歓迎会
「「「乾杯!」」」
狭いマンションの一室で、テーブルに所狭しと食べ物を並べ、飲み物の入ったグラスを打ち鳴らす。
そこに居るのは俺、祈凛、大家さんだ。
集まった理由は、祈凛の歓迎会である。
ブチ切れ大家さんに事情を説明してからついでに一緒にダンジョンへ潜っている事を伝えると、そんなに仲良くなったのか、と大層喜び歓迎会を開くことになったのだ。
滞納していた家賃を払った事も大家さんの機嫌を良くした一因かもしれない。
ちなみにこの柚子樹荘には後二人ほど住人が居るのだが、連絡が取れなかったので集まれたのは結局この三人だけだった。
ともあれ、大家さん主導の元買い物を行い、今まさに宴は開かれた。
「かぁーー!うまい!」
大家さんはグラスに注がれたビールを一気に飲み干し、泡で口の周りに髭を作る。
子供ビールを飲んでいるような見た目だが、がっつり酒である。
大家さん、下戸なのにお酒大好きなんだよな。
そのせいで外で飲むとぶっ倒れる大家さんを俺が介護する事になる。別にお酒を飲むのは別にいいのだが、大家さんを背負って帰っていると警察の職質によく会う。
見た目が幼いの上、酔って適当な事を言うせいでその職質が長引くことが多く、俺はあんまり大家さんと二人で外に呑みに行きたくないのだ。
大体奢ってくれるので、嬉しいんだけどね……。
「それにしても、お前たちがこんなに早く仲良くなるとはなぁ……」
しみじみと語る大家さん。
義理人情に篤い大家さんのことだ。祈凛の事を心配していたのかもしれない。
「そりゃもう、一緒にダンジョンに潜る仲間っすからね」
「龍之介さんにお世話になってばかりですけどね」
「いやいや、そんな事無いだろ。今日だって効率的にゴブリンを狩れたのは祈凛の索敵があってこそだし。むしろ俺が足を引っ張ってるくらいだよ」
「そんな事は無いですよ!」
謙遜し合いながらも、テーブルに置かれた食事に手を付けていく。
俺は金が無いし、主役である祈凛にお金を出させるわけにはいかないので、費用はすべて大家さん持ちだ。
久しぶりの肉。うまい、うまい。
テーブルには三人で消費できるとは思えない程の食事があるので、何の遠慮も無くただ飯にがっつき、無心で食らう。
「食え食え!がはは!」
大家さんは酒をさらに飲み、顔を真っ赤にして煽る。
食事を進み、酒も入る事で会話が弾む。
「龍之介さんと大家さんってとっても仲が良いですよね?昔からのお知り合い何ですか?」
「んぁ。そんなぁかんじだぁ!」
「いや、初めて会ったのは三年位前かな」
完全に酔っ払い、胡坐をかいた俺を椅子代わりにしてちょこんと座る大家さんの適当な発言を訂正しながら答える。
「そうなんですか。それじゃあ、ここに引っ越してきてから出会ったんですね」
「いや、実はそういうわけでもないんだ」
「え?引っ越しする前に会ってたんですか?」
「ああ。あれは寒い冬の日だった」
大家さんと出会った、衝撃的な光景は今でも鮮明に思い出せる。
「夜に外を歩いていたら、公園にトレンチコートの下に何も着ていない露出狂の変態が居てな。大家さん、その変態に襲われそうになってたんだ」
「っ!?そ、それで大家さんを龍之介さんが助けたんですか?」
「あーっと、たしかに助けたよ」
あの日、俺は確実に一人の人間の命を救った。しかしそれは、
「大家さんにボコボコにされる変態を」
「…………え?」
俺も最初は女児が変態に襲われている思った。
だが、急いで助けに行こうとしたとき、変態が宙を舞った。
大家さんの突き上げる拳が炸裂したのだ。そのまま大家さんはマウントポジションを取り、顔面をめっためたに殴り続けた。
呆気にとられた俺は、大家さんの拳と、変態の顔面が真っ赤に染まってから意識を取り戻し、大家さんを羽交締めにして急いで止めに入ったのだ。
「あのままだったら確実に死んでたな」
「ひ、ひぇ……」
あの日はかなりお酒を飲んでいたらしく、加減が出来ていなかったとは後日の大家さん談だ。
正直迷ったよね、警察の前に救急車を呼ぶべきか。
「まあ、そんな衝撃的な出会いで大家さんと知り合った訳だ」
「す、凄いですね」
「ああ、その三日後くらいにマンション探しで大家さんに会ったときは吃驚したよ。運命を感じたまである」
「うぉん。わたしもひっくりひたぞぉ!」
酒のせいで大家さんの口調が舌足らずになってきた。そろそろ限界が近いな。
「そろそろお開きにしますか」
「わ、もうこんな時間だったんですか!?」
「まら、まらのむろ!」
時計を見ると、時刻は既に十一時を回っていた。
流石に祝いの場とはいえ、日付が変わるまで未成年を男の家に上げるのは不味い。
片づけようとする祈凛を止め、片づけは俺に任せてもう部屋に戻るように伝える。
まだ酒を飲むと言ってきかない大家さんに水を飲ませながら、自室に戻るように伝えると駄々をこね始めたので無理矢理背中に背負う。すると元気だったのに子供の様にすぐさま眠りについたので、出来るだけ起さないようゆっくりと移動して大家さんの部屋に放り込んだ。
それから自室に戻り、俺も今日は早めに眠りにつくことにした。
「……あつぃ」
カーテンの隙間から日差しが差し込む。朝だ。
目覚めと同時に、胸元から熱と重量を感じる。
布団をめくり、ちらりと胸元を覗き込む。そこには、見慣れたプリン頭があった。
「大家、さん……?」
「んが……?」
ちょうど、目覚めた大家さんと目があった。
決して短くない沈黙があった。
そして俺はゆっくりと、瞳を閉じた。
「おい、狸寝入りで誤魔化そうとするな」
「…………」
ドンっ、と俺の耳元に拳が突き刺さる。
俺は即座に目を開けた。
「これは一体どういう事だ?」
「わ、分かんないっす……」
布団から出てマウントポジションをとる大家さん。
慎重に言葉に言葉を選び、口を開く。
「俺、何もしてないです。本当です。大家さんをちゃんと部屋に送り届けました」
「…………確かに、そうだった気がする」
「ですよね!」
何故俺の布団に入り込んでいたのか、その原因は恐らく大家さんにある。
大家さんの唯一にして最大のの欠点である酒癖の悪さが影響したのだ。
今まで酔っ払って俺の布団に入り込んだ事はなかったが、他の住人の部屋に入り込んだ事はあった。
今回はたまたま、俺の部屋に入った。そういう事だろう。
大家さんも自覚があるのか、それとも男と同衾した事実に冷静になって恥じているのか、顔を赤くしている。
「取り敢えず、離れません?」
「そ、そうだな……」
その時、ガチャリと扉が開く音がした。
───デジャヴュ!
「すみません、忘れ物を……」
扉を開けた祈凛と目が合った。
一つの布団に入る男女。しかも女が馬乗りになり、頬を赤らめている。
さて、この光景を見て一体どう思うだろうか?
「お、お邪魔しました!!」
「……おうふ」
天を仰いだ俺、大家さんわなわなと震え、俺の胸ぐらを掴んだ。
「せ、責任……!」
「その前に、祈凛の誤解を時に行きましょう……」
歓迎会を終え、憂鬱な一日が始まった。