◆サン
山ダタリ。
それは山に住む山神の眷属の一種。山に慣れた者はかかりにくいが、そうでない者は山ダタリの目を見、声を聞き触れられると魂を繰られてしまう。基本彼らは山を荒らす者を追い出す程度のことしかやらない、山の番人。おかしなことをさせられるが、傷つけることはない。平安の世なら、それだけで済んだ。
けれど、今は、彼らに会って術にかかると……。
「おいっ、目を覚ませっ」
「そいつに近づくなっ」
繰られた男に近づく旅人の言葉と統二郎の叫ぶ声。
そう、現在の山ダタリは――――……
振り返る男。操られた若い旅人を押さえつける統二郎。鈍く鋭い光が閃く。
赤い飛沫が上がる。鉄の錆びたような匂い。
肉を切り刻む音。山ダタリの歪んだ嗤い。
「うああああああああああああああああああああああああ!!!」
繰られた男を押さえきれず、男が投げた刀が近くのもう一人の旅人に突き抜けた。
今の山ダタリは人を殺す。
荒れた世になったのは「お前ら(人間)のせいだ」と言わんばかりに。
繰られた男は統二郎を押しのけ次々と男達を襲っていった。泣きながら。体は操られようと意識はある。
男達は山ダタリの対処法を知らないみたいだった。ただ刀を振り回す男に、なんとか自分の刀で防ぐので精一杯で、残すは俺と統二郎そして二人の供。
はっきり言って俺は他の男に興味はなかった。まだ切られた男は生きているようだったけど、それよりも俺は自分の身が可愛かった。それに統二郎には生きて欲しかったんだ。
なにより、二人の旅人の目つきが俺は気に入らなかった。村人達に似た目つき。
だからこのまま逃げたかった。魔除けの紙も持っていたから二人でなら逃げられたんだ。
「希平!?」
呼び止める統二郎を振り切り俺は繰られた男に向かって走った。刀をかわし、足払いをして相手の手から刀を奪い取る。そして男の上に馬乗りになると山ダタリに向かって叫んだ。
「山ダタリ! お前の縄張りを荒らしたのはこいつか!?」
静まる空気。山ダタリは俺を凝視した。
「希平!」
駆け寄り肩を乱暴に揺らす統二郎。少し責めるような声。あいつは優しいから残った男二人も俺の元に来た。
「馬鹿な真似はよせっ」
無責任な男の言葉に俺は顔を上げた。これほどまでに、どうして山ダタリは怒っているか知らないのか。この男達が原因なのは明白だ。一番近くにいた統二郎を襲わなかった(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。最初に襲ったのは旅人の男。
俺は正岡の男達を睨みつけると、ため息をついた。
「どうせ全員で逃げるの無理だろ」
その言葉に固まる統二郎。
はっと気づいたように後ろを振り返る男たち。
「囲まれてしまったんだから」
そこには無数の山ダタリが木々や空の上から見下ろす姿があった。
供達の息を呑む音。俺はちらりと自分の下の男に切られた、もう一人の供を見た。
本当にもし、俺が統二郎と二人で逃げようと思えば逃げられた。けれど正岡の関係者だと知ってしまったから、少し情が移ってしまったんだ。
「まだ、傷つけられた男、生きてるだろ。山を下らせろよ。明らかにあの旅人達狙いだよ」
その言葉にびくりと乗っていた若い旅人の体が揺れた。体の自由が少し戻ったのか、そいつは泣き震えながら呟いた。
「お、狼の子を切ったダケなんだ……狼を、おおかみ。俺の、飯、めし食ったか、カラ」
奇声を上げたかと思うとその男は再び目を赤くして沈黙した。
それが山ダタリが怒った原因だった。狼は山神の使い、無理もない。他の動物とはわけが違う。
「そうか……やはりお前らか」
男たちはどうやら心当たりがあるらしい、繰られた男を睨んだ。俺はなんとなく、わかった。山が近くにある住民なら狼を害してはならないことくらい知っている。馬鹿な旅人だ。
俺は山ダタリを見た。無論山に慣れた俺はヤツの目を見ただけでは操られない。
「この男を殺せば済むのか?」
山ダタリがその言葉に俺を見る。心の奥底を覗き見るように。本当はこう言ったものの、俺は殺すつもりはなかった。俺はまだそこまで人間を捨てられない。俺はそう思っていたんだ。
けれど山ダタリが返してきた答えは更に残酷なものだった。
「スマヌ」
そんな声が聞こえたかと思うと目の前の妖が消えた。しまったと思った時には遅かった。
「男達ヲ皆殺シニシロ」
耳元で山ダタリの声が聞こえ、首の付け根を舐めれられた。
途端、体の自由が利かなくなる。意識だけが残り、感覚がなくなる。
やめろ! 殺したくない!
けれど意思とは反対に体は動く。目が赤く染まる。
そして握り締めた刀が閃く。
肉の切れる感覚。鮮血が散る。悲鳴が聞こえた。俺は旅人をその手で斬っていた。
俺は山ダタリに完全に繰られていた。
崩れるように倒れていく男達。正岡の、正岡の関係者達にさえ見境なく体は勝手に動いて切りつけていく。
やめてくれぇえっ。声にならない悲鳴を上げるがその思いは妖に届かなかった。供の男が死に絶えるまで、俺は刀を振り続けられた。
なにもかも終った時目の前は屍の山だった。
「や……めろ」
繰り返し声にならなかった叫びが今頃になって出てきた。もう遅いのに。
「止めろ!」
突然耳元で統二郎の声が聞こえた。耳が劈く。そして俺の体は崩れ落ちた。他人に大声で頭に衝撃を与えてもらう。それが山ダタリの繰りから逃れる方法。
統二郎、生きていたんだ。心の中でそっと呟く。でも俺は急速に体が冷たくなるのを感じた。唐突に力が抜けていく体。膝をついて不意に腕を見ると俺の肌が所々赤紫に蝕まれていた。忘れていた。山ダタリは魂を繰る時、その人間の生気さえも吸い取るのだと。
唇が紫になり、体が震えてきた。このままでは死んでしまう。それを止める方法は一つ。
繰った山ダタリを殺すこと。
「大丈夫だ」
不意に統二郎が言った。力なく振り返るとあいつは山ダタリを見ていた。そして寒気がするほどの妖力に統二郎は青白い光に包まれた。
それはあいつの気だった。生命力とも言える気。それが増幅していた。
怖気が走った。嫌な予感がする。
こんな力、あいつは持ってないはずなんだ。
「統二郎っ」
統二郎の気の光に怯む山ダタリ。それに向かうあいつの腕を掴んだ。本能的に俺は恐れた。震える手、それ以上言葉が出てこない。
それに振り返る統二郎。
あいつは笑っていた。とても穏やかで、でも少し悲しげに。
「生きろよ、希平は。……一緒にいれて楽しかったよ」
それが最後に統二郎の姿を見た最後だった。
光が包み込んで視界を遮ったかと思うと、弾けるよう暴音が起こった。それと共に爆ぜた強い風が俺の意識を吹き飛ばした。




