表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/24

5話:契約書

それぞれソファに着座する。

ティーセットが配膳されると、私はすぐ本題に入った。


「本日はお別れをお伝えしに来たんですの」


「お別れ?」


大仰に足を組んだローガンは、随分偉そうだ。居丈高な様子の彼に、私は微笑みを浮かべた。


「ええ。安心なさって。もう、あなたと王女殿下にはお会いしませんから」


「当てつけのつもりか?」


「まさか!もう二度と、あなた方には関わらない、という意思表明です。これをお持ちしました」


同行した侍女のミーシャに視線を向けると、彼女は頭を下げて、一枚の書類を持ってくる。

それを受け取って、テーブルの上に広げた。

ローガンの眉の間に、深い皺が刻まれた。


「これは?」


「契約書です。あなたと王女殿下には金輪際関わらない、という内容の。私の存在は、あなた方を随分悩ませたでしょう。まあ、私も同じくらい、あなたたちの存在に悩まされたのですけれど……」


「それがなんだ?恨み言か。まさかとは思うが、お前、こんなものを渡すためにわざわざここまで来たのか?」


言外に暇人だと言われ、それに肩を竦めた。


「あら。あなたが──そして、恐らく王女殿下も。随分、私の存在を気にしていらっしゃるようでしたから、好意で用意したのですけれど。お気に召しませんでした?」


「ふざけるな。何を企んでいるんだ?彼女に……デライラに何をする気だ?」


何を……って。


(だから何もしないから、その証明のためにこれを持ってきたんでしょ!!)


なんで分からないのかしら!?

確かに今まで、しつこかった女がいきなりこんな契約書を持ってやってきたら、怪しむのも分かる。


(でもね、ローガン!?

あなたはそんなことを言える立場にはないわよね!?)


私とローガンと王女殿下の立場は、前世風に言うなら【目をかけていた自社のアイドルが、自分を裏切って他の事務所に所属を決めたようなもの】だろう。

それに納得がいかず、問い合わせを続けていたら、相手の事務所から『法的措置取りますけど!?』って逆上されたようなものだ。


こんなの、ハァ?って思わない方がおかしい。


王女殿下の立場とか、ローガンに起きたこととか、本当にどうでもいい。


私は、私に起きたことに焦点を当て、私のために怒っている。

他人の事情を汲んだり、察したりといった気遣いはもう品切れだ。

売り切れ御免状態なのよ!!


いっそ私もローガンや王女殿下のことを口汚く罵ってやろうかと思ったけど、それはやめた。

自身の品位を落とすだけだから。


口元が引きつったが、私は契約書を引いた。


「では、これはいらないのかしら」


「いらないとは言ってない」


(何なのよ!!

何なのよ、こいつは!?)


と、言わなかった私を褒めて欲しい。


ローガンはその場で署名した。

私の方は既に署名済みだ。


これで、この契約書は強い効力を持つことになる。


もし私がこの契約を破った場合、ローガンは然るべき場所──つまり、裁判所に届けるだけで、私は罰を受けることになる。


どうして、こんなに私に不利な契約を結んだのかといえば、それはひとえに私自身が彼らにもう二度と、関わりたくなかったからである。


これは、私だけでなく、ローガンにも適用される契約書だ。


契約が締結したことを確認した私は、簡単に不備がないかを改めて確認した。

既に散々確認したが、ヒューマンエラーというのはどこでも起こり得るものである。


前世、事務職に就いていたのもあって、確認法は今も身についている。


目で確認、指差し確認、声出し確認、のトリプルチェック。

流石にこの場で声に出して読み上げるのははばかられたので、心の中で契約書を読み上げた。


(……よし、不備はないわね)


不備があって不履行、なんてなったらここまで来た意味が無い。


何せ、私は近日中に全てを手放すのだから。

後日、不備が発覚しても、ふたたびここを訪れることは難しいだろう。


注意深く契約書に目を通した私は、顔を上げた。


そして、にっこりと笑ってみせる。


ローガンは、変なものでも食べたような顔をしていた。


「お幸せに、ローゼンハイム卿。これは、餞別ですわ」


私はシャトレーヌに繋げていたポシェットから、小さな短剣を取り出した。

よく研がれたそれを見て、ローガンは何を勘違いしたのか、思わず、と言ったように腰を浮かした。


そして、何かに気がついたように訝しげにこちらを見た。


「餞別だと?」


「ええ。いずれ、必要になると思うわ」


もっとも、必要とするのはローガンではなく、国、だろうけど。


そう思いながら、私は一息に自身の髪を切った。


腰まである長い髪は、時間をかけて伸ばしたもの。手入れを欠かしたことの無い白い髪は、私の自慢でもあった。


雪のように真っ白な髪を一束にまとめて、顎あたりでざっくり切る。


ローガンは、これは流石に想定外だったのだろう。

ポカンと口を開けていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ