4話:落ち着かない日々
「っ……」
息を呑む。
そういえば、目撃者の中に彼がいたような気がする。
「罪滅ぼし、でしょうか。あの時、私が何事も無かったように踵を返していれば……すぐに扉を閉めていれば。あなたと彼の婚約は保たれたでしょう。騒ぎになったからこそ、彼は責任を取る必要があった」
「……王女殿下は悲鳴をあげていたと聞いています。あなたが来なくても、ほかの方が来ていたわ」
それに、女性の悲鳴が部屋から聞こえたら、誰だって駆けつけるだろう。
私の言葉に、彼はまた苦笑した。
「そうですね。私の勝手な贖罪です。あなたは、あれからとても苦しそうだ」
苦しそうだ、という言葉に、すぐ否定できなかった。
実際、あれは私にとって悪夢のようだったから。
あの一夜で、全てが変わってしまった。
崩れてしまった。
私の夢は、ただの夢想に終わったのだ。
恋には敗れ、好きな人には裏切られた。
押し黙ると、リュンガー伯爵が言葉を続けた。
「だから、私はあなたに手を貸すんですよ。レディ・キャロライン。私は、あなたにこそ幸せになって欲しい。あなたは……被害者だ」
呟くように言ったリュンガー伯爵の方が、苦しそうだった。
(……あの夜の、目撃者)
当時、あの場にいた人達の名前など、全て思い出せない。
彼らがその後どんな思いを抱いたかなんて、全く考えなかった。
私は、自分のことで手一杯だったし、そこまで余裕もなかった。
社交界の人間のことだ。どうせすぐ忘れるか、話のネタにするかのどちらかだろうとタカをくくっていたのもある。
だけどそうだ。
彼は聖職者だったから──気に病んでしまったのかもしれない。
「気にしないでください、と言っても、難しいのでしょうね」
何せ、あれから半年経つのにまだ彼は複雑な思いを抱えている。
私の言葉に、リュンガー伯爵は「そうですね」と呟くように言った後、また言葉を続けた。
「どうしますか?レディ・キャロライン。私はあなたの意思を尊重します」
☆
そして、私は選択した。
リュンガー伯爵の提案を受け入れることにしたのだ。
守りに入ったところで、既に賽は投げられた。
人生、伸るか反るかの大博打を打つのも、大事だろう──とか、そんなロマンチックな考えからではない。もっと現実的であり、かつ、夢のないものである。
気付いてしまったのである。
(私の見目では早晩立ち行かなくなるな……ってね!)
オッドアイは、非常に目立つ。
色違いの瞳は、魔力が高い証として知られているが、田舎はどうか分からない。
異端者と通報を受けでもしたら、即終了。
私は社交界に逆戻りだ。
こんなことをやらかした以上、もう二度と私に自由は与えられないだろう。
王太子と結婚するその日までどこかの部屋に軟禁されるかもしれない。
当初の予定では、こっそりキルシュネライト伯爵邸を抜け出す手筈だった。
国境を越えてしまえば、追うのは難しいだろう。
それに、どうせ私の手首には魔力封じがある。
これをしている以上、王家も本腰を入れて捜索することはないだろうと踏んでいたのだ。
居場所は不明でも、魔力の供給がされて魔障壁が保たれているのなら、王家も見逃す可能性が高い、と考えたのだった。
(……まあ、外しちゃったんだけどね!)
ブレスレットを壊したのは私では無いが……リュンガー伯爵には感謝している。
私は本当に、あれが嫌いだった。
あれは、首輪だ。
魔法使いを飼い殺しにするための、首輪。
そういったわけで、私はリュンガー伯爵邸に匿われることとなったのだ。
そして──現在。
(やることが……ない!!)
さながら、失業したサラリーマンのように、公園……ではなく、中庭のベンチに腰を下ろし、ぼんやりしていた。
そしたら、リュンガー伯爵がやってきたのだ。
ちょうどその時、強い風が吹いた。
短い私の髪が盛大に跳ね回って、口に張り付いた。
「ぶぺっ」
奇妙な声が零れるが、気にしている余裕はなかった。
(口の中に髪が~~!!)
最悪だ。口内に髪が入った。
髪を整えていると、同じように強風に煽られたリュンガー伯爵が苦笑した。
「すごい風でしたね。部屋に入りましょう」
リュンガー伯爵は、以前の私ほどでは無いけれど髪が長い。
強風に煽られた被害は彼の方が深刻だったようだ。彼は乱れた髪を直していた。
秋の終わりを感じさせる冷たい風だった。
もうじき、冬が来る。
(キルシュネライトはどうなっているかしら。ローゼンハイムも……)
元々家出するつもりだったので、机の上には手紙を用意していた。
無事、見つけてもらっているはずだ。
御者と護衛、そしてミーシャはキルシュネライトまで届けてもらった。
もちろん、リュンガーの名は伏せて、人を遣ったのである。
今頃、社交界は騒然としているだろう。
キャロラインの失踪は、社交界の人々に面白おかしく噂されているはずだ。
そう思うと、妙に落ち着かなかった。




