5_ほんの少しの変化
翌朝。
何も変わっていないはずだった。
薄い粥。
乾いた空気。
骨ばった子どもたち。
それでも——
どこか、違った。
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最初に違和感を覚えたのは、あの子だった。
昨夜、目を覚ましていた子。
いつもなら、立ち上がるとすぐにふらつく。
膝が笑って、壁に手をつく。
だが、その日は——
一歩、持ちこたえた。
ほんの一瞬。
それでも、確かに。
「……あれ」
自分でも気づかないほどの変化。
だが、その一歩は、いつもより長かった。
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別の子が、匙を持つ。
いつもは震えて、半分も口に運べない。
けれど今日は、三口、食べた。
四口目で落とした。
それでも——
三口、食べた。
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外に出る。
畑は相変わらず死んでいる。
土は固く、空は白い。
大人が鍬を振るう。
昨日と同じ、重い動き。
だが——
振り下ろす回数が、一回、多かった。
それだけだ。
それだけなのに。
その一回で、石がひとつ転がった。
その下の土は、少しだけ柔らかかった。
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誰も気づかない。
当たり前だ。
変化が小さすぎる。
希望と呼ぶには、あまりにも微細。
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だが。
飢えた世界では、その「わずか」がすべてを分ける。
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昼。
一人の子どもが、倒れなかった。
いつもなら、この時間には地面に伏している。
呼吸が浅くなり、目が虚ろになる。
だがその日は、立っていた。
ただ立っているだけ。
何もできていない。
それでも——
倒れなかった。
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夕方。
荷車が来る。
また、死体だ。
誰も驚かない。
ただ、数を数える。
昨日より多いか、少ないか。
それだけ。
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だが、その中で。
一人だけ、まだ息のある者がいた。
かすかな呼吸。
今にも途切れそうな。
いつもなら、見過ごされる。
どうせ助からない。
そう判断される。
だが、その日は——
一人の大人が、ほんの少しだけ迷った。
なぜか。
理由はない。
ただ、いつもより「余裕」があった。
ほんのわずか。
誤差のような体力。
それが、判断を変えた。
「……中に運べ」
誰かが驚いた顔をする。
だが、反論はなかった。
その一人は、救われた。
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夜。
僕は、また眠れなかった。
理由は分かっている。
胸の奥が、ざわついている。
昨日と同じだ。
いや、違う。
昨日より、少しだけ——
近い。
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口を開く。
また、音が漏れる。
掠れている。
途切れる。
それでも、繋ぐ。
悲しみの果て
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今日は、少しだけ長く続いた。
ほんの数音。
それだけ。
だが、確かに昨日より先へ行った。
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気づかない。
僕も。
周りも。
誰一人として。
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ただ。
昨日より、少しだけ多くの子どもが、途中で目を覚まさなかった。
眠れたのだ。
空腹の中で。
痛みの中で。
それは奇跡に近い。
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音が消える。
また、途切れる。
息が持たない。
そこで終わり。
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静寂。
だが、その静寂は、昨日とは違った。
ほんの少しだけ、柔らかい。
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その夜。
死んだ者は、いつもより一人、少なかった。
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誰も気づかない。
誰も記録しない。
誰も理由を探らない。
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だが。
確かに。
何かが、変わり始めていた。
ほんの、わずかに。
誤差のように。
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そして、その誤差こそが——
この世界では、生と死を分ける。




