1話:奪われた婚約
「あなたの恋愛脳は、一回死ななきゃ治らないかもね」
友人に呆れ交じりに言われたのを思い出す。
私は、腫れぼったい瞼を持ち上げた。
カーテンから朝日が入り込んでくるが、私は全くそういう気分ではなかった。
コンディションは最悪だ。
泣きすぎたせいで瞼は腫れぼったいし、泣いてすぐ冷やさなかったせいで熱を持っている。
目がカエルになっている自信があった。
(怖いけど鏡で確認しなきゃね……)
そう考えながらも、私は昨日までに巣食っていた鬱屈とした気持ちが一切無くなっていたことに気がつく。
その理由に思いあたって、苦笑した。
(……本当、ばかよね)
前世──そう、私は昨日、前世の記憶を夢で見た。
口にしたものなら、精神的な病気を心配されるだろうから誰にも言えないけれど。
でも、確かにあれは前世だと思う。
夢なら、目が覚めたらだいたいは記憶が薄れることだろう。
だけど、昨日の夢は、ハッキリ覚えている。
それどころか、夢で見ていないことまで思い出した。
(あれは──確か、中学からの友達の言葉だったわね……)
『あなたは、いつもそうね。恋に溺れて、苦しんで、泣く羽目になる。いつか、身を滅ぼしそうで怖いわ』
前世の私は、いわゆる恋愛脳というやつで、ダメ男製造機でもあった。
恋人には尽くしたいと思っていたし、実際その通りにしていた。
話を聞いた友人からは
『家政婦?』
とか
『それって都合のいい女じゃない』
とか言われることもあった。
その度に、恋に浮かれて正常な判断のできない私は、憤って彼氏を庇った。
時には、忠告する友人とぶつかり──
まあ、お察しよね!
女友達はどんどん減っていった。
成人し、社会人になってからは中学からの友人くらいしか付き合ってくれるひとがいなかった。
(それも当然よね~~……)
強く思う。
それが、正常の反応だ。
何回言ってもひとの話を聞かず、毎回痛い目を見る友達なんて、一緒にいても疲れるだけだ。
しかも私ときたら友達と会っているのに、男の話しかしなかったと、いう……。
思わず、額を手で抑えた。
「……………」
(終わってるわ……!)
そりゃあ友達もいなくなるってものである。
友人の忠告には耳を貸さず、毎回痛い目を見るわ、その癖すぐ恋愛して彼氏を作るわ……。
それでまた、酷い目にあって泣くの繰り返し……。
あまりにも酷い。
前世の私も、昨日までの私も、完全に恋愛に依存していた。依存しきっていた。
まるで、それを失ったら生きていけない中毒症の患者のように。
……前世の私の最期は、呆気ないものだ。
こんな生活をしていたらまあ当然、という幕引きだった。
つまり、痴情のもつれで刺されたのである。
刺された後の記憶が無いので、恐らくそこで死んでしまったのだろう。
「しかし、生まれ変わってまた恋愛脳って……私、呪われてるのかしらね?」
軽口を叩きながら、ベッドから降りる。
ドレッサーの前に腰を下ろすと、案の定酷い顔の自分がいた。
「……でも、悪くないわ」
そんなことを呟きながら、私は腫れぼったい瞼に手を触れた。やはり熱を持っている。
泣きすぎたために不調(物理)だが、精神面は良好、オールグリーンだ。
何せ、今日は私にとって、新たな門出となる。
☆
私、キャロライン・キリシュネライトは特別な少女だった。
これは、私の痛い自認ではなく、客観的に見た事実であることを注記しておく。
私は、生まれつき、魔力量の桁が異常だった。
物心ついた時には、凄い凄いと言われてきたのた。
そんな時、唯一私を褒めなかったのが彼、ローガンだった。最初は気になるだけだった。
だけどすぐ、私は彼に夢中になった。
鍛錬に熱心なところは格好いいと思ったし、女性の扱いに不慣れなところも素敵だと思った。
(ローガンとの仲は、悪くなかった)
このまま、私は彼と結婚するのだと思った。
実際、そうなるはずだったのだ。
──あの事件が起きていなければ。
……王家主催の、夜会でのことだった。
そこで、騒ぎが起きた。
王女殿下が、乱暴されたのた。
それも、私の婚約者であるローガン・ローゼンハイムに。
その報告を聞いた時、頭が真っ白になった。
信じられなかったし、信じたくなかった。
おかしいと思ってさらに深く調べれば──どうやら、ローガンは嵌められたようだった。
王女殿下に。
もし本当に、ローガンが王女殿下に乱暴したなら。いくら彼が公爵家の嫡男とはいえ、タダではすまなかったはずだ。
それなのに、お咎めなし──王女を娶れば水に流す、なんて最初から仕組まれていたようにしか思えない。
他のひとも同じように思ったのだろう。
すぐに社交界に噂が流れた。
それも、
【ローガン・ローゼンハイムは王女殿下に嵌められた】
というものだ。
また、当時の彼女の服装がそれを裏付けた。
目撃者の話によると、彼女のドレスは確かに乱れていた。乱れてはいたが、王女殿下とローガンの間には距離があり、揉み合っているようには見えなかったらしい。
それに、彼女の服の乱れ方は、まるで自分でやったかのように見えたという。
王女殿下のドレスの胸元は、真っ二つに裂けていた。
しかし、そもそも彼女のその日のドレスは、胸元が薄いレースに覆われているものだったのだ。
つまり、レースなら女の力でも容易に裂くことができる。
悲鳴を聞いて駆けつけた人達は、王女殿下の悲鳴と、乱れたドレス、そして彼女の様子から、ローガンがやったのだと思い込んだ。
しかし、後々思い返してみると、不自然な点が多いと考えたのだろう。
その日の夜会で、ローガンの評判は地に落ちた。
だけどすぐに、それは逆転することになる。
王女殿下が、婚約者のいる男を手に入れたいがためにローガンを陥れた、と噂が流れたためだ。
彼女が正妃の娘ではなく、愛人の娘だったことも、噂を加速させる一因となった。
私は、彼女を恨んだし、憎みもした。
私から彼を奪った彼女が酷く恨めしかった。
そして、ローガンは、私との婚約を破棄した。
彼は王女殿下と婚約を結び直したのだ。