試し
「前方に気配があります」
「分かった。作戦通り、俺が前で行こう」
「はい」
ダンジョン第二階層。事前に行ったミーティング通り、前回と同じで俺が前衛、祈凛を後衛にしてゴブリンに向かう。
手に握った『多衝棍』の感触を確かめる。
一層で多少の練習はしたが、実際に二階層のゴブリン相手に通用するかは未知数だ。
少し緊張しながら、奥から現れるゴブリンを見る。
「グァッ!」「ガァッ!」
数は二体、ゴブリンがこちらを見て叫びを上げる。
一気に踏み込み、ゴブリンとの距離を詰める。
その勢いのまま、『多衝棍』を振る。
速度の乗った一撃、しかし二階層のゴブリンはそれに反応する。
前回と同じように、腕を前にして攻撃を防ごうとする。だが、前回と違い俺の武器は『多衝棍』だ。
ゴブリンに『多衝棍』の先端部分、黒い六角柱が当たった瞬間、ゴブリンが吹っ飛んだ。
「はっ!最っ高!」
吹っ飛んだゴブリンは壁にぶち当たり崩れ落ちた。もう一体のゴブリンも、驚いて呆けている。
すかさず祈凛の槍がゴブリンの喉に突き刺さり、そして俺が振り下ろした『多衝棍』が頭に当たり、地面にめり込むように倒れた。
吹き飛ばしたゴブリン、地面にのめり込んだゴブリン、二体とも灰になった。
前回の苦労が嘘のように、一方的に勝利することが出来た。
「『多衝棍』強ぇ……!」
扱いに難ありだが、この火力が手に入るのなら悪くないかもしれない。
そう思って気を抜いた瞬間、腕を下げたせいで『多衝棍』が地面に軽く当たった。
「あ」
暴れ馬の様に『多衝棍』が跳ねた。
「痛てぇ……」
「大丈夫ですか?」
ダンジョンを出て、探索者協会の受付前で魔石の換金を待っていた。
その間、ゴブリン相手には傷一つ負わなかったというのに、『多衝棍』の暴走により巻き込まれた負傷した肩の痛みに悩まされている。
新たに手に入れた『再生』により外傷は消えているが痛みがあまり引いていない。『再生』は負傷を完治させる程万能では無いのかもしれない。
そして何より、久しぶりに食らった痛みに心がやられていた。
やっぱりあのゲテモノ武器嫌いだわ……。
心配そうに見つめる祈凛に大丈夫だと意地を張りつつ、瞳から零れそうな涙を抑える。
『後藤龍之介様、五番カウンターまでお越しください』
アナウンスの声が聞こえる。換金が終わったらしい。
「カウンターに行こうか」
「おめでとうございます。後藤様、橘様、これまでの功績が認められ、九級へ昇級が決まりました」
「はい……?」
換金額を確認し終わると、俺が初めてここに来た時にも会った、焦げ茶色にポニーテールの可愛らしい受付嬢に祝われる。
隣を見ると、祈凛が驚きと喜びが半々の反応をしている。
「九級……?」
「……?」
受付嬢と、目と目が合う。
一体、何の話をしてるんです?
受付嬢が、少しの沈黙を置いて、震えた声で言う。
「……昇級……ですよ?」
「しょう、きゅう……」
受付嬢の顔が信じられないものを見るようになっている。
俺はこの受付嬢を驚かせるのが得意のようだ。
受付嬢は次は先程よりも長い沈黙を挟みながらも、諦めたように説明を始めた。
「…………探索者には、十級から一級まで階級があるんです。級が高くなれば、企業からの依頼を受けたり、難度の高いダンジョンを探索する許可が下ります。今回は拒否しなければそのまま九級への昇級しますが、七級以上に昇級する場合は、協会からの認定と昇級試験に合格する必要があります」
「成程」
「他にも、級を上げれば様々なサービスが受けられる様になるので、探索者であれば誰もが意識して……いる筈です」
「へぇ~」
だから祈凛が喜んでいたのか、納得だ。
親切に説明してくれた受付嬢にお礼を言い、カウンターを離れる。
「じゃ、帰るか」
「そうですね。帰ってお勉強しましょう」
がッ、と俺の腕が祈凛に掴まれる。
まるで、俺が逃げ出すのを防ぐように。
「祈凛……?」
「龍之介さん、前々から思っていたんですけど、流石に探索者としての知識がそのままだと不味いと思うんです」
力強い瞳だった。
「いや、まあ、うん……」
嫌だ、この年になって勉強なんかしたくない。
「安心してください、私、勉強は少しだけ得意なんです」
「いや、この後予定が……」
「それが終わるまで待ってます」
逃しては貰えなさそうだ。
俺はガックリと肩を落とししょぼくれる。
「勉強、します……」
探索者には、同盟という概念がある。
分かりやすく簡単に言うと、複数のパーティーが集まった互助組織である。
強さだけを物差しとして測るのなら、数多くある同盟の中で、上位一割に入る国内有数の武闘派同盟、『暁の光』は激しい訓練を行っていた。
「遅い、そんなんじゃ次の遠征には連れてけないよ」
「クッ!」
莫大な資産を使って建てた、同盟専用のコンクリートで囲まれた訓練場で、身長二メートルを超え身の丈に合った巨大な戦鎚を持つ巨漢の男が、綺麗に染め上げた金髪をサイドテールに纏めた女に素手で吹き飛ばされる。
よく見れば、既に巨漢の男と金髪の女の周囲には、無数の人間が倒れていた。
「全く、不甲斐無いなぁ……」
金髪の女は、吹き飛ばされ膝を突く巨漢の男と、周囲に倒れる同盟メンバーを見て冷たく言い放つ。
「いや、俺ら結構頑張りましたよ金城さん……」
巨漢の男は耐えきれないというように、後ろに倒れながら金髪の女の名前を呼ぶ。
「いやいや、まだまだこれからでしょ」
金城は不満そうな顔をしながらも、周囲の様子を鑑みて休憩にする事を決める。
そんな時だった。
「金城は居るか?」
訓練所の扉が開く。
そこから出てきたのは長く艶やかな黒髪、黒曜石の様に美しい瞳を持つスタイルの良い女だった。
「あ、琴音ちゃん。おっはー!」
先程まで不機嫌そうだった金城は、満面の笑みを浮かべて現れた女、琴音を歓迎する。
「副盟主じゃないですか、どうしたんですか?」
巨漢の男は声を上げ、今日は休暇を取っている琴音の来訪理由を問う。
「いや、大した用事ではない。少しばかり金城に聞きたい事があるだけだ」
琴音は金城の近くに行き、胸を張る。
「どうだ?」
「……うん、いいと思うよ!頑張ってね!」
その反応に、二人以外の同盟メンバーに疑問符が浮かぶ。
「ファッションを見たの……?」
倒れていた人間の中で、察しのいい者が気づいた。
いつもより、副盟主がなんだかオシャレだと。
白のカフタンブラウスに紺色のガウチョパンツを着て、顔はほんのりと、濃くない程度に化粧を施した姿は、素材の魅力を存分に引き出していた。
そう、まるでデートにでも行くような格好だった。
「聞いたことがあります。副盟主はギャンブル好きのヒモ男と付き合っていると……」
「ま、まさか、うちの副盟主に限ってそんな……」
「いや、案外ああいう自分に厳しいタイプの人間程、ダメ男に嵌まりがちじゃ無いか?」
倒れた同盟メンバー同士が、好き勝手話し出す。
「お前ら、随分と元気が出てきたみたいだねぇ」
ギロリと、金城が倒れた同盟メンバーを見回す。
全員が慌てて口を閉じ、顔を逸らした。
「ふんっ」
金城が鼻を鳴らすが、噂されている琴音の耳には同盟メンバーの話など耳に入っていなかった。
琴音はこの後のことを想像して、意識を妄想の中に飛ばしていたのだ。
「待っていろ、龍之介」
琴音誰にも聞こえないほど小さい声では呟く。
幼馴染に会いに行く覚悟を決めるために。