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1話:復讐





リュンガー伯爵邸に戻ると、そこにはいつも以上に青白い顔の彼が私を出迎えた。


「……ただいま、戻りました」


「おかえりなさい、レディ・キャロライン」


ホッとしたように、彼が答える。

彼は疲れた様子だった。


既に、城での報告は受けているのだろう。

あの後、嫌味なほど丁寧に馬車を用意してもらい、ここまで送って貰ったのだ。


リュンガー伯爵は、私を見るとすぐさま頭を下げた。


「……申し訳ありませんでした。あなたを、騙していて」


「顔をあげてください、リュンガー伯爵。ここに戻ってきたのは、あなたと話すためです」


彼の顔色は悪い。

それもそうだろう。


状況的にいえば彼は私を騙していたことになる。


彼に案内され、応接室に向かった。

以前ここで、私は彼と打ち合わせをした。

それが随分遠い昔の出来事に思えた。


それぞれソファに腰を下ろすと、まず先に口火を切ったのはリュンガー伯爵だった。


「私は、教会に戻ろうと思います」


「…………えっ!?」


思ってもみない告白に、私は目を見開いた。

しかし、リュンガー伯爵の意思は固いらしい。彼は苦笑して答えた。


「既に、私の目的は果たされました。私の目的は、あの王を引きずり下ろすことだった。これ以上ここに留まる理由はありません」


「待っ……待ってください。それは本当に、あなたの希望ですか?リュンガー伯爵。あなたの本当の気持ちを教えてください」


強くそういえば、彼が困惑した様子を見せた。

それに、本心では無いのだと知る。


「……私のため、ですわよね?だから、あなたはを身を引こうとしている」


「元々、私は聖職者の道を希望していました。目的が達成された今、この身分は不要です。レディ・キャロライン。あなたが理由でもない」


「嘘だわ」


私ははっきりと言った。

それからじっと、リュンガー伯爵の薄緑の瞳を見つめて、彼にといかけた。


「……リュンガー伯爵。あなたのお話を聞かせてください。今なら……お話いただけますか?」


以前、彼は「話せない」と言った。

強い拒絶だった。その理由は、彼自身の素性にあったのだろう。

彼は、その血筋を明らかにされるのを嫌がっていた。


「……つまらない話です」


そう前置きして、リュンガー伯爵は話し出した。


「私の母は、私が生まれてから、何度となく父に嘆願したそうです。私の存在を、明らかにして欲しい、と。しかし父は、あくまで私をスペアとして扱った。つまり、兄に何かあった時の予備として、存在を秘匿したのです。切り札にしたかったのでしょう」


「……お母様は」


リュンガー伯爵の母、王妃陛下にあたる。

私の言いたいことを察したのだろう。彼は頷いて答えた。


「はい。彼女は……自ら、湖に身を投げました。遺書には、自分の息子の存在を消されて生きていくのは耐えられない、と。陛下への恨み言が書かれてあったと聞きます」


リュンガー伯爵の声は、淡々としていた。

それは何も感じていない、というより抑圧されているように見えた。

彼は話を続ける。


「最後まで、母は自分の意思を貫くために行動した。……母の死が私にあると知った時は、とても悩んだ。そして私は、聖職者への道を希望するようになったのです。最初は、母への償いでした」


予想はしていたが──彼の事情、というのはかなり込み入ったものだった。


何と答えればいいかわからない。

だけど、上辺だけの同情など、彼は求めていないだろう。

結果的に、私は何も言わないことを選んだ。

沈黙していると、さらにリュンガー伯爵の話は進む。


「私は、隠された子供でしたから。教会に身を寄せるのは、陛下としても都合が良かったのでしょう。そうして、十歳まで教会に身を寄せていました。だけど、やがて、私は陛下に呼び出された。彼の話を聞いて、驚きました。彼は、私を王子として紹介すると言ったからです」


「……どうして」


私の疑問は、リュンガー伯爵によってこたえられた。


「兄が、あなたの関心を得られなかったからです」


「私……?」


驚きに目を見開くと、リュンガー伯爵が苦々しく言った。


「陛下は、魔法使いを王家に取り込みたかったのですよ。だから、あなたに惚れさせようと……。ですが、あなたは昔から、婚約者しか見ていなかった。兄では無理だと踏んだ陛下は、私を呼び戻そうとしたのです」


「そんなの、勝手すぎるわ!」


「そうですね。私もそう思いました。母があれだけ、私を王子として扱って欲しいと望んでいたのにあの人はそれを断った。母が死んでも、それは叶えられることがなかったのに……今になって、なぜ、と。都合が良すぎる、とも思いました」


リュンガー伯爵は、まつ毛を伏せた。

まるで、当時に思いを馳せているかのように見えた。


「だから、私は精一杯の抵抗として、母の縁戚にあたるリュンガー伯爵を頼り、養子に入ったのです。私の経緯は、そんなものです」


彼の境遇を思う。

リュンガー伯爵に養子に入ってから、十三年間。

彼は虎視眈々と機会を狙っていたのだ。王を引きずり下ろすに足る根回しを済ませ、その時に備えていた。

私の絶句を、どう捉えたのか。彼は困ったように笑った。

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