4話:反撃開始
息を呑んだ。
流石にそんな、非人道的な真似はしないでしょう!?……とは、言えなかった。
何せ、王は私を誘き出すためだけに無実の人間を処刑しようとしている人だ。
言葉の出ない私に、リュンガー伯爵が眉を寄せる。
そして、気まずそうに彼は言った。
「……失礼。言葉が酷かった」
「い、え……」
乾いた声で、否定する。
リュンガー伯爵は淡々と言葉を続けた。
「陛下も、いたずらに他者を攻撃する人ではない。魔法使いの存在が世に知らしめられ、かつ、現代の魔法使いがあなただと知られた以上、陛下もそう簡単にキルシュネライトに手出しはできないでしょう。ただ……手出し可能であれば、彼は間違いなくカードの一枚として切ってくる」
ようやく、理解する。
(彼が強く『やめた方がいい』と言って来る理由……)
陛下には、倫理観が欠如しているのだろう。
為政者というのは、皆こうなのだろうか。
そうは思いたくない。
陛下は、一般的な感覚の物差しで測ってはいけない、とそういうことなのだろう。
愕然としていると、リュンガー伯爵が呟くように言った。
「あなたが陛下との対峙を選択するのであれば、知っておいた方がいい。現在の王が、どれほど残忍で、非道なことができる人間なのか、ということを」
そして突然、彼は話を変えた。
「そしてこれは、今だからお話する事なのですが」
「……何でしょう」
警戒しながら、尋ねる。
この状況で『今だから話す』など、十中八九、九分九厘、良い話なはずがない。
悪い予感ほど的中するものだ。
そして、私の予想通り、リュンガー伯爵はとんでもないことを口にした。
「あの日。ローゼンハイムから帰宅するあなたを襲撃するよう命じたのは──恐らく、陛下です」
「な……!?」
思わず、衝動的に立ち上がりかける。
絶句する私に、リュンガー伯爵が眉を寄せた。
「確証はありません。私がそう考えるに至った理由も、先程と同じ理由でお伝えできません。ですが……それなら辻褄が合います」
「陛下が……私を、狙った、と?何の、ために……」
カラカラの喉で、何とか声を絞り出す。
何のため?そんなの、決まっている。
そうよ。だって、陛下は私を探している。
魔法使いの失踪で、一番焦るのは間違いなく、王家だ。
確かに、王家が私を追うというのは理にかなっている。
……あら?
そこで私は、矛盾に気が付いた。
「それは、おかしいですわ。だって、あの時はまだ、私は家を出る予定ではありませんでした」
「予定では、ね」
意味深長に彼は微笑んだ。
リュンガー伯爵が皮肉げな表情を浮かべるのは、珍しいことだ。
彼をそうさせるだけの何かが、あるのだろうか。
「……何が──」
おかしいのですか?と言おうとして、気付く。
予定は、確かにもう少し先だった。
だけど、準備ならしていた。
「まさか……」
その可能性に辿り着いて、言葉を失う。
私の推測を、彼は肯定した。
「そのまさか、です。王家はキルシュネライトに、子飼いのペットを放り込んでいる。魔力封じをしているといっても、あの人が魔法使いを放任するはずがありませんから」
「キルシュネライトに、裏切り者が……?」
それは一体誰?
もしかして、1人ではない?
いつから?……最初から?
信じられない思いだった。
ザァッと血の気が引く。
震える声で、言葉を続けた。
「私が……家を出るより先に、捕まえようと、そういうことですか?」
「……恐らくは」
言いにくそうにしながらも、リュンガー伯爵が頷いて答えた。
彼の言葉を、まるきり信じたわけではない。
だけど、彼の推論なら辻褄が合う。
なぜ、襲撃を受けた?
なぜ、あの時間に私があの場所を通ることを知っていた?
(……あ、れ)
でも。だって。
それなら、リュンガー伯爵だって──。
そこまで考えて、強く否定する。
親身になってくれる彼まで裏切り者だったら、もう、私は誰を信じていいかいよいよ分からなくなる。
人間不信まっしぐらだわ。
黙り込んでいると、リュンガー伯爵は順序だてて説明した。
「陛下は、あなたを捕まえたかった。だから、死人を出す訳にはいかなかった。あなたに恨まれたら、やりにくいと考えたからです」
「……射掛けられた矢に、毒は塗られてませんでした」
おかしいと思ったのだ。
「彼らは殺し屋のような格好をしていたのに、御者や護衛たちを殺さなかった。あくまで、気絶に留めた」
「それも、同じ理由です。魔法使いを飼い殺しにしようとしてるのに、反感を買うのは悪手すぎる」
「飼い殺し……」
もはや、笑うしかない。
「……王家の方は、魔法使いをなんだと思っているのでしょうね。人権など存在しないと思っているのではなくて?」
馬鹿にしてくれる。
魔力量を常に調節され、管理されるなど──まるで、家畜だ。
「さながら私は、牛舎に繋がれた牛ってところだったのかしらね」
ヤケっぱちで、そんなことを口にする。
(もし、もしもよ?)
リュンガー伯爵の推測が正しくて、本当に王家が私を飼い殺しにしようとしていて。
そのために、私を捕まえて、ローガンを人質にとっているなら──
(最低、最悪だわ……!!)
怒りなのか屈辱なのか分からない熱が声にこもる。
ひとり怒りに燃えていると、冷静な声が飛び込んできて、頭に冷水をかけられた気持ちになった。
「王家が最低なのは、今に始まったことではありません」
「あら……」
意外な思いで顔を上げた。
どうやら、リュンガー伯爵は陛下と確執があるようだ。
だけどまさか、こうもハッキリ王家を批判するとは思わなかった。
王家を批判するとは、すなわち反逆者になることを意味している。
リュンガー伯爵は私を見つめると、静かに言った。
「……私も、いつまでもこうしている場合ではありませんね。覚悟を決めなければ」
その瞳の薄緑はいつもと同じ色合いだけど──しかしゾッとするくらい冷たかった。




