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6話:にゃあ

リュンガー伯爵に連れられて向かった先は、養護施設……のようだった。


あの後私は、彼に誘われて馬車に乗った。


匿われている立場の私が出歩いていいものかと心配になったけれど、そこは貴族が訪れることは無いらしい。


だから問題ないと言われ、しかしオッドアイはやはり目立つので片方隠した方がいいと勧められた。


そして、彼の勧めに従って、今の私は右目を黒布で覆っている。




馬車から降りると、耳に入ってきたのは子供の笑い声。

リュンガー伯爵のエスコートを受けて、馬車のステップから降りると、私は彼に尋ねた。


「……ここは?」


「孤児院です。私はここに、定期的に足を運んでいるんですよ」


「なぜ?……と聞いても?」


「ええ。私は回復魔法が使えますから。子供たちやシスターが怪我をしていれば、それを癒しています」


「……ご立派ですのね」


教会で回復魔法を受けるには、寄付(・・)を要求される。

それは少なくない金額だと聞く。


心付けを渡さない限り、回復魔法を施してもらえない。


寄付と宣いながら対価として要求するあたりがいやらしいなと思うが、仕方ないだろう。

教会もタダで経営はできないのだから。

慈善事業では限界がある。


私の言葉にリュンガー伯爵が苦笑した。


「私に出来るのはこれくらいですから」


彼は慣れたように歩いていく。

実際、慣れているのだろう。定期的に訪問している、とのことだし。


老齢のシスターが彼を見て、驚いた様子を見せた。


「まあ、伯爵様!」


「こんにちは。リディアは奥の部屋ですか?」


「ええ。いつもありがとうございます。こちらの方は……」


シスターの視線がこちらを向いて、ドキリとした。

もし、キルシュネライトの娘だと気付かれたらどうしようと不安になったためだ。


「友人の妹です。今日はリディアのために、贈り物を用意してきたんですよ」


しかし、リュンガー伯爵の言葉に、彼女の興味はそちらに向いたようだった。


(……リディアって、誰かしら?)


その後、シスターと挨拶を交わした後、私はリュンガー伯爵と共に建物の中に入った。


建物は、随分古いようだ。

壁は日に焼けて、色が変わっている。壁紙は剥がれかけている箇所が多く、煤で汚れていた。


「リディアって、どなたですか?」


前を歩くリュンガー伯爵に尋ねる。

彼がちらりと私を振り向いて答えた。


「十二歳の少女です。つい最近まで、魔力欠乏症にかかっていましたが、寛解しました」


「!!それは良かったですわね……!魔力欠乏症は、克服が難しい病だと聞きます」


魔力欠乏症、その名の通り、体内の魔力が欠如する病気だ。

死の病とも言われている。


出ていく魔力の方が、体内で生成するよりも多いのだ。


回復魔法をかけても気休めにしかならず、だんだん衰弱するという。


それが……寛解したのだから、彼女はものすごい幸運だ。

思わず声を弾ませると、リュンガー伯爵が私を見て、微笑んだ。


「ええ。……本当に」


そうして、軋む廊下を歩いていくと、突き当たりでリュンガー伯爵が止まった。


「この先に、彼女がいます」


扉をノックすると、少女の声が聞こえてきた。彼女がリディアなのだろう。


「はい」


「リュミエールだ。入ってもいいかな」


思えば私は、リュンガー伯爵の下の名前を、初めて聞いた気がする。


彼が声をかけると、中から慌ただしい音が響いた。

それから気を取り直したように、先程よりもすました声が入室の許可を与えた。


「どうぞ入ってください」


思わずリュンガー伯爵を見るが、これはいつものことなのだろう。


やはり彼は、慣れたように部屋に入っていった。

その後に、私も続く。


部屋は、こぢんまりとしていたが清潔だった。

窓は開け放たれていて、室内にはベッドしかない。

彼女は、ベッドの上に起き上がった状態で、リュンガー伯爵と私を見た。


「伯爵様、こんにちは」


「こんにちは、リディア。今日はあなたに紹介したい人がいるんだ」


「伯爵様の恋人?」


思わず吹き出しそうになるのを、ギリギリ堪えた。

リディア──茶髪の少女はキョトンとした様子で私を見ている。


子供は素直だ。

思ったことをそのまま口にする。


苦笑するリュンガー伯爵は彼女の言葉を否定した。


「違うよ。僕の友人だ」


「ふぅん……。それで、どうしたの?今日は、訪問日ではなかったでしょう?」


リディアの言葉に、リュンガー伯爵がポケットから、包みを取りだした。

そこには、私の刺した刺繍が入っている。

それに、ドキドキした。


死ぬほど練習してきた図案だし、丸一日を費やして刺したのだ。不備はないはず……。


でも、彼女のお気に召すかは分からない。

採点を待つ生徒のような気持ちで固唾を飲んでいると、みるみるリディアの目が見開かれた。


「素敵!!どうしたの、これ!?」


「彼女が、刺してくれたんだ。これは僕からきみへの、お祝いだよ。病気克服おめでとう」


「ありがとう……!!とっても、とっても嬉しいわ!」


リディアは涙ぐみながら喜んでくれた。

それにホッと、肩の力が抜けた。





その後私は、すっかり気を許してくれたリディアとおしゃべりをした後、他の子供たちに強請られ、歌を歌った。


思えば、外でこんなに自由に振る舞うのは生まれて始めてかもしれない。


行儀やマナーなんか一切気にしない。

思うままに自由に振る舞いのはとても気が楽で、そして子供たちと遊ぶのは楽しかった。


「お歌を歌って!もう一回!」


「また~?仕方ないわね。ご期待(アンコール)にお答えして、リクエストを聞いてあげる!」


私が言うと、もう一回!とねだった少女がきゃあ!と喜びの声を上げた。


そうして、何曲披露しただろうか。


歌には自信があった。

母がよく褒めてくれたからだ。


人前で歌うのは初めてだったけれど、子供たちは楽しそうに聞いていたし、時には飛び入り参加のように合唱することもあった。


そして、うっかり遊びすぎてしまった私だが──いつの間にか、見知らぬ人?


(人……ではないわね)


気付いたら子供たちの中に、実に自然に、猫が混ざっていた。

比喩ではなく、本物の猫だ。


猫は、私と目が合うと「にゃあ」と鳴いた。


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