4話:条件
「髪には魔力が宿る。魔法使いの髪であれば、尚更。あなた方には必要だと思ったのですわ。私が居なくなった後に、きっと。陛下は、魔障壁への魔力供給だけでは満足しなくなると、踏んでおりましたので」
陛下は欲深い人だ。
魔障壁に魔力が補充されているとしてもまた、別の理由で魔力を欲することだろう。
例えば、魔力で動く戦闘機への魔力補充、とか。
その時、私が彼に協力することはもう無理だが、私の髪を使って、それに宛ててくれればいいと考えた。
だからこその、餞別なのだ。
私の言葉に、陛下は首を傾げた。
「あなたの話を聞くに、まるであなたは、近いうちに姿を消すつもりだった……とでも言いたげだね」
「その通りですわ。私は、貴族令嬢としての全てを捨てるつもりでした」
そこで、女性のか細い悲鳴が聞こえる。
見れば、見物人の中に、顔見知り貴族令嬢がいた。
彼女の価値感からしたら、私の考えは到底受け入れられないものであり、理解できないことだろう。
信じられないものを見るを向けられているが、かまわなかった。
私はさらに、話を進める。
「そして次に──。こちらをご覧いただけますか?」
私は、ローブのポケットから、細長い筒を取り出した。そこに、書類が収められている。
魔法契約書と──もう一枚は、この時のためにリュンガー伯爵が十三年をかけて用意したものである。
その時、陛下がなにかに気がついたように目を見開く。
じっと見つめる彼の視線に不思議に思った私は、彼が私の手首を見ていることに気づくと、軽く手を振った。何も嵌められていない手首を、見せつけるように。
「紆余曲折あって、外すことに成功しました」
「……なるほどな」
何がなるほど、なのだろうか。
陛下は眉間に深い皺を刻み、それ以外言わなかった。今、彼は何を考えているのだろう。
思考が読めない。
私は、筒を開けた。きゅぽん、と音がする。
そして、魔法契約書ではない書類を彼に差し出した。
陛下は、それを黙って受け取り、そして目を見開いた。
今度こそ、彼の意表を突くことが出来たようだ。
これこそが、私の取引内容だった。
「……キャロライン。これは、何のつもりかな?」
「見てお分かりになりませんか?陛下。これは、声明文です。あなたの退位を求める、ね。そちらに書かれている家名の方は全員、賛同してくださいました。王の代替わりに、多少社交界も騒がしくなるでしょう。ですが、問題ありません」
書類を持つ陛下の手が震える。
陛下の退位を求める──希望する、声明文。
言ってしまえば、リコールだ。
声明文には、現在の爵位保持者の半数を超える名が記されている。
錚々たる面子が揃っているのもあり、このまま何事も無かったようにすることは、陛下とて難しいだろう。
リュンガー伯爵が、長い時間をかけて作り上げた、努力の結晶である。
「陛下。見ての通り、既に魔力封じはありません。私はもう、魔障壁に魔力を補給していない。ですがあなたがこの取引を呑むなら──」
そこまで言った時、彼は狂ったように笑いだした。
「なるほどな!!なるほど……。面白い。実に最高だ!私の想像以上だよ!いやはや、こんな展開は全く予想していなかった。キャロライン。あなたは有能な人物だ。まさかこの私に、退位を迫るとはね!!」
「…………」
追い込まれている、のかしら。
分からない。だけど陛下の表情からは、焦燥や困惑といったものは感じられない。
どちらかというと、歓喜、といった様子だった。
思わぬ反応に、焦らされたのは私の方だった。
いや……落ち着け。落ち着くのよ。
退位の話は、想定外のようだった。
彼もそう言っていた。
なら、対策はされていないはずだ。
私がそう考えていると、陛下はひとつ咳払いをした。
「コホン。キャロライン。ひとつ、昔話に付き合ってくれるかい」
「……昔話、ですか。まずは、この魔法契約書に署名することが先です」
「ああ、それ?いいよ。構わない。しかし、私からも条件がある」
この期に及んで、条件、とは。
余裕があるのか、馬鹿にしているのか。
私は、細心の注意を払って陛下を見た。
「良いでしょう。呑むかどうかは、分かりませんが」
「構わない。……では、言わせてもらおう。キャロライン。条件とは、あなたと王太子が婚約することだ」
「お断りします」
考えるよりも早く、答えが口をついて出た。
(馬鹿にしてるのかしら……!?)
だいたい、それが嫌だから社交界を去ることにしたのに。
結局、彼は私と王太子を婚約させたいのだろう。
やはり、王女殿下とローガンのことも、王によって仕組まれていた可能性が高い。私がその疑いを深めていると、陛下が笑みを浮かべた。
「では、ローガン・ローゼンハイムとの再婚約を認めよう。どうかな?」
「馬鹿にしてるのですか?王女殿下のことも、そしてローガンのことも、私のことも!」
陛下の言葉は、全員を愚弄するものだ。
とことん、人間性に異常を感じる。
これ以上の話し合いなど無意味だ。
そう判断した私は、陛下に言った。
「全てお断りします。あなたの要望は呑めません」
魔法契約書に魔力を充填する。
するとそれは、ふわりと宙に持ち上がった。
すげなく断られたというのに、陛下の表情は変わりない。
困ったように笑みを浮かべながら、陛下は言った。
「そうか。あの子ではダメなんだね。……それなら、もはや王太子としての意味も、ないね」
「……?何を」
言っているのだろうか、と思った直後。
陛下が口を開く。
先程──王女殿下の時と同じように。
「デライラが私の子でないなら、アレも私の子ではない可能性が高い。そうは、思わないかい?」




