第3章 1
その顔も声も、全く変わっていないかのように思えた。一瞬視線が交差した刹那、時間が遡っていったかのように、俺は動くことが出来なくなった。
喧噪がまるで何処か遠くの出来事のように、あるいは打ち寄せた波がひいていくように、全ての物事が俺の前から離れていった。
そしてそこにいたのは、あの頃の……あの思い出したくもない、小さな子供の頃の俺。どうしようもなく馬鹿で、純粋で……それでいて滑稽な、自分の姿。
- 笑う魔術師 -
「どこ行っちゃったんでしょうね、サーシャさん……」
テーブルを挟んで反対側に座っているクリフが、もう何度目かも分からない台詞を口にした。俺はもう答える気力すら失って、窓ガラスに視線を向けた。俺たちのテーブルは窓の隣に置かれていて、路地の様子がよく見える。時折人が行き来しているが、サーシャが戻ってくる気配はなかった。
俺は食い終わった皿をフォークで叩く。
「別にいいだろ、あんな女。いない方がよっぽどマシだ」
「ふ、フレイさん。言い過ぎですよ……」
恐々と反論するクリフ。俺がギッと睨みつけてやると、慌てて食事に視線を落とした。俺はため息をつくと、椅子に背をもたれて呟く。
「大体あの女、謎が多すぎなんだよ。なんで普通の旅人が世界地図にリボルバーなんて持ってんだ?非合法で手に入れたとしてもおかしいだろ」
俺の言葉に、クリフがふと顔をあげた。こいつにも思うところはあるのだろう。ガラス越しの路地の向こうに視線を向けて、何かを考えるような表情を浮かべている。
「……セルマさんのところで手に入れたわけではないみたいですし」
俺は大きく息を吐くと、頬杖をついた。思えばセルマとかいう女と知り合いなのも奇妙な話だ。俺もある程度は裏社会のことも知っているつもりだが、あの女のことは出会って初めて知ったと言ってもいい。
「……たしかに依頼人のプライバシーを穿らないのが護衛の決まりだが、秘密主義すぎるぞ、アレは」
俺はそう言いながらサーシャに関する情報を頭の中に並べてみる。年齢は俺と同じくらいで、世界地図やリボルバーのような過去の武器や道具を持っている。昔から旅をしているらしく、その辺の知識にも狂いはない。頭もそこそこキレる。
ふとクリフが何かを見つけたように顔をあげた。しかし俺はそのことに気付かず、ため息を吐いてこう言った。
「分かってることと言えば……あの女の戦闘能力は化け物だってことだな」
「……誰が化け物なのか、もう一度言っていただけますか?」
今まで聞いたことのないような、ある意味で優しい言葉をかけられて俺は震え上がった。反対側から見ていたクリフが、苦笑を浮かべて俺の後ろに声をかける。
「サーシャさん、おかえりなさい。……遅かったですね」
軋む首に無理を言わせて振り向くと、貼付けたような笑みを浮かべるサーシャの姿があった。俺は次に飛んでくる毒舌や罵詈雑言を予想して肩をすくめたが、意外にもサーシャは隣のテーブルに腰を下ろすと、後ろにいた男に向かって反対側の席をすすめた。
「……ああ、取り込み中に悪かったかな?」
「いえ、構いません。……どうぞ」
サーシャに促されて、俺たちの隣のテーブルに腰を下ろした男は、栗色の長い髪をしていた。軟派な男だと一目で分かるような笑みを浮かべ、サーシャを見つめている。前を向いていた俺はそいつが隣に来た瞬間、頭が真っ白になった。
「おまっ……アイルークっ!?」
俺の咄嗟の叫びに、男……いや、アイルークは今気付いたと言わんばかりの表情で俺に視線を向けた。俺とサーシャを交互に見て、がっかりしたように肩を落とす。そしてさっきのサーシャに対する口調とは全く違う声音で呟いた。
「……なんだ、フレイのお手つきか……」
「てめーっ!数年ぶりに会った一言目はそれかぁっ!!」
一発殴ってやろうと身を乗り出す俺を、クリフが慌てて抑える。サーシャは俺にチラと視線を向けると、呆れたようにため息をついた。
アイルークはふざけた優男の表情でサーシャに話しかける。
「ああ、コイツは実は俺の同郷で……爺さんが一緒なんだ。まさかサーシャさんのコレだとは思わなかったなぁ」
コレ、と言いながら親指をたててみせるアイルーク。サーシャは俺に視線を向けると、慌てる様子も嫌がる様子も見せず、スッパリと言い放った。
「勘違いです」
バッサリと切って捨てた発言に、俺を抑えていたクリフが笑いを吹き出しそうになった。決めた、アイルークを殴ったら、今度はお前に蹴りを入れてやる。
アイルークは瞬きをすると、落ち着き払ったような態度に戻った。
「あれ、そうなの?……ああ、でもそれなら良かった。麗しきリリィが従兄弟の毒牙にかかっていると思うと、僕も心が痛むからね……」
「誰が毒牙だっ!この万年発情期野郎っ!!」
「若いって素敵なことだよ。少なくとも娼館に行くしか能のない野暮な男よりはマシさ。ねえ、リリィ?」
何がリリィか知らないが、話題を向けられたサーシャは露骨に嫌そうな顔をした。汚いものを見るような目で俺とアイルーク、ついでにクリフを見る。……ちなみにクリフはとばっちりだ。
サーシャはため息をついてアイルークに向き直った。
「……貴方はフレイさんの従兄弟、ですか?」
「ん?ああ、そうだよ。……あの『過去の予言書』を作ったファーレン爺さんの孫さ。あの爺さん、娘息子は沢山いるんだ。爺さんの時代は一夫多妻の世の中だったから。おかげで、孫も何十人といるんだよ」
俺もアイルークもその中の一人だ。おかげで従兄弟は山ほどいる。顔も名前も覚えていない奴もいるくらいだ。クリフが納得したような顔でアイルークを見る。
「どうりで、あんまり似てないんですね。……あの、色々と」
おい、色々ってどうゆう意味だ、色々って。
アイルークの話を聞いていたサーシャはふと俺に視線を向けた。
「……それだとファーレン様と正妻の孫にあたるフレイさんは家長に当たるのでは?家を継がなくていいんですか」
ふと俺は殴りかかろうとしていた手を止めた。俺を抑えようとしていたクリフが拍子抜けしたように俺を見上げてくる。俺は何も言わず、椅子に腰を下ろした。
「別に……どうだっていいだろ」
テーブルにあったグラスの水を飲み干すと、それを見つめていたアイルークが苦笑した。クリフはおどおどしながら向かいの席に座る。サーシャは軽く首を傾げたが、それ以上のことを聞こうとはしなかった。
アイルークが静かに言う。
「……普通の家だとそうなるんだけどね。僕ら魔術師の世界では少し違うんだ。家長になるのは一番能力的に劣っている者だけだから」
「……おいクリフ、部屋の鍵貸せ」
俺はグラスをテーブルに打ちつけると、席を立った。クリフから部屋の鍵を奪い取ると、食堂に背を向けて歩き出す。
「……ふ、フレイさん?」
クリフが戸惑ったように制止の声をあげるが、恐々した声に立ち止まってやるつもりはない。擦れ違ったサーシャは何かを考えるように俺の背中を見つめていた。
苦笑するアイルークの声が後ろから響いてくる。
「能力が劣る者が家長となって家に留まる。有能な魔術師は宮廷に仕えたり、城仕えになる。ファーレンの孫ってレッテルがあると引く手あまただからね……」
そうだ。あのジジイの孫だと言えば、生きる道なんていくらでもあった。あのジジイの家系に生まれて来ただけで、その血をひく人間の将来は安泰だった。
たった一人、一番才のない人間を除いては。
☆
「爺ちゃんっ!!爺ちゃんっ、大変だよっ!!」
階段を歩きながら思い出す。あれはたしか、俺がまだ10にも満たない頃のことだ。いつものように俺を除け者にして遊んでいた子供達が、珍しく慌てた様子で駆け込んできた。たまたま俺の……正確に言えば、俺と俺のお袋の家にいたジジイは、駆け込んできた子供に目を丸くした。
「おお、どうしたミハイル。何かあったのか?」
椅子からゆっくりと腰をあげたジジイを、子供達は取り囲んだ。その必死の形相を見て、俺はふとアイツがこの場所にいないことに気付いた。いつもなら取り巻きの連中がアイツの後ろを金魚の糞のようについてまわっているのに、と。
「召喚の練習してたら……だれが一番強い精霊を使役に出来るかって話になって……」
「とにかくこっちに来て、爺ちゃん!」
足の悪いジジイが子供達に引っ張られていく。俺は咄嗟にその脇を駆け抜けた。後ろから子供達が制止の声をあげるが、そんなものを気にしているわけにはいかなかった。
「こら、フレイ!!」
後ろからジジイの声までも聞こえてくる。それでも俺が足を止めなかったのは、もしかしたら何かを感じていたからかもしれなかった。俺は家を出ると辺りを見回し……そして足を止めた。
いつも遊び場になっている大きな一本木の下には異様な空気が渦巻いていた。空中に描かれた魔法陣が紫色という、本来の呪文からは有り得ない光を発し、その下には一人の子供の姿があった。
『……カナール・エミナ・ラ・フィリオーネ……』
俺は足を止めた。近寄れないほどの強力な圧力が両肩にのしかかってきたのを感じたからだ。体を押えつけるような力に、膝が崩れる。胃をひっくり返されたような吐き気が襲う。しかしそれ以上に俺を襲ったのは、驚愕と恐怖だった。
目の前で俺に背を向けて立っているアイツは、圧力をものともせず、真っすぐに魔法陣を見つめている。
「……っ!」
いけない、と本能でそう思った。咄嗟にアイツの名前を呼ぶが、アイツは気付いているのかいないのか、振り返る様子はない。
『……カナール・エミナ・ラ・フィリオーネ……』
子供とは思えない声でアイツは言う。呼びかけている相手は、俺たち魔術師の扱う召喚魔法の中で最上級の精霊、蛉人だ。
ふと体にかかる圧力が増して、俺は悲鳴にならない声をあげた。目を瞑った刹那、微かに聞こえた言葉を俺は今でも覚えている。
『カナール・エミナ・ラ・フィリオーネ!汝、我の使役に下れっ!!』
☆
「……悪いね。フレイのやつ、この話になるといつもああなんだ」
フレイさんが去っていったのを確認して、彼はそう言った。クリフさんはまだ困惑した表情を浮かべている。私は椅子に座ったまま、ふと野宿をしたときにフレイさんと話した言葉を思い出した。
魔術師は魔法以外に興味を持たない。彼らは一族の中で英才教育を受けてきた者が殆どで、言葉は悪いが、子供の頃から高給取りになるために育てられていると言っても過言ではない。魔術師同士の結婚が多く、近親相姦に近い形で血族が繋がっていることもよくあることで、一族はそうして閉鎖された環境を作り上げていった。
「いえ、私も不躾な質問をしてしまいました」
私はそう言って、手元に視線を落とす。
私には、最初から奇妙に思っていたことがあった。ファーレン様と正妻の孫であるフレイさんが、何故どこかの宮仕えにならず、旅人として放浪しているのか。こんなに条件の良い人物を国が欲しがらないはずはない。
隣のテーブルに腰を下ろしたクリフさんがアイルークさんに向かって言う。
「……でも、あれ?そうするとアイルークさんは旅人じゃないんですか?」
「ん?ああ……僕は一応、とある人に仕えてるんだ。と言っても、その人と一緒に旅をしてるから……ま、旅人みたいなものだけどね」
旅人。私はその言葉を聞いて顔を顰めた。嫌な予感が的中したような気がして、背筋が固くなる。
「……では、貴方も国境越えを?」
アイルークさんは私の方にニッコリと微笑みかけて頷いた。クリフさんが驚きの声をあげようとするのを、私は視線で制する。慌てて口を覆ったクリフさんは辺りを見回して安堵のため息をついた。
私はテーブルを挟んだ反対側にいるアイルークさんに視線を向ける。
「……エレンシアに旅人が集まっているように見えたのですが。何かあるのですか?」
「ん、ああ……もしかして『あれ』のことかな……」
アイルークさんはそう言ってグラスに注がれた水に口をつけた。優雅に振る舞う様子は本当にフレイさんの従兄弟だとは思えない。たしかに軟派だが、女性の扱いに慣れているのはなんとなく理解出来た。フレイさんの真逆の人間と言えるかもしれない。
アイルークさんは私に視線を戻すと、辺りを憚るようにして顔を近づけた。
「……実はね、今、エレンシアの闇市場で噂になっているんだ」
「……噂?」
声が届かないのか、クリフさんが首を傾げている。私はそれを無視してアイルークさんに問い返した。
「そう。……ここに来るってことは、エレンシアの『裏』の顔は知ってるよね?」
公国エレンシアの裏の顔。それはもちろん知っていた。旅をしている人間で知らない者は殆どいないと思う。エレンシアは清く美しい国を目指しているが、格差社会によって裏の世界も成長し、闇取り引きの聖地のような場所だった。武器の密輸や売春、麻薬取引……この世の悪という悪を寄せ集めた街。それが公国エレンシアの裏の顔だ。
そして逆を言えば、そんな汚い社会があるからこそ『淵霊嶺』のような大監獄も存在する。
「ええ……ある程度は」
私の言葉に、アイルークさんは真顔に戻った。おそらくトップシークレットなのだろう、もう一度辺りを警戒してから、囁き声を発する。
「……じゃあコロッセオのことは知ってるね」
エレンシアの闇市場の奥には、金持ちの好き者が人間同士を戦わせて金を賭ける、コロッセオが存在する。噂は聞いたことがあった。月に一度行われるコロッセオの戦いで数十人の人間が死に、生き残った者は莫大な報奨金を手に入れる。死んだ者達はコロッセオの裏手にあるドブ川に捨てられ、川は人間の血で真っ赤に染まるのだという。
コロッセオの名前を口に出せば、そのテの人間だと思われて捕まる場合がある。私は辺りを警戒しながら頷いた。アイルークさんは続ける。
「今まで、コロッセオの勝利者には報奨金が渡されてきたんだ。それが……つい数ヶ月前、全く別なものに変わってしまった」
食事を終えた数人の客が、私たちのテーブルの脇を通っていく。私たちは会話を一旦中断させると、彼らが声の届かない場所まで去っていくのを確認した。アイルークさんはその茶色の瞳で私を見つめる。
真顔で口にした彼の言葉は、私の思考を一瞬停止させた。
「分かるかい?……『過去の予言書』だよ」
「!」
私は咄嗟に顔をあげた。そう考えれば、全てのことに合点がいく。
「『過去の予言書』の名を語る偽物は沢山あるけど、どうやら此処にあるのは本物らしい。……それは此処に集まる冒険者達を見れば分かるだろう?」
アイルークさんの言葉に私は頷いた。コロッセオに勝利して、『過去の予言書』を手に入れる。それは一々予言書の移動ルートを調べ上げるより、ずっと簡単な方法だった。どの国も喉から手が出るほど欲しがる魔法の書。各国がこぞって力のある人間を送り出しているのだろう。
「フレイを連れてここに来るってことは、キミも『過去の予言書』目当て、ってことかな?」
私は顔を離すと、椅子の背もたれに体を預けた。グラスに注がれた水を口にして、喉を潤す。いつの間にか喉が渇いていたことに、私は今気付いた。
「……そうですね。そう思って頂いて間違いはありません」
『過去の予言書』への手がかりが掴めた。私は隠し持ったリボルバーのバレルに指先で触れる。硬質な感触とともに、私の体の中に一つの意志が浮かび上がった。
『過去の予言書』を見つけ出し、手に入れるという確乎たる意志が。
「そうか。……キミ達が『過去の予言書』を手に入れたいっていうなら、僕も出来る限りの協力はするよ」
アイルークさんは私の顔を覗き込み、ふと笑う。
「美しい女性の役に立てるなら、僕としては感無量だしね。それに……アレはもともとフレイに受け継がれるべきものだったんだから……」
☆
稀代の魔術師ファーレン。その血族に生まれて来た者達は、それだけで将来を保証されているようなものだった。実際にどの子供も魔術に関しては有能で、遊び半分に魔法を使うことは日常茶飯事だった。
だが、あの時は違っていた。俺は今でもはっきりと覚えている。
「……フレイ?」
問いかけられて俺は我に返ったんだ。顔をあげると、こっちに手を差し伸べるアイツの姿があった。ニッと笑った表情は端から見れば子供の無邪気な表情に見えたかもしれないが、その時の俺には世にも恐ろしい顔に見えたのだ。
「爺ちゃん、こっちこっちっ!」
少し遅れて、ジジイと子供達が走ってくる。俺は呆然としたまま目の前のアイツを見上げているしかなかった。アイツはいつまで経っても立ち上がろうとしない俺に首を傾げたが、ジジイの姿を見つけるとすぐにそっちへ駆け寄って行った。
「爺ちゃん!僕やったよ、召喚できたんだ!!しかも蛉人の『フィオ』だよ!」
無邪気にはしゃぐ様子は、今さっき蛉人と対峙した時と全く違っていた。俺はフラフラと立ち上がると、歓声をあげる子供達の輪へと近づいて行く。
ジジイは目を丸くしてアイツの頭に触れると、何度も何度もその頭を撫でた。
「おお……なんと、『フィオ』は蛉人の姫神ではないか……」
「えへへ……、凄い?」
召喚術の使役する精霊にはランクがある。そのなかで蛉人は一番上、城使いのエリート魔術師達でも召喚出来ない、強力な精霊だった。また蛉人にはそれぞれ階級があり、階級が高ければ高いほど力は強い。
アイツが喚び出した『フィオ』は、蛉人の中でも2番目に数えられる姫神だった。
「ああ、お前は儂より筋がいいかもしれん……知っておるか?『フィオ』の夫はアレクス・エミナ・ル・デルヴァーズ。『デルヴァ』と呼べば分かるだろう。あれは儂しか召喚できん。お前はその次に強い精霊を使役に下したのだよ」
子供達がわっと歓声をあげた。俺はそれ以上近づけなくなり、輪の手前で足を止める。アイツはジジイに頭を撫でられながら、嬉しそうに笑っていた。俺はそれを見つめながら唇を噛む。
一族の中で俺は出来損ないだった。ファーレンと正妻の息子、つまり俺の父は相当に力のある魔術師だったが、若くして亡くなり、俺と母親だけが残されたのだ。
周りの人間はもちろん俺に期待した。しかしある程度物心がついたころ、ジジイが俺に父親ほどの才能がないことに気付いた。そこから周囲の俺に対する反応は一気に変わっていった。
一族の出来損ないは、家長として家に残る決まりになっている。どこかに仕えようにも、雇い手が見つからないからだ。その欲しくもない役割が俺のもとに転がり込んでこようとしていた。
ジジイは有能な孫を可愛がりながら、ふと俺に視線を向けた。その瞳の冷たさは、あのジジイが死んだ今でも思い出せる。
ジジイは言う。
「ああ、やはりお前は筋がいい。……お前のような孫を持てて、儂は嬉しい限りだよ、アイルーク」
アイルーク・ハルト。それが一族の中で最も有能で最もファーレンに可愛がられた『アイツ』の名前だった。