1 灰冠
勇者が世界から嫌われた日の翌日。
エリシアは、リベランド王国を離れどこかに向かって歩いていた。
しばらく進むと、霧の向こうに城のような建造物が浮かび上がる。
灰色の石壁には、王冠を象った紋章が刻まれている。
エリシアはその前で立ち止まった。
「――我らが灰冠のために」
呟いた瞬間、重い門が軋んで開く。
中へ進み、奥の扉を開いた。
「ただいま戻りました、グロリア様。」
玉座のような椅子に腰掛けた、大柄な男が視線だけを向ける。
周囲に控える者たちは、無言で頭を垂れていた。
「意外と長かったじゃないか。3年ほどか?」
「3年と2ヶ月です。魔王討伐というのは勇者の力があっても容易いものではないんですよ」
不満をぶつけるように声のトーンを低くしながらエリシアは喋る。
「魔王は討伐し、シルア王国は壊滅寸前まで追い込みました。廃国になるのは時間の問題かと。」
「そうか...よくやった。やはりお前に頼んだのは正解だったな。」
エリシアはふふと笑い、「当たり前でしょう」と言うように腕を組んだ。
「で、勇者の処理はどうなったんだ?リベランドの連中はきちんと動いたのか?」
「ええ。発見された後、そのまま追われる立場になっています。周辺国にも話は回っているはずです」
「生死は?」
「まだ生きています」
その言葉に、グロリアはわずかに目を細めた。
「...そうか」
短くそれだけ言うと、椅子の背にもたれ、ゆっくりと息を吐く。
「お前が殺すことは出来なかったのか?」
「ええ、きっと無理でしょう。彼は一応勇者ですし、凶悪なスキルも持っていますから。
なので、王国の数の暴力にお願いしようかなと」
「シルアの情勢は?」
「すでに混乱が広がっています。国境付近では盗賊が増え、都市でも暴動が起き始めているとか」
「予想より早いな」
グロリアはどこか愉快そうに口元を歪めた。
「魔王という蓋が外れただけでこれだ。あの国はずいぶん脆かったらしい」
「ええ。本当に。自分たちが何に守られていたのか、最後まで理解していなかったのでしょう」
エリシアは肩をすくめる。
「あそこは元々は我々の領土だったのにどこかのバカが勝手に建国しやがったからな。邪魔者が消えた」
グロリアは椅子から身を乗り出し目を大きく開く。
「お前は本当にいつも期待通りに動いてくれるな。」
グロリアは口元だけを歪めながらエリシアを褒め称える。
エリシアは駒のような扱いをされることを喜ぶかのように、少し誇らしげに目を細めて笑った。
「──勇者の様子はどうだった?」
そのグロリアの問いに、エリシアは少し考えてから口を開く。
「最後まで私を信じていましたね。思ったより頑丈な人でしたよ。
...非常に利用しやすくて助かりました」
その言葉を聞いてグロリアはハハ、と笑う。
「頑丈な奴なら内面から崩せばいいだけだな。
3年間の徒労が無駄になった挙句、罪人として扱われるのはどんな気分なんだろうな」
エリシアは、少し遠くを見ながら考える。
「きっと、最悪でしょうね」
***
「──以上!では、任命された者は装備を着用し直ちに出撃体制に入れ!」
リベランド王国、対勇者捕縛隊の隊長ゲル・マリノスはため息をつきながら剣を眺めていた。
リベランド王国で、勇者は『国を滅ぼした疑いがある』として確保命令を出されている。
そんな凶悪な奴と戦うなんて、俺は生きて帰って来れるのだろうか?
「どうしたんすか?マリノスさん。何か思い悩んでるみたいっすけど」
後輩のヒナタがニヤニヤしながら話しかけてくる。
「あぁいや、何もないんだ。少し緊張していただけだ」
「マリノスさんが緊張なんて珍しいっすね〜。ま、僕たちなら大丈夫っすよ。気楽に行きましょ、気楽に 」
「....あぁ、そうだな」
ヒナタはいつも楽観的で、俺の緊張なんて吹き飛ばすような性格をしていた。
「まぁ、今回もなんとかなるだろ。」
***
「先程、この森の中で勇者と見られる人影があったと報告された!今から各隊ごとに違う経路で森に突入し、勇者を見つけ次第拘束する!準備はいいか!」
マリノスは少し緊張しながらも、ふーっと深呼吸する。
「よし、マリノスさん行きましょう!」
ヒナタと複数の兵士で森に突入する。
数時間後、他の隊から魔法での連絡があった。
《勇者を発見!これより監視に移る。直ちに合流せよ》
「マリノスさん、勇者見つかったみたいっすよ!早く行きましょう!」
「あぁ、そうだな」
広大な森の中だったが、思ったより早く勇者は見つかった。
2人は足速に移動した。
数分後、魔法で示された場所に到着する。
だが、そこは静かで仲間の姿も見当たらなかった。
「あれ、マリノスさん...ここで合ってますよね?めちゃくちゃ静かじゃないですか?」
マリノスは頷きながら、茂みを出る。
──その瞬間、マリノスは顔を真っ青に染め『静かに』とジェスチャーを送る。
そこには、数分前に自分に連絡を送ってきた兵士たちが、首を無くした状態で倒れていた。
「ひっ...!?な、なんすか...これ...!?」
ヒナタは後ずさりながら声を漏らす。マリノスはそれに返答することは出来なかった。
「あれ、ま〜た援軍?一応これでもぼくは勇者なんだぜ、敵みたいな扱いはやめてくれよ」
奥の茂みの方から、軽快な声をした人物がぬるっと現れる。
短い黒髪で青いマントを羽織った男。
それは紛れもなく、勇者の特徴と一致していた。
しかし、それを『勇者』と形容するには難しいくらいのドス黒い空気に覆われていた。
「ぼくは双方 迅。きみたちの思ってる通り『勇者』で合ってるよ。」
勇者──迅という男は、その足元のおぞましい光景とは裏腹に、まるでお見合いでもしているかのようにニコニコしながら話しかけてきた。
「ゆっ...勇者...!お、前を...捕えさせてもらう...」
ヒナタが震える声で迅に宣言する。
「おいおい、捕らえるだなんてまるでぼくが獣みたいじゃあないか
何回も言うけど一応勇者だぜ?」
迅はそう言いながら足元に落ちていた木の枝を拾う。。
ヒナタとマリノスは咄嗟に戦闘態勢をとった。
「《腐可逆》」
その言葉を呟いた途端、迅がその場から消える。
「まずいッ!ヒナタ!構えろ!」
何とか冷静になり、必死の形相でヒナタへ警告する。
しかし、その言葉に返事はなかった。
──ヒナタの首は、鋭さの欠片もない木の枝によって残酷に切り捨てられていた。
作中で出てきた「灰冠」ですが、『異世界に存在する大規模な犯罪組織』と思っていただくと分かりやすいと思います。




