7.5話:国家転覆罪
「魔法使い……ですか?」
謁見の間に連れてこられた俺は、乾いた声で聞き返した。
俺は罪人のように、両手首を後ろ手に拘束された状態で、膝をついていた。
玉座に腰掛けた陛下は、大仰に頷いてみせる。
「そうだ。キャロライン・キルシュネライトは五十三年ぶりに生まれた魔法使いなのだよ」
「恐れながら、陛下。魔法使いというのは、ルヒトゥルス国の歴史でも、十人程度しかいない、という……?」
俺でも、魔法使いの存在は知っていた。
おとぎ話のようなものだと思っていた。
この国、ルヒトゥルスに十人程度いたとされる魔法使いは、神話のようにあやふやな存在だった。
だけど流石に、こんな状況で陛下も冗談は言わないだろう。
彼の表情は億劫そうにも、疲弊したようにも見えた。
うんざりしたように、陛下はため息を吐く。
「実際は、その倍以上はいるがな」
「なっ……」
「なぜ秘匿しているのか、と思っただろう?今起きているこの状況こそが、まさにその答えだよ」
今この状況──言われて、気がつく。
キャロラインが魔法使いなら、この事件はただの貴族令嬢の誘拐では収まらない。
彼女は、もっと丁重に扱わなければならない人だったのだ。
それを知ると同時に、背筋に冷たいものが走った。
とんでもないことが起きているのだと、ようやく理解したからだ。
陛下は、やっと分かったか、といわんばかりに俺を見た。
「魔法使いについて、もう少し説明してやろう。お前もどうしてこんなことになったか、知りたいだろう?」
「──!!」
瞬間的に、カッと頭に血が上った。
このひとは、俺の無罪を知っている。
それでいて、自白を強要させるよう指示を出したのだとわかったからだ。
陛下は、俺に罪を着せようとしている。
ふざけるな、と馬鹿にするのも大概にしろとそう言いたかったが、立場上、それは出来なかった。少なくとも、今はまだ。
今頃、父が必死に動いてくれていることだろう。
思えば、ローゼンハイムは王家に振り回されっぱなしだ。
貴族の宿命といえばそれまでだが、ここまで虚仮にされても耐えなければならないものなのか。
そんなものが、貴族の矜恃。守るべき立場というものなのだろうか……?
もはや、俺には分からない。
ああ、睡眠不足で頭痛がする。
上手く頭が働かない。
陛下はゆったりとした声で続けた。
「我が国には、国境付近に魔障壁があるのを知っているな?あれがあるからこそ、我が国は他国からの侵攻を受けずに済んでいる」
突然話が変わり、面食らう。
しかし、世間話などではないだろう。
なにか意味があるはずだ。
「……はい。聖なる森に住む、精霊の加護、ですね」
低い声で、歯切れ悪く答える。
随分反抗的な態度だった。
しかし、陛下は俺の様子に構わず話を続けた。
まるで、俺の感情などどうでもいいと言わんばかりに。
「ああ、そうだ。だけど実際は、精霊の加護によるものではない。あれはな、人的魔力……つまり、意図して造られたものだ」
陛下の話の終着点を察し、言葉を失った。
【魔法使い】は魔力と技量の高さの象徴であり、その証明でもある。
そして、陛下が意味を持ってこの話……つまり、魔障壁の話を持ち出した、ということは──。
恐らく、俺は相当酷い顔色をしているのだろう。
陛下は、俺が答えに辿り着いたことに気付くと、含みのある笑みを浮かべた。
「魔法使いには、魔障壁を維持する務めがある。……分かるかい?ローガン・ローゼンハイム。お前にかけられている容疑は、貴族令嬢の誘拐や殺害などではない」
落ち着いた声で酷く冷たく、陛下は言った。
「国家転覆罪だ」




