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土は黒いと思っていた話

作者: 暇庭宅男
掲載日:2025/12/02

突然だが皆さんは、土、と聞いて、とっさに思い浮かぶ色はなんだろうか。


日本国内には様々な土壌が存在するが、半分以上の人は茶褐色の土を想像するのではないだろうか。


みんな当たり前のようにそう言う茶褐色の土。だが私にとっては、幼稚園から小学校にかけて、茶色の土が存在するという事実が多段攻撃のように心に衝撃を与えた。


土は黒い。私は幼稚園に入園するその年まで、土の色とは墨汁や炭の粉のような真っ黒なものであると信じて疑わなかった。


私の住む地域、ことに私の現住所がある山すその畑も、田んぼも、土の色は真っ黒だ。濡れているとなお真っ黒であり、小さいころ祖父と祖母の後に続いて畑に遊びに行った日には服を真っ黒に汚して母が悲鳴を上げたものだ。


多湿黒ボク土。東北の火山が繰り返し噴火して2メートル近く厚く積もった火山灰の上で、植物が育っては枯れ、育っては枯れを数千年繰り返して生まれた土だ。腐った植物体をたっぷり含むので色はほんとうに真っ黒。雨など降ると畑で落とした黒い腕時計などは見つけるのに難儀するほどなのだ。


黒ボク土は性質上、窒素分を溜め込みやすく、窒素肥料のあげ方には注意が必要だ。うっかり施しすぎれば濃すぎる肥料分がいつまでも抜けないまま、様々な作物を育てるときに病気や害虫を引き寄せてしまう。


反対にこれも肥料分として大切なリン酸は、黒ボク土の畑ではあまり効果が出ない。火山灰の中にあるアルミニウムがリン酸とくっついて、植物に利用されにくくしてしまうからだ。


そんなこんなで一長一短がありつつも、黒ボク土は総合的にはけっこう優秀な土だと思う。というか田んぼにするには最高の土で、リン酸の問題と並んで欠点と言われる水はけの悪さも、どうせ水田になるのならまったく問題にならない。うまくできているものだ。


さて、土は黒いもんだろと思っていた私は、幼稚園のお絵かきの時間だったと思うのだが、土を黒いクレヨンで塗っていて、当時の先生に驚かれたのだ。


「えっ、宅男くん、土は真っ黒じゃないでしょ」


「えっ?黒いよお、畑、真っ黒だもん」


私としては黒いクレヨンで畑の土の色とすることになんの疑問も抱かなかったのだが、先生はそうではないようだった。


「先生が土を描くよ。見ててね〜ほら、こういう色なんだよ」


先生は画用紙に薄茶色から焦げ茶までを上手に塗り重ねながらそういった。なるほど今思い返せば、一般的な土のイメージとはそういうものだ。だが、その時の私は、土だけは見たままじゃない色を描かねばならぬらしいとトンチンカンな理解をした覚えがある。


あとから聞いたがその先生は関東生まれ。つまり関東ローム層の典型的な茶色の土の色が最もなじみがあったのだ。


そこからさらに数ヶ月、私の土の色に対する先入観はいよいよ破壊されることとなる。


「あれっ!?畑の色が……」


茨城県ひたちなかのさつまいも畑。那珂川のほとりに積もったのだろう砂地の畑は、私がその時言った言葉そのままに言うなら、クリーム色をしていた。さすがにクリーム色は言い過ぎだが明るい 茶褐色だ。衝撃だった。そういう土地があることを考えたこともなかった。後に知ることになるのだがその明るい茶褐色の土が、全国一のさつまいも産地の土台となっていたのだ。


さらに数年後。

小学校3年生になった私は社会科の教科書で、南九州のシラス台地の写真を見ることになる。


「白い土だ……」


またも黒い土に慣れた人間の大げさが炸裂したが、けれど、本当にそう見えるのだ。黒い手袋など畑に落としたら二度と見つからないような土地に住んでいると、九州の畑などは真っ白に見えるのだ。その時意識はしていなかったが、地理学というものに目覚めたのはまさしくその瞬間だったと思う。以降高校卒業まで、地理学の楽しさは勉強を続ける大切な糧になった。


学生時代を終え仕事にきりきり舞いさせられた新人時代をギリギリの低空飛行で越え、改めて真っ黒な田畑へと戻ってくると、何の気なしにいじっていた土も不思議な感慨を帯びてくる。


6千年前、火砕流で尽くが(うず)められたこの地で、しかし様々な植物は決して滅ぶことなく、数千年の間、毎年毎年生長しては枯れた。


植物の遺骸はミミズとモグラに絶えず耕し続けられ、もとから安山岩質の濃いネズミ色の火山灰は真っ黒な土へと変わっていった。その先に我々が、真っ黒な土の恵みをうけて食べ物を作っている。

いつでもベトベトと重たいが決して硬くはない土は、大根やゴボウを作ってもいいし、窒素肥料が効きやすいのでコメがよく取れる。

夏に作るスイカも、砂地で作られるスイカとはまた違う濃い甘さと硬めの心地良い歯触りを持つ。さつまいもを育てるとこれも産地とは違う極端に丸いボール状のおかしな形のものが取れて、なのに味は決して悪くなく甘みも強い。


田畑のほぼ全てを占める多湿黒ボク土、多分死ぬまでこの土とつきあうのだろうなと思うと、妙な愛着さえ感じるから不思議だ。


私はこの真っ黒な土の上に生まれ、この土に生かされ、いつの日にかこの土へ還る。この真っ黒な大地こそはきっと、私のゆりかごであり墓場なのだ。

この辺てほんとに土の色真っ黒だよねぇ〜と長崎出身の方に言われ、そうだなぁと思いを巡らすうちに思い出したことなどを文章にしたもの。

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