ウッドワス
そいつはある日、突然現れた。
妙に間抜けな顔つきの犬だった。
毎日仕事に行くわしの後をつけ回し、相手をしろと服の裾を噛んでは引っ張ってくる。何度も穴を開けられ、引きずられてはこかされ、嫌気がさしたわしは仕方なくそいつの相手をしてやることにした。
相手をしてやれば犬は尻尾がちぎれそうなほど喜んで、何度も何度もわしに飛びついてきた。
いつまでも相手はできんと気を逸らすために肉をやれば、何を勘違いしたのか会うたびにカバンの中に顔を突っ込み肉を探すようになってしまった。バカなことをした。餌付けすればどうなるか、出会いからしてわかるものだ。
犬はわしの生活に入り込み、いつしか家の近くを根城にしたようだった。そして毎日、仕事で忙しいわしに遊べとまとわりつき、肉をよこせとよだれをたらして見つめてくる。まったく、恥も何もない。腹立たしく鬱陶しかったが、どうも追い払えず非常に認め難いがわしは根負けした。
犬にウッドワスと名つけ、家にあげるようになった。毎日顔を合わせていれば、このバカ犬も少しは落ち着くだろう。それは正解だったようで、ウッドワスは家の中で穏やかに過ごすことも覚えていった。それでも、一日に一回はわしに飛びついて遊べと図々しくねだり、肉は大きいものばかり欲しがった。
遠慮も覚えろ、バカ犬め。
何度かともに冬を越し、迎えた春の日。
ウッドワスは一人の子供を拾ってきた。
とうとう拾い癖まで覚えてきた。怒りより呆れが先に来た。子どもはウッドワスから離れず、ウッドワスは子どもから離れようとしない。引き離す労力よりも、迎え入れる諦めの方がずっと楽だった。
仕方なくだからな、二度とするんじゃない。
果たして、ウッドワスが承知できていたかはわからない。しばらく大人しくしていたが、フリだったかもしれん。
子どもは森に捨てられ、途方に暮れていたところをウッドワスが見つけたらしかった。痩せ細った小さな子どもを守るべきだとでも思ったのか、犬の分際でウッドワスは献身的に面倒を見ているようだった。しかも、わしに手伝えと言わんばかりに訴えてくる。またしても根負けさせられ、わしは子どもにミアと名づけて仕事を手伝わせることにした。
山を歩き、木や枝を切って売り物にする。
子どもは泣き言一つ言わず必死にわしについてきた。大昔のウッドワスに重なってしまえば、止めることもできなかった。仕事を手伝わせ、家のことを教え、冬を二度ほど越した頃にはミィはウッドワスと同じく、すっかりわしの生活の一部となっていた。
ウッドワスは変わらずミィのそばにいて、わしには飛びついてくることがなくなっていた。老いのせいもあるだろうとミィに言われ、確かにすっかり衰えてしまった姿に気づき、しばらく言葉が出なかった。わしが近づいても、疲れ始めた体は尻尾を振り回す勢いすら弱くなっていた。だのに、わしを見上げる目は変わりなく輝き、静かな熾火のように熱い喜びに満ちている。
わしは、ウッドワスと眠ることが増えた。ミィも知らぬ間に一緒に寝ていた。もういらんだろうに、寝物語にウッドワスとわしの話をせがまれる。普段は固く閉ざされたわしの口も、そんな時ばかりはよく動きウッドワスの暴れぶりや迷惑ぶりを聴かせた。時折、ウッドワスが話を遮るように吠えたが、嘘じゃないぞ、お前は本当に昔からわしに飛びついてははしゃいでいたろう、と言ってやると大人しくなった。
ミィもウッドワスと過ごした日々を語った。艶のない毛皮を撫でる手つきの優しさ、時折震えて沈黙する声、暖炉のそばでともにあること。まるで夢のような日々だった。
そうして、冬を迎える前の秋の終わり。
ウッドワスはわしらの前から消えることなく、暖炉の前で、わしらの前で、穏やかに眠った。
不思議と悲しくならなかった。
冷たくなり、固くなっていくウッドワスを見ていても、これまでの日々ばかりが浮かんでくる。らしくなく昔語りをしたせいか、昔のウッドワスのこともよく思い出せた。色のない思い出ばかりだった。
だが、わしと違ってミィは全身を震わせて大声で泣いていた。もう動かないウッドワスに縋りつき、何度も名を呼んで。
気づけば、涙がこぼれていた。
思い出に色がもどる。
ミィの背を撫でながら、ウッドワスに言ってやった。
お前の肉くらい、食っていかんか。
ミィと二人、ウッドワスとともに過ごした最後の日だった。
「おじいちゃん、ウッドワスはなんでおじいちゃんのとこに来たんだろ」
「そんなものわしが知るか。あいつが勝手に来て勝手にいついたんだ。まったく、しつこいったらなかったもんだ」
「じゃあずっとずっと前から、ウッドワスはおじいちゃんが大好きだったんだ。一緒にいたいから、根負けさせるまで一緒にいさせて! てアピールしてたんだよ」
「あいつが言ったのか?」
「まさか。でも、見てたらわかるよ。ウッドワスがおじいちゃんのこと大好きで、ずっとずっと一緒にいたかったことくらい」
「どうだかな」
「もー、素直じゃないなぁ。わかってるくせに」
「……知っとるさ。あいつが、どうしようもないバカ犬だったことはな」
「でもさ、だからって、お肉で釣られたりしないんじゃない?」
「なぁに、あいつはいつもわしに肉をねだってたんだ。天国で食い損ねてるかもしれん」
「それもそっか」
ある日、ウッドワスの墓前にて。




