1話:撒き餌
「魔法使いの殺害!?ちょっと待ってください。私は生きてますし……それに何より、陛下は、魔法使いの存在を明るみにしていませんでした。それなのに」
混乱のあまり、上手く言葉がまとまらない。
だけど、リュンガー伯爵は的確に私の言いたいことを察したのだろう。
対面の椅子に腰を下ろしている彼が、頷いて答えた。
「はい。陛下は、今回の処刑宣告と同時に、魔法使いも実在するものだと発布しました」
「な…………」
今まで、伏せられてきた秘匿情報。
それを、陛下は明らかにしたというのだ。
(どうして?なぜ?)
私を捕まえるため?
だとしたら、魔法使いの殺害、という単語に紐づかない。
「……陛下は、私が死んだと思っている?私が、魔力封じを外したから……?」
そうとしか思えない。
魔封じが壊れ、魔力供給が途絶えた。
そこから、魔法使いは死んだのだと判断した……と考えられる。
呆然としてつぶやくと、リュンガー伯爵が私の言葉を否定した。
「いいえ。まだ、気付かれていないはずです」
「それはどうして?」
「陛下……というより、そもそも魔力封じは、教会が作り上げたものなんです。管理は教会が行っています」
「そうなんですか……」
「魔力封じには、位置情報の補足、機能停止した際にそれを送信する機能は組み込まれていません。陛下や教会が気付くとすれば、魔障壁の力が弱まってきた時……ですが、この十八年間。魔障壁には必要以上の魔力が充填されている。これは、向こう十年は賄える魔力量です」
「──どういう、ことですか?」
手に持っていたフォークを、テーブルに置く。
もう、食事という気分ではなくなっていた。
それに、リュンガー伯爵は眉を寄せた。
「……すみません。タイミングを誤りました」
首を横に振って答えた。
「教えてください。私は、魔力封じについて知らないことが多すぎます。あなたは、元聖職者なのですよね。だから、詳しい?」
「……そう、ですね。過去、聖職者の道を志そうと思ったこともあります。魔力封じについては、その時知りました」
混乱した頭で考えた。
(今、大事なことは何?)
陛下は、私を死んだと思っている。
それは、なぜ?
行方不明になったことは広く知られているだろう。
だけど、死んだと思われるには、あまりに早過ぎる。
何せ、私が失踪してから一週間も経っていない。
魔力封じが壊れたことを知って、関連付けたのではないのなら……。
私の疑問に答えるように、彼が言った。
「陛下は、あなたを誘き出そうとしているのでしょう」
「私を……?」
どういう意味がわからなくて、一瞬困惑した。
いつの間にか、リュンガー伯爵も食事の手を止めていた。
(私……つまり、魔法使いを、誘い出そうとしている?)
どうして?
どうやって?
なぜ?
分からないことが多すぎる。
リュンガー伯爵は、まつ毛をふせ、何か考え込むようにしながら、ゆつくりと言った。
「……あなたが生きているのなら、あなたは必ず現れる。あなたは、関係のない人間がいたずらに傷つくことを良しとする人ではない。自分に理由があるなら、尚更」
言葉に詰まる。
前も思ったけれど……
(やっぱり、リュンガー伯爵は、私のことを知ったように話すのね……)
それは、半年間、私のことを気にかけていたからなのだろうか。
今まで接点のなかった人が、私のことを知っている、というのはやはり慣れないし、落ち着かない。
それに──彼はどうも、私を良く見ている節があるのだ。
彼の口に上る私という人間は、とてもいい人そうに見える。
そんなことを考えていると、リュンガー伯爵が話を続けた。
「逆に言えば、あなたが現れなかったら、あなたは本当に死んだのだと、陛下は思うでしょうね。どちらに転んでも、彼は一つの情報を受け取ることができる。それは、あなたの生死の有無です」
「……はい?」
言ってることは理解できるのに、その意味が理解出来ず──いや、理解したくなくて、呆気に取られた。
(私が現れても、現れなくても、陛下は一つの情報を得ることが出来る……?)
それは、魔法使いが生きているか、死んでいるか、というその点について。
たったそれだけを確認するためだけに、陛下は。
「……それだけのために、陛下はローガンを殺そうとしている、と?そう仰るのですか?」
震えた声が零れた。
にわかには、信じられなかった。
まともな精神の人間なら、とても思いつかないことだ。
信じられない思いで尋ねると、しかし、リュンガー伯爵は淡々と答えた。
「彼は……あの人は、そういう人です。冷酷で、残忍だ。そういうことを、平気でやってのける」
しん、と食堂は静まり返った。




