6話:生きるか死ぬか
ローガンは絶句していたが、やがてある可能性に辿り着いたのだろう。
厳しい顔で私を見つめた。
「死ぬつもりか?」
「はい?」
ローガンの言葉に、ずっこけそうになる。
(なんで私が死ななきゃならないのよ!!)
聞き返すと、ローガンは信じられないものを見るような目で、私の掴む髪束に視線を向けていた。それに、納得する。
(信じられない……でしょうね)
彼は生粋の貴族だ。
私もそうだけど、私の場合、魂は前世のものが混ざったので純粋な現地産ではない。
彼の価値感からしたら、貴族の娘が髪を切るなんて、普通ではないと思うだろう。
常軌を逸していると思われても、仕方ない話だ。
それでも、もう私には不要なものだった。
だって私は、もう社交界に戻るつもりはない。
それを知らない──言ってないのだから当然だけど、ローガンからしてみたら、自死の示唆としか思えないのだろう。
(いけない。このままじゃまた、当て付けか!って言われちゃうわ)
決して、当て付けなんかではない。
むしろこれは、先程言ったように私から彼への餞別なのだ。
つまり、髪を切って渡すのは私の気遣いであり、最後の思いやりである。
どう説明したものか考えた私は、ひとまず彼の質問に答えることにした。
「半分正解で、半分不正解です」
「は……?キャロライン、お前」
「名前で呼ばないでいただけます?あと、お前って言われるの、不快です」
以前は、きみ、と呼んでいたはずだが、いつの間にか、お前呼びになっている。
(私なんかお前で十分ってことかしら?)
婚約者でもないのに名前で呼ぶなど論外だ。
私だって、記憶を取り戻してからは彼のことをラストネームで呼んでいる。
私が指摘すると、ローガンは思わぬ反撃を受けたように、鳩が豆鉄砲を受けたような顔になった。が、気を取り直したように彼は尋ねてきた。
「お前……失礼。きみは、何がしたいんだ?俺には、きみの頭がおかしくなったようにしか見えない。ついに狂ったのか?」
「ほんっとうに失礼な方ですわね」
無骨なところが素敵……とか思っていた過去の私をぶん殴ってやりたい。
無骨は、イコール無神経を意味する言葉ではない。
私は、ため息を吐くと席を立った。
「……話は終わりです。今後、あなたと会うことはありません。お元気で。そしてお幸せに」
幸せにでもなんでも、なればいい。
ふたりまとめてくっついて、もう私に関わらないでくれれば、それで。
そこでふと、私は思い出したことがあった。
顔を上げ、未だに愕然としている様子のローガンに言った。
「ああ、そうそう。そういえばあなた、私との婚約は不本意だった、と仰いましたけど、確かにそうですわね。あなたと婚約したのは……いえ、あなたと出会ったこと自体が、私の人生において最悪な不幸でした」
ローガンと、出会わなければ。
彼と婚約さえ、しなければ。
こんな惨めな思いをすることも、苦しむことも、悲しむこともなかった。そう思うと、全ての元凶は彼にあるような気がして、つい言葉がきつくなった。
彼も、私に似たようなことを言ったのだ。
これくらいならお互い様。
言い返しても許されるというものだろう。
それなのに──なぜ、ローガンは私の言葉に傷ついたような顔を見せるのだろう?
本当によく分からない。
自分のした事を胸に手を当てて考えろって言うものだ。
私はそれだけ言うと、ミーシャに声をかけてサロンを出た。
「待て!キャロライン!」
「あなたとお話することはありません」
ローガンが私の腕を掴もうとして、間にミーシャが入った。
彼女は私を庇うと、ローガンを睨みつけた。
本来、侍女が主の話を遮ることは許されない無作法ぶりだが、ミーシャはローガンの所業を知っている。
そして、キルシュネライトの人間は全員、ローガンを許していない。
それも当然というものだ。
だってローガンは、キルシュネライトを裏切り、その名を貶めた。
ミーシャは、私を庇うようにたつとローガンに言った。
「お引き下さい、卿。お嬢様はご帰宅されます」
「きみを傷つけるつもりはなかった。本当だ」
「どの口が……」
思わず、ぽつりと言葉が零れた。
ローガンは必死に言い募った。
「俺はきみが好きだった。好ましく思っていたんだ。だからもう、これ以上関わらない方がいいと思ったんだよ。俺のことは忘れて、幸せになって欲しいと思った」
ハァ??
何言ってるのかしら、このひと??
本当に何言ってるの。
頭が痛くなる。
「……何を言われても、今更だわ」
それだけ言って、私はミーシャを伴い公爵邸を後にした。
(今更だわ、本当に)
今になって言い訳なんて聞きたくないし、どうして今なの??
その言葉は、もっと前に聞きたかった。
あなたの無実を信じて奔走している私に、言って欲しい言葉だった。
そして、伯爵邸に帰る途中。
人気の少ない道に入ったところで、馬車が襲われた。
ヒヒーン!!と馬の嘶きが響き、馬車が急停車する。
その振動で、私は壁に頭をぶつけ、ミーシャは座面に転がった。
「何があったの!?」
小窓に顔を近づけると、ちょうど御者が、何者かによって引きずり出されるところだった。
「──!!」
悲鳴を飲み込む。
馬車は襲撃を受けていた。
カーテンの隙間から、外を伺う。
ちょうど、森を切り開いて作った歩道に差し掛かったところだった。まだ昼間だと言うのに、高く伸びた木々の影が日差しをさえぎって、あたりは薄暗く見える。
私たちを襲ったのは、黒いローブをすっぽり被った、複数人だった。
フードを深く被っているので、性別も、体型も不明だ。
彼らはゆっくり、扉に手を伸ばしてきた。




