7話:縁があるもの
彼らの目的は、何?
素早く視線を走らせると、護衛は既に倒れていた。不意打ちを受けたのか、矢傷を負っているようだ。
(彼らの目的は、おそらく私……)
そうでなければ、伯爵家の馬車など襲わない。
このまま私が籠城することは不可能だ。
魔法があるとはいえ、御者や護衛を人質に取られる可能性があるし、護衛の矢傷も気になる。毒が塗られていた場合、早くに対処しなければならない。
(落ち着け、落ち着くのよ)
心臓は早鐘のように強く音を立てている。
吐き出した息は、震えていた。
大丈夫。だって、私は──。
ミーシャの姿を探すと、座面に頭を打った衝撃のせいか、彼女は気を失っていた。
(私が出ていけば、ミーシャは見逃してもらえるかもしれない)
そう考えた私は、彼らが扉が開くより早く、自分から大きく馬車の扉を開け放った。
想定外の行動だったのだろう。
彼らが怯むのが見えた。
私は素早く外に出ると、大声で名乗りを上げた。
まるで、戦国時代の武将のように。
「私は、キャロライン・キルシュネライト!お前たちは何者?名乗りなさい!!」
ぐるりと周囲を見渡す。
そして、内心舌打ちした。
最悪だ。
複数人、と見積もったがそれは外れだった。
木陰から、さらに人が現れたのだ。
その数、十、二十──。
数えるのが、億劫になるほど、うじゃうじゃと現れた。
真っ黒のローブに身を包み、顔を隠している彼らは明らかに異様だ。
(彼らは何?殺し屋?それとも暗殺者?)
どちらにしても、表に出てくる人間ではない。
(雇い主は誰?)
護衛への不意打ちを見る限り、雇い主は私が今日、ここを通ると知っていたのだろう。
私の予定を知っているのは──キルシュネライトの人間と、そして……ローガンだけ。
キルシュネライトの人間が、殺し屋を雇うはずがない。それに、そもそも専門のものを雇うには相当な金がかかる。
その線も考えると、やはり使用人ではない。
だとしたら──
(まさか……ローガン?)
その可能性に愕然とした。
鬱陶しいから、私を始末しようとしたのだろうか。
いや、まさか。そんなはずは……。
ふと、思い出す。
『死ぬつもりか?』
あれは、髪を切った私を見て、貴族的思考から飛び出した言葉だと思っていた。
だけど、もし、殺し屋を雇っていたのだとしたら……。
だからこそ、髪を切った私を見て、瞬間的に連想したのだとしたら……。
思わぬ可能性に、背筋が冷えた。
ゾッとした。
その時、一歩、目の前の人間が足を踏み出した。見れば、ほかの連中も同様に少しづつ、距離を詰めてきている。
それに、彼らの答えを知る。
「なるほど、答える気はないっていうことね。いいわ。相手してさしあげる」
私は、特別な少女だった。
特別な人間なのだ。
それは、痛い自認ではない……ということを、ふたたびここに注記しておく。
私の魔力量は非常に高い。
それも、この国で【魔法使い】と呼ばれるに相応しい魔力量を誇る。
魔力量に応じて、使用出来る魔法も豊富で、国で唯一私だけが、高難易度魔法も行使可能だった。
彼らは、私の言葉に怯むことなくジリジリと近づいてきた。
「……精霊よ。光を!」
魔法使いは、複雑な詠唱を必要としない。
精霊との絆が強く、言葉を交わさずとも意思疎通が可能だからだ。
魔力を込めて唱えると、その場に光が迸った。
それを皮切りに、彼らはそれぞれ獲物をかまえ、私に襲いかかってきた。
そうして、その場で武力と魔力が衝突した。
(数が……多い!!)
あまりに多勢に無勢だ。
(全員で何人いるのかしら!?)
二十、三十……どんどん人は増える。
もう完全に、狙いは私だろう。
私を殺すために、人数を揃えたとしか思えない。
(こんなことしてる場合じゃないのに……!!)
矢傷を負った護衛や、倒れている御者の様子が気になる。御者の方は、気絶しているだけのように見えるが、外傷の程は分からない。
早く、早く医師に診せなければ。
彼らを何とかしなければならないのに──
(魔力封じのせいで……!全力が出せない!)
魔法使いはその高い魔力から、魔法使いの認定を受けたと同時に魔力封じを施される。
私もその例に漏れず、出力できる魔力量を制限されていた。
本来ならこの程度、容易に一掃できるのに魔力封じのせいでジリ貧だ。
十人程度なら、十分対処可能だった。
しかし、この数は無理がある。
次から次に人が現れてキリがない。
ひとりを相手にしている時に後ろから、横から、死角から、切り込まれる。
しかも、この場には御者や護衛といった守るべき人もいる。
足場を水辺に変えたり、周囲を火で囲ったり、といった方法が使えないのは痛かった。
完全に後手に回っているとそのうち、飛び道具まで出てくるようになった。
そして、ついに私の視界に銀色のものが飛び込んだ。
ハッとしてそっちを見ると、最悪なことに逆光で目が眩んだ。
(まずい……!)
せめてもの、そちらを睨みつけた直後、肩が射抜かれた。熱が走る。
「っ……!!」
痛みは感じなかった。
アドレナリンが出ているからだろうか。
衝撃と熱に歯を食いしばると、今度は正面から刃を振りかぶられる。
咄嗟に空間魔法でいなそうとするが、足元には倒れた護衛がいた。
ハッとしてそちらを見る。
(いつの間に、こんなに近くに……!!)
一瞬の躊躇いが、生死を分けた。
(しまった、避けられない……!!)
そういえば、前世の最期も刺殺だった。
今世こそ、穏やかな最期を迎えたいと思ったのだけど──どうやら、とことん私は、刃物と縁があるらしい。