序章 祖父の思い出
この物語の半分は残酷さで出来ています。苦手な方は用法/容量を守って、注意して服用して下さい。
Memories with grandfather
- 祖父の思い出 -
この地上に生きる全てのモノには、この世に生まれ出る理由がある。幾つかの要素が偶然によって結びつき、更なる命、存在を紡ぎだし、それらはまた新しい何かを作り出してゆく。運命の連鎖、とでも呼ぼうか。
連鎖はこの地上に最初の生命が誕生してから、果てしなく繰り返されてきたもの。人が人を生むことで集落が出来、木が大地に種を落とすことで森が出来た。狼は群れをつくり、鳥は互いに助け合って空を渡ることを覚えた。
そして幾度の生と死によって、人は多くを学び、やがて独自の文明を造った。火を使うことに慣れた者たちが、次第に頭脳を発達させた結果だった。
やがて人間は世界の真理を『 知』と呼ぶようになった。自然が作り上げた規律、人が作り出した定義、そんな諸々のものを『 知』として、次に生まれ来る子供達に教え伝えた。
それから数千年の時を経て、人間は万物の長として頂点に君臨した。『 知』を得たものだけに与えられた運命。彼らはそうして束の間の優越感に浸っていた。しかし、それも彼らと同じ人間によって、平和という日々は消し去られていった。
3205年、アリアナ大陸に勢力を拡大していたトゥアス帝国は、戦争に負けた国々に対して、彼らの持つ『 知』を差し出すように求めた。小国の学者や文献はトゥアスに吸収され、『 知』を奪われた国々は、文明を発展させることが出来なくなり、やがて他の国々の勢力は衰えていった。
3458年、トゥアス帝国の領土は広がり、この年、この地上の全ての国々は帝国に降った。それはトゥアスが全ての国々の『 知』を手に入れたということでもあった。世界を征服した帝国は民に圧力をかけることもなかったので、知識を失った国々は反乱を起こすこともなく、再び訪れた平和を謳歌した。そしてトゥアス帝国が世界の中心となってから、約500年の月日が流れた。
TC498年。トゥアスが世界を征服してから、もうすぐ500年を迎えようとしていた頃。帝国では500周年を記念した大掛かりな工事の為に、城下の周りの整備が行われていた。工事によって城下を囲む八方の門のうち、六つが閉ざされ、特に夜の出入りは禁止された。
そして、ある夜。帝国側はいつものように工事を行い、城下、そして城への出入りは禁止されていた。そして次の日の早朝。帝国へ貿易の品を運んできた馬車が、城下を目の前にして足を止めた。
そこにあったのは、風化して何千年も時を経たような、帝国の姿だった。
帝国の支配下になっていた諸国は、大慌てでトゥアスに使者を派遣した。しかし、どれも言うことは同じで、トゥアスの街は風化し、建物も崩れ落ちており、人の姿さえ見受けられない、城の中にあるはずの『 知』を記した文献すら無くなっていた、ということだった。
世界は一夜にして帝国と『 知』の両方を失った。そして世界は争乱の時代へと、変化していったのだ。
そして現在。誰もがこう思う。何故、帝国は一夜にして滅んだのか。何故、『 知』は消え去ってしまったのか。かつて世界の規律、そして定義を『知』と呼んで重宝してきた人間は、やがて過去に目を向けるようになる。
過去という、礎を。連鎖を作り出す、偶然という名の運命の正体を。
だから私は、最期の時に『過去を知る本』を残そう。人が知りたいと思う過去を全て教えてくれる本を。見落としてしまった過去の歴史と、その真実を知る本を。
私はこれを、過去の預言書と名付ける。