3話:その後
「……それで?あなたは勝手に、王家の罪を背負って生きていく、と?」
「私は……」
「魔法使いの存在を明らかにした直後。魔法使いが他国に逃げた……なんて、混乱は必至だわ。責任追及は免れない。陛下があんな発言をしたせいで、王太子殿下の血筋も疑われる。あなたも、いつまでも日陰者ではいられない」
「…………」
その通りだと思ったのだろう。
だけどその時が来ても、彼は責務を果たすのだろうと思った。それは、王家に生まれたものとして、そしてあの王の血を引くものとして。
彼は後始末を行うはずだ。
私は大きくため息を吐いた。彼の肩が跳ねる。
「なん……って損な性格なの」
「レディ・キャロライン……?」
困惑する彼に、私は言った。
「社交界でも、あなたみたいな人は滅多に居ないでしょうね……」
彼は、損な性格だ。
すべての責任を背負うくせに、それを当然だと思い込んでいる。
少しくらい、他人に任せても──あるいは、私のように逃げ出すという選択も、あったはずなのに。
「先程、言ったけれど、あなたを信じると決めたのは、根拠があったから。……でも、私自身確かに、あなたを信じたいという気持ちがあったのよ。あなたには感謝しているし、信頼している。短い時間だけど、あなたという人を知って、恩返ししたいと思った」
それから、私は言葉を探した。
なんて言えば、この気持ちが彼に伝わるのか分からなかった。
「婚約の話は、今すぐでなくてもいいでしょう?私は陛下に、検討すると言ったわ。つまり、私たちには考える時間がある」
ここまで言えば、さすがに彼も私が何を言いたいのか察したのだろう。
僅かに目を見開き、困惑したように言った。
「……王家の問題に、巻き込まれる、と?」
「最初にあなたを巻き込んだのは私だし……。お互い様じゃないかしら」
笑って答えると、リュンガー伯爵は絶句した。
それから──ぽろり、と彼は涙を零した。
薄緑な瞳から涙が頬を伝っていく。
「えっ!?」
さすがに驚く。
おどろいて腰を浮かしかけると、彼もまた、驚いたようだった。
「申し訳ありません……!夢のようだと、思って」
リュンガー伯爵は、手の甲でぐい、と乱暴に目元を拭った。
それから、まつ毛を伏せて彼は言った。
「……私はずっと、あなたを見てきた」
さっき聞いたけれど、でも、さっきとは意味あいが違うような気がする。
リュンガー伯爵は顔を上げると、困ったような笑みを浮かべていた。
「あなたが、好きです。レディ・キャロライン」
「──」
驚きに、息を呑んだ。
目を見開く私の前で、彼が苦笑する。
「……伝えるつもりは、なかったんですが。この先も黙っているのは、卑怯ですから」
(リュンガー伯爵が……私を、好き?)
彼が、あの夜も前から私を見ていたなんて、思いもしなかった。
そして──彼は、私を?
「ど、どうして?」
動揺しすぎて、声がひっくりかえってしまう。
リュンガー伯爵は淡々と答えた。
「最初は、ただ魔法使いだから、という理由であなたを見ていました。……だけどやがて、あの夜の事件が起こり──それでも、婚約者のために奔走する姿を見て、強い人だ、と思った。あなたのために、何かしたい、と思った時には既に、あなたが好きでした」
「…………」
ハッキリとした告白に、頬に熱が集まる。
それから、今まで気にならなかったことが気になり始める。
例えば、前髪は乱れていないか、とか。
くちびるのリップに色ムラはないか、とか。
意識していなかっただけで、私は既に、リュンガー伯爵に心を寄せていた。
それを、気付かされたのだ。
「リュンガー伯爵」
呼びかけると、彼が私を見る。
彼の目尻は、少し赤くなっていた。
彼も、照れているのだろうか。
きっと私も、同じようになっているだろう。
だって、頬が熱い。
「私が、陛下から条件を突きつけられた時。即座に拒否しなかったのは、なぜだと思う?」
彼は首を傾げた。
私は、すぐに答えを告げた。
首を傾げ、笑みを浮かべながら。
「あなただからよ。今、私も気がついたの。……王太子殿下相手の時は、すぐに拒否したわ」
王太子殿下の目が嫌いだ。
今になってわかる。
彼は陛下によく似ている、考え方が特に。
彼は、魔法使いのことを制御可能な道具としか思っていないのだ。
「あなただから、私は考えたい、と答えた。嫌いな相手だったり、無関心な相手なら、すぐさま断っていたわ」
目を見開くリュンガー伯爵に、私は笑って言葉を続けた。
照れ臭かったので、少し、茶化すようにしながら。
「私たち、上手くやっていけそうじゃない?……どうかしら?」
☆
それから、数ヶ月が経過した。
あれから、私は引き続きリュンガー伯爵邸にお世話になることとなった。
キルシュネライトからは戻るよう連絡があったけれど、戻りたいとは思わなかった。
リュンガー伯爵邸にはグレースがいるし、何よりここは、居心地が良かった。
また、あの冷たい家に戻るのは嫌だったのだ。
後から知ったことだけど、リュンガー伯爵邸で働く使用人たちはみな、お母様──つまり、王妃陛下に仕えていた人達だそうだ。どおりで、口が堅いはずである。
そして、ローガンと王女殿下は、といえば。
「ローゼンハイム卿、大丈夫かしら……?」
私は、グレースの背にもたれながら空を仰いだ。
隣では、書類仕事を持ち込んだリュミエールが紙面に視線を落としていた。
彼は私の言葉を聞くと、顔を上げる。
そして、首を傾げて私に尋ねた。
「ローゼンハイム卿?」
「ええ。王女殿下に刺されたのでしょう?相当混乱していたと聞くけれど……」




