4話:怒る権利
選択をすると、あとは早かった。
このままズルズルここにいれば、私は王家に嫁ぐことになる。
これは確定事項だ。
(しかもよりによって、相手はあの、王女の兄!!)
王太子と結婚したら、王女殿下は私の義妹になるのである。嫌すぎる。
(はあ~~~~頭が痛いったらないわ……)
もううんざり。本当に懲り懲り。
恋愛沙汰に巻き込まれるのは。
また刺されてもたまらないし。
国王陛下と亡き王妃陛下の間に、子は生まれなかった。
そのため、王の血を引くものは、愛人の子供だけ。つまり、今の王女殿下と王太子殿下のふたりだけなのである。
噂によると、陛下は数年前の病で子が出来ない体質になってしまったらしい。
真偽の程は不明だが、王子がひとりという状況なのに、新たな妃を迎え入れないあたり、その可能性は高そうだと思った。
ローゼンハイム公爵邸に先触れを送り、アポイントメントを取り付ける。
そして、ローゼンハイム公爵邸に向かうと──
「何の用だ?」
随分な出迎えを受けた。
馬車の扉を開けると、嫌そうな顔をしたローガンが私を待っていた。
そして開口一番、そんなことを言ったのだ。
「あら。個人的にお伝えしたいことがある、とお手紙には書いたのだけど読んでないのかしら?」
「読んだ。その上で聞いている。キャロライン、お前何を企んでいる?」
「何……って、随分な言いようね、ローゼンハイム卿? でも、安心なさって。私の話を聞いたら、きっとあなたは喜ぶわ」
「は……。どうだか。今すぐ帰ってくれ」
「王女殿下に悪いから?」
ポンポンと流れるように会話を交わしながら、私は馬車のステップから降りた。もちろん、ローガンは私のエスコートなんてしないので、自分で、だ。
ローガンは、【王女殿下】という言葉に顔を顰めた。
彼は、まるで、見たくないものを目に入れてしまった、とでも言いたげな顔をした。
そうね……あえて言うなら、黒歴史を目の当たりにした、という感じ?
もっとも、私との婚約は彼にとって不本意だったそうだから、文字通り彼にとっては黒歴史だったのかもしれない。
だけどね、前世の記憶を取り戻した今、思うのよ。
(ちょっと、調子がいいんじゃないかしら)
ってね。
(被害者が強く抗議したら加害者扱いとか、ちょっと意味がわからないのだけど。逆ギレ??)
確かに、私ひとりが固執していた自覚はある。
だけど彼は、むしろそれだけで済んだことに感謝すべきだ。
婚約破棄の際、キルシュネライト伯爵家から、ローゼンハイム公爵家に慰謝料の請求はしなかった。
なぜなら、私がお父様を止めたからだ。
怒り狂う彼を説得して『なにか理由があるはずだ』と私は必死に言い募った。
(まあ、お父様は私を想って怒ったのではなく、キルシュネライトの名を貶められたから怒っていたんだけど……)
お父様にとって私など、使い勝手のいいカードの一枚に過ぎない。そんなことを考えていると、ローガンが鼻にシワを寄せて私を見た。
「お前は何がしたいんだ?もう俺に執着するのはやめなさい。無意味だ」
「お生憎様。私も目が覚めたのよ、長い悪夢からね」
「……どういうことだ」
「それより、ローゼンハイム卿?いつまで私はここに突っ立っていればいいのかしら。それにあなた──私に、ほんの少しも悪いとか、そう思わないのね」
あの事件からまだ、半年しか経っていない。
風化させるには、まだ早すぎるだろう。
だけど彼の中では既に過去の事として分類されているようだ。
(でもね、ローガン。あなた気付いているかしら)
彼は今まで一度も、私に謝罪の言葉を口にしていない。
すまない、の一言もなかった。
だからより、私は固執したのだ。
彼は謝罪するようなことをしていない=彼は悪くない、と。
私の言葉に、ローガンは苛立った様子を見せた。
(それもおかしいわ)
だって本来、怒る権利は被害者にこそある。
なぜなら、私は一方的な理由で、彼に裏切られたのだから。
あの夜、もはや王女殿下と彼の間に何があったのかなどどうでもいい。
ハッキリとしていることは、ローガンは王女殿下を取って、私は彼に捨てられた。
罠に嵌められたのだかなんだか知らないが、そこら辺は疑惑に過ぎないし、ローガンも何も言わない。
それなら彼は、自らの意思で私を裏切り、王女殿下を襲ったことになる。
彼はその事実を受け入れているのだ。
(で、あるなら。私には怒る権利があるわ)
婚約破棄──ローゼンハイム側の有責、とはつまりそういう意味だ。
ローガンは、私の言葉に答えることなく、背を向けて玄関扉の方に歩いていった。
後から恐縮しながら、執事長が私を促す。彼の案内に従って、私はローゼンハイム公爵邸のサロンへと通された。