きっとこの世界に沢山ある事柄の十分の一くらいでしかない。それを、僕もやっと知ったから。

 メイは最後にこう締めくくった。


「だからね、メイ最近こう思うの。お母さんはメイを愛せないけど、メイを愛そうとしてくれてる。その気持ちが、何より一番大切なんじゃないかな?」


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