異世界ホワイト化計画
※ホラー要素があるのでご注意ください※
美しい世界だと思いました。
この異世界を守らなければいけないとも、思いました。
今しがた教えられたばかりの事実を、私は反芻するように声に出していたんです。
「人間は本来、女神さまが創った完璧な存在。だからこそ、美しい」
「そのとおりだ、シズカ。魔物であるヒトモドキを駆逐するのが、我々聖貌教の役目である。そなたには審美官としてヒトモドキの駆除を手伝ってもらいたい」
ヒトモドキは完全な存在である人間を羨み、真似をしようと人間に擬態します。ですが、完全な美を体現している人間になりきることはできません。必ず汚らわしくて醜いヒトモドキの姿になります。
日本にいた頃、私はずっと汚らしい男性が、この世からいなくなればいいと思っていました。醜い女性も。
「もちろんです。その任、是非ともわたくしに果たさせてください」
なんということでしょう。
人間は本来、美男美女しかいなかったんです。
こんな理想的な世界を脅かそうとする、醜くて汚らわしいヒトモドキ。それを排除することが社会全体のためになるだなんて。もはや自分の天命とさえ私は感じていました。
「ヒトモドキと人間の子供は人間として生まれてしまう。魔物の汚い血が混じってしまうのだ」
「一度混じってしまえば、それを絶やすことなど不可能に近いでしょう。醜い者は根こそぎ排除しなければならないと愚考します」
「そのとおりだ、シズカ。将来、それらの汚染物が人類に対してどのような災いをもたらすのか、わかったものではない。根絶こそが聖貌教の悲願だ」
「お任せください、大聖女さま。審美官シズカ、これより人間に擬態している気持ち悪い者を鏖殺してまいります」
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偉大なる審美官の仕事は、この世から醜い者を間引くことです。私にぴったりの仕事ですね。
「補佐官のリュドルクです。この世界に不慣れなシズカ様の補佐をするよう、大聖女さまから仰せつかっています」
「ありがとう。それで、あれは何をしているのです?」
私は広場の中央を指さしました。
そちらを向いたリュドルクが、合点がいったとばかりにうなずきます。
「ああ……。ただの見せしめです。聖貌教の意義に疑問を呈する市民も、時々は見られますので」
「……。嘆かわしいですね」
十中八九、ヒトモドキたちの自演でしょう。仲間を庇っているにすぎません。ちゃんとした人間ならば、気持ち悪い者を進んで助けるはずがないのですから。
磔にされた醜い者が数匹、自分の無実を叫んでいました。実に滑稽です。
「俺は人間だ!」
「私は無実よ。どうしてこんなひどいことを!」
手足を縛られているので、醜い者がどれだけ身をよじらせようとも、そこから動くことはありません。小気味よい眺めとも言えますが、いたずらに汚物を生きながらえさせるのは不愉快です。さっさと死んでもらいましょう。
「なぜ、処分をはじめないのです?」
私はリュドルクに尋ねます。
「審美官がいないと、ヒトモドキを殺せません」
「なるほど。私の到着を待っていたわけですね。それは失礼しましました」
広場に私は近づいていきます。
それを受け、間違ってもヒトモドキが逃げないように監視していた補佐官たちが、醜い者たちの殺害をはじめていきました。
「見よ! これこそが、こいつらの正体である!」
補佐官がヒトモドキの首を刎ねます。
おぞましいことですが、醜い者は人間とそっくりなのです。傷つけば赤い血を流し、切られれば悲鳴も上げます。自分を人間と勘違いしている、汚らしい不細工ども。
ですが、人間と決定的に違う点もあるんです。
足元まで転がって来た生首を、私は力強く踏みつけました。
ぐしゃりという感触は途中で消え、足元には柔らかい砂のようなものが残ります。
「……」
そうです。こいつらは死後、黒色の灰となって消えるのです。
「おお! 素晴らしい!」
「魔物が身近に住んでいたなんて……」
「ようやく、これで安心して眠ることができる」
市民たちがわあっと歓声を上げていました。なんと嘆かわしいことなのでしょう。醜い者に怯えていただなんて。
「今日は新たに、この町から魔物を駆除してくださる審美官さまをお迎えした!」
補佐官の案内に従って、私は恭しく市民に頭を下げました。
「審美官のシズカです。ご安心ください。醜い者たちは一匹残らず、私が駆除いたします」
言いおえるよりも早く、私は駆除された汚物たちに清めの火を放ちました。
浄化の炎。
異世界に来られたことで、私はこの清めの火を操れるようになったのです。醜い者を駆除するのにふさわしい、美しい光炎と言えましょう。
そのとき、私は視界の端に不自然な動きを捉えていました。
まるで広場から逃げだそうとする動き。
間違いありません、あれはヒトモドキです。
なんて醜い体つきなんでしょうか。あんなに太っていてよくもまあ、平気で外出ができるものです。私なら恥ずかしくて出歩くことなんて、とてもではありませんができません。
「おい……」
「はっ!」
私はリュドルクに顎で指示して、あの醜い者を追うように伝えました。本来であれば、同じ空気を吸っていることさえ許しがたい存在です。1秒でも早く殺してやりたいのですが、今は市民のみなさんに対するパフォーマンスのほうが重要です。
口元に貼りつけた笑顔を片時も崩すことなく、私は広場をあとにします。
幸い、リュドルクの姿はすぐに見つけることができました。
「あそこです。……しかし、シズカ様は本当に彼女がヒトモドキだとお思いなんですか? 先ほどから観察している限りですと、そこまでだとは自分にはどうにも。確かに、行動は挙動不審ですし、怯えているようにも見えますが、年頃であればこのくらいよくあることでしょう」
リュドルクが私を諫めようとして来ます。それとも、相手が女の見た目をしているばっかりに、判断が甘くなってしまっているんでしょうか。
「馬鹿なんですか? あんなに太っていて人間なわけがないじゃないですか」
補佐官といえども、美醜のわからない人たちだらけなのかと思うと、少し頭が痛くなって来ますね。
私は醜い者に向かって清めの火を放ちました。
「な、何を! シズカさま、おやめください」
「まだるっこしいんですよ。一々、殺してから確認するなんて」
醜い者が品のない声で助けを求めて来ました。
気持ちが悪かったので、私は火力を高めます。
まもなく、その場にはかすかに黒い灰が残されていました。
「わかりましたか、リュドルク? 市民のために見せしめが必要だというのであれば、最低限にしてください。私たちの使命が、この世から醜い者たちを根絶やしにすることであるのをお忘れなきよう」
「し、承知しました」
引きつった顔でリュドルクがうなずきます。
「このまま巡回に向かいましょう」
町を見回り、人間のふりをしている醜い者たちを駆除することも、私たちの大切な仕事です。
前任の審美官は、どうにもずいんぶと仕事を怠けていたようですね。
軽く見て回るだけでも、次から次へと醜い者が見つかります。いったいどこにいたというのか、うじゃうじゃと出て来るんです。
女性にしつこく迫る男型の醜い者。ろくに水浴びもしていないような、髪をべったりと頭に張りつけているチー牛。いかにも自分は無害ですとアピールしたくてたまらない、軟弱なもやしっ子。
……おぞましい。
もしも自分の子にあんなのの血が混じったらと思うと、どれだけ愛しい我が子であろうと、嫌いになってしまいます。
ついでに、女型の醜い者も殺しておきましょう。口を開けて大声で笑っている馬鹿たれ。まるで自分が世界の中心だとでも思っているかのようです。淑女なら、あんなはしたない行動は取りません。完全にヒトモドキです。
私は醜い者の首筋に刃物を突き立てました。速やかに、その体が黒い灰へと変貌を遂げていきます。
「……ほらね」
間違えるはずがないんですよ。
私には醜い者かどうかが一目でわかります。大聖女さまが私を審美官にお選びになったのは、これ以上にないほど的確な任命でした。
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ここ数日間の活動によって、この町はホワイト化して来ました。
美男美女だけの町。
私が理想とする世界が、ようやく現実のものになって来たんです。
「シズカ様!」
「審美官のシズカ様だ!」
私を慕う市民たちが、こちらへと近寄って来ます。私がこの世界に訪れた当初よりも、市民たちの顔に笑顔が増えているのは、決して気のせいだけではないのでしょう。醜い者たちの脅威が去ったことで、ようやく人間本来の活気を取り戻しているようでした。
ですが、まだ完璧ではありません。
表には出て来ていないだけで、人間の真似をしている不愉快極まりない存在が、この町には大勢潜んでいます。
大聖女さまから召喚を受けていた私は、市民たちとの会話を丁重におえると、急いで聖貌教のチャペルに向かいました。
着くなり早々、大聖女さまが私に声をかけて来ます。
「ずいぶんと精力的に活動しているようだな、シズカ」
これには答えに窮してしまいます。
少々強引に、事を運びすぎてしまったでしょうか。
審美官という天職を剥奪されるのはごめんです。
私はどうにか言い訳をひねり出しました。
「醜い者の根絶はわたくしたち聖貌教の悲願! 一刻も早い成就をと、ついつい気が急いてしまいました」
「任務に忠実であることは素晴らしいことだが、聖貌教の権威を保つためには市民の支持が必須である。見せしめの火刑をおろそかにするようなことがあっては困る」
「ご安心ください、大聖女さま。近々、隠れ住んでいる醜い者たちを一掃する準備を進めております。ひっとらえた暁には、そのうちのいくつかをまた、広場で磔にいたしましょう」
「……よろしい。くれぐれも手を抜こうなどと思うなよ」
「もちろんです」
私は慇懃に頭を下げ、チャペルをあとにしました。
いつの間に来たのやら、外には補佐官のリュドルクが私を待っていました。
「例の作戦をはじめてください」
リュドルクに指示を飛ばします。
山狩りの開始です。
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その組織は、自分たちを同病相憐と名乗っていました。
名前にたがわず、弱者が集まってお互いに傷を舐めあおうという趣旨の団体のようです。醜い者が群れて固まるだなんて、本当に反吐が出ます。ここでもまた、自分たちが無害であり、あまつさえ被害者であるかのようにふるまっているんです。他人を不愉快にさせているという自覚がないんですよ。本当に気色が悪いですね。
深夜。
私は集まった補佐官たちを見渡していました。
「はじめましょう。決して1匹も逃がさぬように!」
「おおおお!」
私の檄に一同が声を上げました。
町のはずれにひっそりと建てられたログハウス。そこが同病相憐の拠点です。
私の合図で補佐官たちが進んでいきます。
「……。ようやくですね」
やっとこれで正しい方向に世界が向かいます。
もちろん、完璧にはまだまだ程遠いですが、今回の駆除によって町の大部分があるべき美しさと、本来備わっている清潔さを取り戻すはずでした。
逃げだす醜い者たち。
その容姿から行動まで、何もかもが汚らしい。
順調に補佐官たちがヒトモドキを生け捕りにしているようでした。私としてはこの場で全員を処分したいところなのですが、あまり大聖女さまの心証を悪くするのも控えたいところです。数名は見せしめのために残しておかなければいけないでしょう。
裏を返せば、それ以外についてなら、この場で殺してしまっても構わないということです。
私も残党狩りに参加するべく、動きはじめます。
12匹ほど処分したときだったでしょうか。
「シズカさま!」
悲鳴のようにリュドルクが私の名を呼ぶので、私は彼のもとに駆け寄りました。
「いったい、どうしたというのです?」
そこには小太りの中年が、血を流して倒れていました。
リュドルクの目が泳いでいます。
「抵抗が激しかったもので、つい……」
醜い者は死んでから時間が経っているというのに、一向に黒い灰には変化しようとしていません。つまり、ヒトモドキではなかったということです。
「……なんだ、こんなことですか」
私は死体に向かって清めの火を放ちました。
どのみち死後にしか、本当にヒトモドキであったかどうかは確かめられないのです。処分するしかありません。だからこそ、最初から私は燃やしていたんですから。
「今のは明らかに……」
リュドルクが困惑した表情で私を見つめます。
「だったら、なんだと言うんです?」
そんなリュドルクを私は冷ややかに見つめ返しました。
「い、いえ……」
「いいですか? 醜いことは女神さまへの冒涜です」
「し、しかし――」
「わかっているんですか? こいつらは人のいい人間に寄生する害獣でしかないんです。こちらが下手に出れば、すぐに調子に乗り、叶わない幻想を抱く。そうして、自分の要求が通らなければ駄々をこね、はては力づくでも従わせようとする。害悪なんですよ! 生きていちゃいけないんです」
やっと私は、日本で実現できなかったことを叶えられるんです。
こんなチャンス、絶対に逃がすわけにはいきません。あいつらは人間じゃないんです。醜い者は一匹残らず、私がこの手で殺します。醜い者のいない理想社会を必ず実現してみせます。
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しかし、審美官ほど強固に聖貌教に忠誠を誓っているわけではない審美官に、先の一件を見られたことは大きかったのでしょう。同病相憐を一掃した件で、私は再び大聖女さまから召還を受けていました。
「ヒトモドキではない者を殺めたそうだな」
さすがに、ここは嘘でも謝っておくべきでしょうか。次から、火刑に処す者以外、私が直接清めてしまえば証拠は残りません。
「はっ! 大変、申し訳ございませんでした。なにぶん、死後にしか区別することが――」
「いや、そこではない」
「……はい?」
妙な話の流れに、私は相手が大聖女さまであることも忘れて、素直に首を傾げてしまっていました。
「問題は、それをただの補佐官に見られた点にある。ヒトモドキが人間であったことなど、些事だ」
大聖女さまの台詞で、ようやく私も理解しました。
きゃっは!
「やはり大聖女さまもこちら側の人間!」
「当然だ。そもそも魔物は、あのような気持ち悪い同族を排除するべく作り出されたものなのだからな。ホワイト化。この計画はもう何年も前からはじまっているのだ。こんなところで、ケチをつけられるわけにはいかないのだよ」
聖貌教は、社会から醜い者たちを排除する完璧な装置!
「もちろんです、大聖女さま! わたくしも限りある大切な資源が、気持ち悪い人間にちょっとでも使われているのかと思うと、気が変になりそうです」
「さすがだ、シズカ。今ほど、そなたを異界より呼び寄せたことに感謝することはないだろう。……だが、現実の問題は深刻だ」
大聖女さまが私と同じ思想であるとわかったならば、もはや胸のうちを明かすことに一片の迷いもありません。
「ご安心ください、大聖女さま。女神さまへの信仰を利用いたしましょう」
「ふむ、どういうことだ?」
「彼らのことは、ヒトモドキを根絶させるための尊い犠牲と喧伝するのです。社会の礎となる高潔な魂は、女神さまによって残らず救済されるとすれば、市民も納得するでしょう」
私の発言に、大聖女さまはくすりと微笑みになられました。
「実際には、汚れた魂の間違いだがな。よかろう、その方針で行く。委細はシズカに任せるぞ」
「お任せください。必ずや、醜い者を根絶やしにして御覧に入れます」
私は自分の考えをより広範に適用できるよう、補佐官を通して市民たちに伝えていきました。
すなわち、美しき人間と融合するようなヒトモドキが、新たに現れたことにしたのです。
この魔物に寄生されてしまうと、どんどんと顔貌が歪んでしまいます。ですが、初期段階であれば分離が可能であると判明したことにして、町中を宣伝して回ったのです。
結果は上々。
自己申告よるあぶり出しも着実に成果を上げています。
「素晴らしい! これこそがありうべき世界の姿です!」
この美男美女溢れる美しい異世界を、私が完璧なものに仕立て上げてみせましょう。
守ろうとするやつは全員、敵です。
※
『本部から各支部へ。同病相憐がやられた。くり返す。同病相憐がやられた。もはや対話は無用である。同士諸君、武器を取れ。今こそ立ちあがるのだ。我々の生存を確保せよ!』




