第二層
ダンジョンには階層がある。
何階層あるかはダンジョンによってまちまちであり、階層ごとの環境もダンジョンによっては大きく変わったり、はたまた全く同じ環境だったりする。
場所ごとに別の生き物のように生態を変えるダンジョンだが、共通点も多くある。
一つは魔物の強さ。同じゴブリンでも、階層が違えば知性や身体能力が明確に上がっている。
もう一つは、
「ヤバい、後ろの方からも二体ゴブリンが来るぞ!」
明確に数が増える。
南宝市ダンジョン二階層。そこで俺は声を張り上げた。
祈凛が対峙するゴブリンを後ろからバットで殴りつけて倒し、迫り来る次のゴブリンに意識を向ける。
二人でパーティーを組み、一階層で余裕ができたので軽い気持ちで二階層に来た俺たち、一階層でボコボコにしてきたゴブリンに追い詰められていた。
「俺が前に出る、祈凛は後ろから援護を」
「はい!」
向かってくる二匹のゴブリンを堰き止めるように前に出る。
振り回したバットがゴブリンに向かう。
一階層ならこれで頭部を破壊し勝利できた。だが二階層のゴブリンは頭の前で腕をクロスにして盾代わりにする事で即死を免れる。
ぐしゃりとダメージを与えた感覚はあるが、これだけでは戦いは終わらない。
腕を折られたゴブリンが吠え、バットを押し返すように向かってくる。
「らァッ!」
それを『身体能力強化』でトップアスリートレベルになった筋力で無理矢理吹っ飛ばす。
しかし、そのせいで体勢を大きく崩す。それを狙い、もう一匹のゴブリンが飛び掛かってくる。
「はっ!」
飛び掛かってきたゴブリンに、俺の後ろから放たれた槍が突き刺さる。
祈凛だ。
即座に体勢を直し、まずは目の前のゴブリンにバットを振りかぶり叩きつける。
手の折れたゴブリンでは防ぎきれず、頭部に直撃し致命傷を負い灰になる。
まずは一体目!
刺さった槍を引き抜こうと暴れるゴブリン。
バットを振りかぶり、刺さった槍に向かって思いっきり振る。
確かな手ごたえと共に、槍はゴブリンに奥深く刺さり、それが決定打となった。
「ガァ……!」
小さく呻き、ゴブリンは灰になった。
それを確認して、俺は小さく息を吐いた。
……しんどい。
そう思ったのは俺だけでなく、祈凛もだったようで地面に座り込んでいる。
「取り合えず、一階層に戻るか」
「はい……」
俺達には、まだ二階層は早かったようだ。
二階層への探索を経て、俺に致命的に足りないものが見えてきた。
それは───火力。
圧倒的に足りていないのだ。火力が。
貰った大家さんには悪いが、バットでの限界が早くも来ている。拳一つで潜っていた俺が言う事ではないが、そもそも冷静に考えてバットでダンジョンに潜るの可笑しいだろ。
そりゃ毎回ダンジョンに潜る時に周囲の目が冷たい訳だよ。
二階層以降に潜ってる探索者なら当然思うだろう。
え、コイツ正気?と。
という事で、探索者協会に併設されているレンタルショップに来ていた。
内装は黒を基調としたシックな雰囲気の店で、ショーケースにしっかりと納められた武具もあれば、木箱に雑に放り投げられた武具もあった。
店員はカウンターに一人、適当に見て回っても良さそうだ。
まずはショーケースに納められた武具を見ていく。
剣に槍、斧や戦槌、銃器なんかもあった。探索者とはいえ、俺の様な素人同然の人間もいるはずなのにこんな物を貸し出していいのかと、今更ながらに思う。
流石に何か対策はあるとは思うが。
「何かお探しですか?」
「うぉ!?」
気付けば、カウンターに居たはずの店員が後ろから声を掛けてくる。
店員さん、気配が無さすぎる。忍びか?
丁度いい、素人目に見ても何が良いか分からなかったところだ。吃驚した俺を見て、緩やかに笑みを浮かべる店員さんに質問する事にする。
「何か火力のある武器ってありますかね?」
「火力、ですか?そうですね、まずは得意な武器など教えて頂けますか?」
「得意な武器……ないっすね。強いて言えば……バット?」
バットを武器というには、少々問題があるかもしれないが。
「…………はい?」
店員さんが固まる。
そんなに想定外の答えですか。そうですよね、田舎のヤンキーじゃあるまし、バットを武器代わりにするなんてあり得ませんよね。
大家さん、やっぱりバットは駄目みたいです。
全責任を大家さんに押し付けた。
「……今まで何か武術を?」
「したことないっすね」
店員さんがこめかみを抑えた。
「…………一度、訓練所で武器を使ってみるところから始めましょう」
店員さんに連れられ、訓練所に移動した。
「まずはオーソドックスな剣から」
案内された広い訓練所、その一カ所に設置された巻き藁の前で剣を手渡される。
おお、初めて武器らしい武器を持った気がする。
剣、良いな。カッケェ、こういうのだよ、こういう武器が欲しかったんだよ。
グリップ部分を両手で強く握り、巻き藁に思いっきり剣を振るう。
力任せの一撃は、確かな衝撃で巻き藁を半分をど切り込む。
「うーん、他の武器も使ってみましょうか」
店員さんのお眼鏡にはかなわなかったらしい。
それから槍、斧、戦槌と武器を変えて試していく。
「戦槌、いや……少々お待ちください」
ぶつくさと呟きながら、店員さんがどこかに行ってしまった。
数分後、店員さんが手に何かをもって戻ってきた。
端的に表現すると、それはメイスに見えた。
だが、通常のメイスとは違い、柄の部分が異様に長かった。
そしてその長い柄の先端についた殴打部分には、黒い六角柱が付いていた。
メイスなのか、それとも他の何かなのか判断の使いないヘンテコな武器が俺の前に置かれる。
「何ですか、それ?」
「これは『多衝棍』という、迷宮鉱石を組み合わせて作った新しい武器になります」
「新しい、武器……」
最新の装備はダンジョンのみで取れる特殊な鉱石、迷宮鉱石で作っているという話は聞いたことがあったが、開発も行っていたようだ。
確かに『多衝棍』と言われた武器は、メイスというには柄が長く、モーニングスターというには先端の部分が大人しすぎた。
今まで他の探索者が使っている所を見たことが無いが、それだけ最新の武器なのかもしれない。
「この武器は衝撃に特化した構造となっていまして、理論上十メートルを超える大型の魔物をも吹き飛ばすことが出来ます」
「十メートルの魔物を!?」
試しに店員さんが『多衝棍』で巻き藁を勢いよく打つと、巻き藁がギャグ漫画の様に空を飛ぶ。
とんでもない武器じゃないか!
「まあ、些細なデメリットはあるのですが」
「デメリット……?」
「一つ目は重量です。かなり重いので、余り体力のない方にはお勧めできません」
「成程」
それなら俺は問題ない。『身体能力強化』のおかげ体力も筋力もある。
「そして二つ目なのですが……」
吹っ飛ばした巻き藁を元の位置に戻し、『多衝棍』で巻き藁を軽く打つ。
瞬間、カンっと軽い音共に───店員さんが宙を舞った。
唖然とする中、店員さんは空中でくるくると曲芸の様に回転して華麗に着地した。
「え……」
まるで巻き藁に『多衝棍』が弾かれたように見えた。
いや、まさかな……。見間違いか何かに決まってる。
「このように軽く当ててしまうと、吹き飛ばすはずの衝撃がこちらに向かって来ます」
とんでもない武器じゃないか!!
「えぇ……」
「どうでしょう?」
どうでしょう?じゃねぇだろ。道理で誰も使って無い訳だよ、危なすぎるだろ。
「ほ、他の武器で……」
「こちら、只今キャンペーン中でして、レンタル後にアンケートに協力いただけますと料金分をまるまる差し引かさせていただきます」
「りょ、料金分!?」
つまりはタダって事か!?
「さらに、場合によっては謝礼が出る場合も」
「謝礼!?」
タダで使えて、しかもお金がもらえるのか!?
おいおい、期待値あり過ぎだろ!
「いかがでしょうか?」
「是非」




